41. 新しい食材の調達へ

 ミラーシア湖防衛部隊に装備の差し入れをしてきた翌日、今度はシーナさんがやってきた。

 なにか問題があったのかな?


「どうしたの? 不満があれば聞くけど」


「不満ってかなぁ……新しい野菜を仕入れたいんだわ」


「新しい野菜?」


「ああ。いま食事で出している野菜ってあたいが種を持ち込んだ野菜ばっかりなんだよ。でも、それだけだといい加減レパートリーが足りなくなってくる。やっぱり野菜も種類がないと満足な食事はできないよ」


「なるほど。近くの街で買ってくることは?」


「フェデラーに相談してみたがダメだったみたいだ。近くの街まで魔導車で行っても、不審な車両として街の中へと入れてくれず追い払われたらしい。いまは閉ざされているミラーシア湖方面からの車両ってなればおかしくはないけどね」


 うーん、そんなことがあったのか。

 それは由々しき事態かも。

 ここであたしが暮らしていくには近隣の街とは仲良くしなくちゃいけないから。


「わかった。あたしが出向いてなんとかする。シーナさんはどうする?」


「あたいも行くよ。新しい野菜を仕入れるならあたいも一緒の方がいいだろう?」


「決まりだね。それじゃあヘファイストスで乗りつけよう」


「……いや、ヘファイストスで行くのはまずいんじゃないのかい?」


「どうして? あたしのエンシェントフレームだよ?」


「いやさ、あんたが名誉伯爵なのはこの屋敷のみんなが知っていることだ。でも、ほかの街だと知らないだろう? 下手に大型のエンシェントフレームで乗りつけたら攻めてきたと思われちまうよ」


「そんなもの? 普通の国じゃエンシェントフレームでの出入りも多いから入街審査だけ受ければちゃんと入れるんだけど」


「ここはマナストリア聖華国だからねぇ。個人のエンシェントフレーム持ちもあまりいないのさ」


 なんだか釈然としない。

 釈然としないけれど、シーナさんの言葉も無視できない。

 これは一度だけでも普通に近くの街を訪れる必要があるかも。

 仕方がないからフェデラーに運転手を頼もう。

 フェデラーはこの時間執務室だよね。


「フェデラー、お願いがあるんだけど」


「おや、お嬢様にシーナ。ふたり揃ってこの場に顔を出すとは珍しい。どのようなお願いですかな?」


「近くの街まで魔導車で送ってもらいたいの。あたしたち魔導車の運転はできないから」


「なるほど。野菜のレパートリーが足りなくなってきましたか」


 あ、フェデラーも気がついていたんだ。

 それならそうとみんな早く言ってくれればいいのに。


「フェデラー、気がついているなら早く言って」


「そういうことはシーナの仕事ですよ」


「食えないねぇ。ともかく、今日は買い出しに時間を充てたい。近場の街まで運転をお願いできるかい?」


「喜んで。お嬢様が乗る以上、私が運転しないわけにもいかないでしょう」


「助かるよ、フェデラー」


「いえいえ。それで、シーナ。具体的にどの街を目指すのですか?」


「ああ。シャムネ伯爵領のアグリーノを目指したい。できるかい?」


「この時間ですとヘファイストス様がチューンアップしてくれた特別製の車がない限り断っていたところです。普通の魔導車では、いまの時間からアグリーノの街を目指しても夕方ですからね。ですが、特別製の魔導車ならばいまから出ればお昼過ぎには着くでしょう。必要なもの次第になりますが十分手に入るかと」


「よっしゃ! 帰りはどうするんだい?」


「お嬢様、ヘファイストス様にご助力をお願いしてもよろしいですか? 街から見えなくなった距離で魔導車を持ち運んでもらいたいのです」


「じゃあ、行きもそれでいいんじゃない?」


 うん、ヘファイストスも遂に光学迷彩を手に入れたんだ。

 華都にいる間、暇を持て余していたので、追加兵装を作ったら、と提案したところ、作った兵装のひとつがこれだ。

 見つからないほかにもなにかと役立つから便利なんだよね。


「いえ、行きは途中で哨戒兵に見つかったときのいいわけも兼ねて地上を行きましょう。帰りはなんとでも言い訳がつきます」


「本当に食えないねぇ。それじゃ、あたいも準備してくる。フェデラーもアウラを着替えさせておきな」


 あ、やっぱりルインハンターの恰好じゃダメなんだ。

 あたしはフェデラーから命じられたメイドたちの手によってドレス姿に着せ替えられ、その姿のままフェデラーの車に乗り込んだ。

 フェデラーの魔導車はヘファイストスの特注品なので、アウラ邸にある魔導車の中でも飛び抜けて速いし安定性も優れている。

 地面のでこぼこだって気にせず、まったく揺れることなく駆け抜けていくんだからすごい。

 魔導車は山の外周に沿って作られた坂道を下り、そのまま北へ進む道へと入った。

 ミラーシア湖の北側はシャムネ伯爵の領土となっている。

 女王陛下からは『こちらから挨拶に行く必要はない』と言われているので挨拶に行っていないけれど、いいのだろうか?

 ほかの方面にいるあたしより地位の低い貴族も会いに来ていないから、あまり問題ないのだろうけども。

 魔導車で移動すること数時間、街の壁が見えてきた。

 あれがシャムネ伯爵領のアグリーノの街かな?

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