第1章 アウラ邸の食糧事情

40. アウラの悩み事

 女王陛下たちが帰ってからさらに1週間、あたしはまた悩み続けていた。

 鍛冶魔法を直接使って役に立つのもダメか……。

 あたしってなにをすれば国の役に立てるんだろう。


 書斎でそんなことを考えながら服のデザインについての書物に目を通す。

 高かっただけあってカラフルで図解も多く実にわかりやすい。

 でも、実際にこういう服を作り出そうとしても失敗するんだよね。

 なにが足りないんだろう?

 着た経験の差かな?

 だけど、いまは普段はルインハンター時代の服装が許されているけれど、外出時はもっとちゃんとした正装をフェデラーとクスイから要求されるし、着る経験は増えないよね。

 作る経験不足なら屋敷のメイドたちを捕まえ訓練に付き合ってもらえばいいけれど、彼女たちは彼女たちで忙しそうだしなかなか、ね。


 あたしがあれこれ悩んでいると部屋のドアが控えめにノックされた。

 この音はクスイかな?


「どうぞ」


「失礼いたします。お嬢様、畑で採れたイチゴを持って参りました。少し休憩なされてはいかがでしょう」


「ああ、ありがとう。そうさせてもらうわ」


 あたしはイチゴを一粒つまみ、口の中へ放り込む。

 うん、甘酸っぱくておいしい。


「お嬢様、はしたないですよ?」


「わかってるって、クスイ。人前ではやらないから」


「よろしくお願いいたします。それで、今日も服のデザインを研究されておいでですか」


「うん、そう。でも、実践するとなかなかね」


「そうでしょう。服とは様々な部品を集めて作るもの。お嬢様のようにひとつの布から作るものではございません」


「だよね。ん? 様々な部品?」


 そういえばこの本にも袖の種類や襟の種類など様々なものが載っている。

 あれ、あたし、一枚布から作ることにこだわりすぎていた?


「そっか。一枚の布から作ろうとするんじゃなくて、様々な部品の集合体って考えればいいんだ」


「おや、私の言葉がお役に立ちましたか」


「うん。ありがとう、クスイ。よく考えたら剣を作るときだって複数の部品を組み合わせているもんね。服だって一緒か」


「はい。何事も基礎から学ばねば。初めから完成品はできませんよ」


「耳が痛いなぁ。ヘファイストスは難なくドレスまで作っちゃうから気にしないでいたよ」


「ヘファイストス様は熟練の技術者ですから。私どもも助かっております」


 そう、ヘファイストスも屋敷の使用人たちのための設備をいくつか作っている。

 あの謎の洗濯機はもちろんナイフを研ぐための機械や食器を洗うための機械、魔導車の点検をする機械などだ。

 ヘファイストスもなかなかこの屋敷に馴染んでいるんだよね。


「それで、お嬢様はどうしてそこまで服作りを頑張っておられるのですか? この1週間、毎日同じ本をお読みになっているようですが」


「ああ、うん。あたしがこの国に貢献できる分野ってなにかなと思って。あたしにしかできないことといえば鍛冶魔法とその関連魔法くらいだし、鍛冶魔法を少し鍛えておくべきかなと」


「それはよい心がけです。ですが、それを使う機会はあるのでしょうか?」


「それなんだよねぇ……」


 女王陛下からも軽々しく鍛冶魔法の服を作らないように制限されてしまった。

 なので、鍛えても使う場面がないかもしれない。

 そもそも、ヘファイストスがいればあたしが鍛冶魔法を鍛える意味がないわけだし。


「使う機会があるかどうかはわからないけれど、とりあえず鍛えておくよ。リードアロー王国は相変わらずきな臭いそうだし」


「そのようでございますね。まったく、先代国王までは優秀な国だったのに」


「あたしも平和な国だと信じていたから安心して遺跡に潜っていたんだけどね」


「金輪際、遺跡発掘はしないようお願いいたします」


「わかってるって。ヘファイストスも手に入ったし、遺跡に潜る理由がないもの、やらないよ」


 あたしはポケットからルインハンターズギルドでもらったヘファイストスの登録証を取り出した。

 これももう必要ないんだよね。

 ヘファイストスがあたしのエンシェントフレームだっていうことは国が認めてくれているんだから。


 あたしはイチゴをついばみながらあれこれ思い出していた。

 そういえばロマネはどうしているかな?

 華都までの護衛が終わったら、また冒険者の仕事に戻っていったって聞くけど無茶はしていないだろうか?

 渡した装備が半端なく強いから逆に不安になってしまう。

 あのとき一緒に討伐したダークドラゴンだって、ほとんど手つかずで残っているからね。


 それにしても、やけにこのイチゴおいしいな。

 また水龍と一緒になって品種改良したんだろうか?

 水龍もうちの使用人と仲良くなっちゃって気さくに現れるようになったから、神秘性が薄れてきたよ。

 それでいいのか、湖の守護者。


 あ、イチゴがなくなった。


「ごちそうさま。おいしいイチゴだったわ。これって屋敷のみんなは食べているの?」


「量の多寡はありますが全員食べることができるでしょう。それだけの収穫がありましたから」


「気合い入れすぎだよ、水龍」


「……私からはなんとも」


「ま、そうだよね。そう言えば、普通の貴族って普段なにをして過ごしているの?」


「そうですね……武術の訓練や領地の報告書などの決裁、各所との会議などでしょうか」


「あたしに必要なのは武術の訓練くらいだね。太らない程度に体は動かしているけどさ」


「この屋敷の料理ではそうそう太りませんよ。シーナもお嬢様の体調管理には細心の注意を払っております」


「なら嬉しいんだけど。じゃあ、あたしは運動代わりに裏の加工場にいってくるね」


 屋敷の裏にも加工場が設置された。

 使うのはあたしかヘファイストスくらいだけど、物を作るとき他の人の邪魔をせず、雨にも邪魔されない環境ってやっぱりほしいからね。


「かしこまりました。ちなみに、なにをお作りになるのでしょう?」


「ミラーシア湖防衛部隊の装備を差し入れようと思って。聖銀鉱もまだまだ余っているし、それで鎧兜を作ってあげようかなって思うの」


「それはよい考えです。実質的なお嬢様の配下とはいえ選定しているのは国。少しでもこちらに近づいていただきましょう」


「物で釣るのはどうかと思うけどね」


「状況次第でございます」


 クスイに許可を取ってあたしは防衛部隊全員の鎧兜を作って差し入れしてきた。

 国からは魔鉄の装備が支給されていたみたいだけど、やっぱり重いし蒸れるから大変だったみたい。

 あたしの装備はその辺をすべてエンチャントで解決しているから問題ないね。

 あたしひとりでは手が回らないミラーシア湖の守り、よろしく!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る