第2部 森と花の国『マナストリア聖華国』

第1章 華都へと向けて

20. マナストリア聖華国に向けて

 あたしとエリクシール殿下一行はリードアローを脱出したあと、リードアローの街に残っていたマナストリア聖華国の使節の人たちと合流、ともにマナストリア聖華国を目指すこととなった。

 全員が魔導車に乗っているため移動もスムーズで速いけれど、それでもマナストリア聖華国までは1カ月程度の道程らしい。

 すべての街や村を避けて通るルートを選ぶらしいから仕方がないよね。


 そして、移動も2週間が終わろうとしていた夕食後、あたしとエリクシール殿下は一緒にお風呂から上がってきた。


「はあ。長旅の途中でもお湯につかれるだなんて皆には申し訳ありませんがいい気持ちです」


「護衛の人たちやメイドさんたちも交代で入りにきてくれてもいいんだけどね」


「さすがに私やアウラ様の入っているお風呂には入れないでしょう。所有者であるアウラ様がいいと言っても気後れするものです」


「そんなもの?」


「そんなものですよ」


 この2週間であたしとエリクシール殿下の間の距離も大分縮まった。

 というか、エリクシール殿下がぐいぐい縮めてくるのであたしがそれに押し負けている感じだ。

 エリクシール殿下は今年で17歳らしいけど、かなりやんちゃなお姫様なのかもしれないね。


「それで、エリクシール殿下。周囲の警戒は護衛の方々に任せたままでいいんですか?」


「エリスです」


「あ……」


「エリス、です」


「はい、エリス」


 呼び方もエリクシール殿下ではなく愛称のエリスで呼ぶように指示されている。

 本当にお友達認定されているね。


「周囲の警戒は私のティターニアとマナストリア聖華国のエンシェントフレーム隊だけで十分でしょう。ティターニアのレーダーはエンシェントフレーム隊のレーダーとリンクしております。接近者がいれば人間サイズでもすぐにわかりますよ」


「なら大丈夫そうだね。あとは寝るだけかな」


「申し訳ありません。寝室まで貸していただき」


「気にしないで。この家もあたししか使っていなかったから、広々としているほどだもの。今回の旅にあわせてヘファイストスが2階部分を増設したし」


「メイドたちの寝室までご用意いただくなんて本当に助かります。やはり、慣れない旅路でのストレスは大きいものですから」


「そこはよくわかるから気にしないで。それじゃ、あたしたちは寝ましょう」


「はい。……それにしても、あの洗濯ができる魔導具はどういう仕組みなのでしょう? ドレスのような複雑な衣服さえ問題なく洗えるだなんて」


「この家自体がヘファイストスの作った謎技術の塊だからね。あたしも一時期は悩んだけど、今は考えるだけ無駄だと思ってる」


「それはそれでいかがなものかと思いますが……古代文明のマナトレーシングフレームが自らの手で作り出した古代文明の家ですからね。私たちの想像が追いつかないこともあるでしょう」


「そういうこと。明日も早いんだし、早く寝よう」


「そういたしましょう。アウラ様、おやすみなさいませ」


「エリスもおやすみ」


 あたしたちは就寝のあいさつを交わしてそれぞれの寝室へと入っていった。

 それにしてもこの1週間はリードアロー王国の襲撃もなくなって平和なんだよね。

 リードアローの街を脱出した直後やリードアロー周辺の大きな街の近くでは散々襲われていたんだけど、いまはそれもなくなった。

 街を避けるだけの余裕が生まれたということもあるとは思うけど、それだけというのも怪しいかな。

 あたしはベッドに腰掛けると、通信端末でヘファイストスに呼びかけた。


「ヘファイストス、いま大丈夫?」


『どうした、アウラ?』


「ここ最近リードアロー王国からの襲撃がないけれど、ヘファイストスの方でなにかつかんでいない?」


『私が知っている限りでは、国軍からの出撃命令を地方の領主軍や街の防衛隊が断っていることくらいだな』


「そうなの?」


『国軍が襲撃のたびに壊滅させられているのを知っているのだろう。国軍からの伝令は様々なところに伝わっているが、貴重なエンシェントフレームを潰したくないのかどこも応じていない』


「へぇ。っていうか、よくそんな情報をヘファイストスは知っているね?」


『情報収集用の小型偵察ドローンを近隣の街に潜ませておいたからな。関係のない情報も大量に手に入るが、それらはすべて私の中で取捨選択されて必要な情報だけを抜き出している』


 すっごいなぁ。

 小型偵察ドローンっていうのがどんなものかは知らないけれど、ヘファイストスには近隣の街の情報が全部筒抜けっていうことじゃない。

 これじゃ、戦う前から勝負は決まっているよね。


「ほかに気になる情報は?」


『食料が全般的に値上がりしている。おそらくは国が徴発を行い市井に流れる分が減ったためだろう』


「それって街の人が困らない?」


『困るだろうな。戦時下でもないのに食料を徴発するなど下策も程がある』


 うわ、辛辣。

 でも、あたしですらわかる下策なんだから仕方がないか。

 ヘファイストスって兵站、つまりは後方支援担当らしいから、食料とかの備蓄管理も仕事だったみたいだしね。


『ほかにはルインハンターズギルドが街から撤退し、冒険者ギルドとやらが新規依頼の受け付けを止め、既存依頼も断り始めたようだな。いま遂行中の依頼はともかく、受付待ちの依頼はほとんどなくなっているらしい』


 うーん、本当にルインハンターズギルドと冒険者ギルドが国から撤退を始めたか。

 冒険者ギルドがなくなっても傭兵ギルドがあるんだけど、あそこって対人特化だしグループ単位で雇う必要があるから安い依頼は引き受けてもらえないらしいんだよね。

 それ以外にも冒険者ギルドには街中のお店から日雇いの求人依頼が出ていたはずだから、そこも影響を受けるだろうし、冒険者自身も仕事を失う。

 いろいろとこの国は面倒なことになりそう。


『大きな動きはそれくらいだな。小さな動きなのかはわからないが、王都であるリードアローに向かう商人たちが減っているらしい』


「リードアローに向かう商人たちが減っている?」


『商人たちもこの騒ぎのことは聞きつけたようだ。その上でこの国に見切りをつけ、国から出られる間にほかの国に渡ろうとしている者たちもいるらしい。街に商店を持っている商人は動きにくいようだが、見切りをつけた商人は商品と店を売り払い移住資金を確保して移動することにしたようだな』


「街に住んでいる商人まで移動し始めたか……それって本当にまずくない?」


『私にその判断はつきかねるが……兵站担当としてみるならば補給線が途切れつつある状況は非常に問題だな。早急に手を打たねばならぬが、強制的な手法に出ればより国外への脱出に拍車がかかる。私たちへの対応を考えると、将来を見据えた行動ができる政治家などこの国にはいないのだろう』


 本当に辛辣だけどあたしも同意見だからなにも言えないかな。

 ちなみに、この情報は翌日エリスたちにも共有したけれど、概ねあたしと同じような反応だった。

 リードアロー王国の無能さが露見し地方に命令を飛ばすこともできなくなっている現状と、機を見るに聡い商人たちが国外脱出の方向へ考え方をシフトしていることはある意味予想通りらしい。


 そして冒険者ギルドとルインハンターズギルドが各街から撤退し始めていることが今後の大きな転換点となるだろうとの見方だ。

 冒険者ギルドは何でも屋としての側面も大きいが、街の機能を維持するための調整役を担っている部分もあるみたい。

 それがなくなったことで、街がどのようになっていくのかは未知数だという。

 なるべく無辜の民に被害が出てほしくないというのはエリスとも意見が一致したけど、同時に国王の無能が民に影響を及ぼすことについても仕方がないことだとエリスは言い切った。

 あたしも同意見だけど、王族であるエリスが言い切ると言葉の重みが違うね。


 ともかく、マナストリア聖華国まであと半分くらい。

 気を抜かないでしっかりと進んでいこう。

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