第24話:ここはどこであたしは誰か
「寝てる……?」
四人のカイルはそれぞれ個性のある姿勢で眠っていた。彼らの傍にはやつれた猫。
「ミライお前……時間かかり過ぎだ……」
「あ、もしかして遊んでくれてたの?」
「遊ばれてたんだ、俺は。ガキのお守りは懲り懲りだってのに……」
「あはは、ごめんね。でも慣れてるでしょ?」
「慣れるもんか、ただただ疲れるだけだ」
ティオが時間を繋いでくれたことには感謝するべきだと思う。しかし患者のこころが休んでいる状態でどうカウンセリングする?
無理矢理起こすわけにもいかない。となれば残る手段は――
「……あの部屋しかない、か」
ティオが相手をしている間も開いていなか。人との関わりに興味がなくなったと考えるべきか?
しかし最初のカイルは「帰る」と告げたとき悲しそうな顔をした。患者の本心はどっちだ? 諦め切れないのか、諦め切ったのか。
明確な答えを出さない以上、下手に動いて刺激するわけにはいかない。余計拒まれる可能性がある。となれば、自分から姿を現すまで待つのが正解か?
そうなると試験時間は? 限られた時間の中で成果を出せなければ合格できない。
クラリスを見やれば、特段険しい表情をしているわけではない。あたしが思うよりも制限時間は残っている? とはいえ有限であることに変わりはない。
「クラリスさん、残りの時間は……」
「制限時間に関する質問は答えられない」
「どうしてですか?」
「それも回答できない」
どういうことだ? 残りの時間は教えられてもいいものだが、なぜ答えられない? 答えられない質問があるとすれば試験の合格に影響するようなことだとは思うが。
残りの時間次第で手段を変える必要がある。待つのが正解か、踏み込むのが正解か。あたしがいま選ぶべきはどっちだ?
「ティオ、どうしよう?」
「どうするもなにもまたこいつら起こすのは勘弁だ。いまのうちに作戦でも練り直すべきじゃねぇか?」
「そんな悠長なことできないよ、実際のカウンセリングだって一分一秒を争うかもしれないのに」
「一分一秒を争う? どうしてだ?」
「どうしてって……長くハートリウムに囚われてたらリハビリに時間かかるでしょ」
「そりゃこっち側の都合だろう。患者のこころはそれを願ってるのか、いまはわからねぇじゃねぇか」
ティオの言葉は間違っていない。ただ、あたしの言うことも間違っていないはずだ。
ハートリウムに長く居続ければこころと体が乖離する期間も長くなる。ハートリウムからの解放ができても、こころと体がうまく馴染まず日常生活に支障をきたすこともあるのだ。
のんびり待っている時間が惜しい。試験時間内に患者と接触できなければ成果を見せるもなにもない。なんとかして患者を部屋から出さないと――
「表情」
ふと、クラリスが呟く。
彼女の声は大きなものではない。しかし屋敷の広さからか、静かさからか。随分と響いて聞こえた。
「表情……? 患者の、ですか?」
「あんたの」
「あたしの?」
表情。その一言では彼女がなにを言いたいのかがわからない。あたしの顔になにか問題があった? 怖い顔をしていただろうか。
目を丸くするあたしにクラリスは深いため息。呆れた、というより、言い難い事を言う前の諦めが滲んでいるように聞こえた。
「……そんな顔してたら患者も身構える」
「そんな顔? って、どんな?」
クラリスはそれ以上なにも言わない。
本当に怖い顔をしていた? 進展がないことに焦りを感じていただろうか。だとしてもあたしは間違っていないはずだ。実際のカウンセリングだって時間との勝負。制限時間についても多くは語らない、語ることができないようだった。
考えろ、考えろ。患者をハートリウムから連れ出す方法を――
「おい、顔」
「ぶわぁっ」
ティオの平手打ちがあたしの鼻を襲う。ぶに、と柔らかな感触は確かに患者のこころを癒すに足る力がある気がした。
「……なに? あたし真剣に考えてるんだけど……」
「そりゃ結構なことだ。だがな、ここではそんな顔をするな」
「どういう意味?」
「
「ヒントって、わかったようなこと……」
「お前がわかってないから言っとるんだ」
ティオの声に嘲りは含まれていない。純粋に、あたしがなにかを忘れていることを指摘している。それはわかる、伝わっている。
だが、実際にあたしがなにを忘れているのか。考えれば考えるほど思考にノイズが走る。ぐちゃぐちゃになった頭の中から正解を探すことができない。足の踏み場もないほど散らかった部屋のようなものだ、ちょっとした宝探しである。
「……ちょっと考えてくる」
「それでいい。時間のことは一旦忘れて、もう一度見詰め直せ。ここがどこで、お前が誰なのかをな」
この言い回しには心当たりがある。ティオがこういったなぞなぞのような言い方をするときは、確かに大切なことを教えようとしたときだ。彼は決して答えを言わない。あたしが答えに辿り着くことをいつも待ってくれていた。
ならば素直に聞くべきだ。屋敷から出て、庭に座り込む。時間のことを忘れる。これはつまり、急ぐ必要がないと言い換えられる? 急いては事を仕損じる、などという言葉も聞いたことがある。つまり、焦って動くことが不正解?
――焦って動く?
そこでようやく気が付いた。進展もなく、解決の糸口も見出せないまま時間を浪費することに焦っていた。こころが余裕を失っていた。余裕がなければ表情も強張る、患者はそれを見逃さない。
患者は誰よりカウンセラーの変化に敏感だ。少しでも表情が歪めば、患者は身構える。
患者が身構えればカウンセリングに支障が出る。怒られないよう、傷つけられないよう、本当のこころを隠すだろう。そうなれば、話す時間になんの意味もなくなる。
カウンセラーは患者のこころと向き合う仕事なのだ、偽ったこころと話したってなにも変わらない。患者は安心してハートリウムに籠り続けるか、あるいは気付けなかったカウンセラーに失望し、それ以上のカウンセリングが望めなくなる可能性だってある。
そうなれば必然、ハートリウムに囚われる期間も長くなる。結果的にリハビリに時間がかかることになり、あたしが恐れていた事態を招くことになる。
「……ああ、そっか」
ティオとクラリスが言いたかったことはこれなのだ。
ハートリウムからの解放をあたしが急げば、その焦りは顔に出る。患者はその感情を見逃さない。自分のこころを無視して都合を押し付けようと解釈する。
そうなれば警戒心は強まる。向き合う覚悟を持てずに現実へ帰れば、またつらい目に遭うかもしれない。結果的に、より一層ハートリウムへの依存が強くなる。カウンセラーが急げば急ぐほど、解放への道は遠退いていく。
「そうなると、いますべきことは……患者のこころを引っ張り出す? ううん、違う。患者がこころを開くまで待つべきなんだ」
あたしがやろうとしていたことが裏目に出る。ティオとクラリスはそれに気が付いていたんだ。ティオも座学には同席してくれていたが、あたしよりもカウンセラーの在り方を理解していた?
彼がいなければ試験は不合格になっていたかもしれない。悔しさに手が震える。自分ひとりでカウンセラーが務まらないことの証明のようで。
あたしは立ち上がり、再び屋敷の中へ。ふたりの目があたしを捉える。彼らは微かに笑みを湛えていた。あたしはふたりに頭を下げる。
「ふたりともありがとう」
気付かせてくれたふたりに感謝。まずすべきことはこれだ。
ティオは鼻を鳴らして笑うものの、嘲笑でないことはわかる。仕方のねぇやつだ、とでも言うような声。いつもの調子だった。
「ちったァ頭が冷えたか?」
「うん、おかげさまで」
「で、あんたの中で作戦は立てられたの?」
クラリスの声音もどこか優しい。試験監督として公正な目を、と言っていたが助言をくれるのはどういう心境の変化だったのか。聞かない方が吉だろう。
作戦とはいうが、なんてことはない。人と接する際の“当たり前”を行うだけだ。
「あの扉を
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