第21話:惹かれる方へ

 ふたつでひとつ。


 クラリスの言葉に理解が追いつかない。あたしとティオのこころは繋がっている、ということ?

 いくら家族としての繋がりがあるとはいえ、そんなことが有り得るのかと疑問に思う。あたしたちはあくまで他人なのだ。


「あたしたちのこころがふたつでひとつ……って、どういうことですか?」

「納得のいく説明をしてくれ。せっかくこいつが独り立ちできると思って喜んでたのによ……仮にお前さんの言うことが事実だとしたら、俺までカウンセラーとして働くことになるんじゃねぇのか? 猫だぞ、俺は」

「猫のカウンセラーなんて私も聞いたことがない。試験を続けるとは言ったけど、マザーに報告が先か……? いや、違う。続けていいはず。ただ、猫を連れてカウンセリング……? いや、アニマルセラピーなんて言葉もある。癒し効果は高い? いやでもこの猫ふてぶてしいから患者のこころに悪影響が出る可能性がある……? であれば私が捕まえておいた方が試験も滞りなく進むか……」


 クラリスは完全にひとりの世界に入っているようだ。さらりとティオのことを貶しているようにも聞こえる。わかる部分があるから訂正はしないが、ティオを一瞥すれば「好き勝手言いやがって……」と不貞腐れていた。


 とはいえ、ここで中断してもまたティオはハートリウムに干渉してしまうはずだ。だったら続行した方がいい。クラリスはいまだ飲み込めていない様子だが、自分を納得させるように頷いた。


「……中断しても同じことね。このまま続ける」

「あたしもそうした方がいいと思います」

「おい待てお前ら、俺の意志はどうなる?」

「この子のパスが認めた以上、あんたのこころはこの子のこころと同義。この子が続けた方がいいと言うならあんたは従うだけ」


 クラリスの声音はいつもよりも冷たい。彼女としても余裕がなくなっているのかもしれない。当然だとは思う。

 ティオはもうなにを言う気もなくなったのか、あるいは抵抗しても無駄だと諦めがついたか。深々とため息を吐いた。


「こいつに振り回される日々がようやく終わると思ったのによ……」

「ティオも腹を括るんだよ、一緒に頑張ろう?」

「ああ、やれるだけのことはやろう……猫になにができるかはわからんがな……」


 項垂れ、覇気のない声で呟くティオ。そんなんじゃ受かるものも受からないと言っていたが、いまの彼にそこまで言うのは酷かもしれない。あたしと違って巻き込まれただけなのだから。


「じゃあ、気を取り直してここから開始。私は基本的についていくだけだから、そのつもりで」

「わかりました」


 そうしてようやく試験が開始する。

 まずはダイヤ――“見極める力”。患者に会えなければカウンセリングは行えない。しかし情報は手に入れられる。

 心象世界は患者のこころそのものなのだ。本人と会う前に現在の情報を仕入れるには、世界そのものに目を向ける方がいい。


 深い森。無数に分かれた枝に、鬱蒼と茂る葉が空を埋め尽くしている。暗い世界には光もなく、動物の気配はない。複雑に入り組み空を遮る枝葉は他者からの干渉を拒んでいることの表れ?

 現状、あたしたちにとって障害になる要素……害のある獣などは見当たらない。考えられるとしたら、それらは全て患者の下に集中している可能性。


 実際に患者と話してみないことには正確な判断は下せない。最も気になる点はハートリウムを外から見た際、人の影……患者のこころと思しきものは複数見えた。あれはなんだ? 本来、ハートリウムは患者のこころしか存在できないはず。きっとこの試験を攻略する鍵になるはずだ。

 もう少し探ってみる必要がある。自然と足が動いた。


 ――まただ。


 こっちだよ、と。誰かがあたしに語り掛けるような感覚。声が聞こえるわけではなく、まるで誘われるかのように体が動く。

 疑ったり怖がったりする必要はない。特に、なにもわからないこの段階では。素直に進めばいい。


「随分迷いのない足取りだな」


 怪訝そうな声で尋ねるティオ。見方によっては慎重さに欠ける足取りなのだから、このままついていってもいいのか、怪しむ気持ちもわかる。


「んー……なんかね、誘われてる感じがする。こっちだよ、って」

「患者が呼びかけてるのか? 退屈してんじゃねぇか? 遊び相手になれとか言われねぇだろうな」

「ハッキリ声が聞こえるわけじゃなくて、なんていうか……こころが引き寄せられるような、そんな感じがする」

「えらく感覚的なことを言うな。まあ前回もそれに従って患者を見つけられたわけだ、今回も間違っちゃいねぇだろう」


 否定はしないでいてくれるようだ。ティオとしてはできることがない分、あたしの意志を尊重するしかないのだと思う。

 とはいえ、本当にできることはないのか? あたしとティオのこころがふたつでひとつなら、あたしにできることはティオだってできるはず。


「ねぇティオ、イメージしてみてほしいんだけど」

「あ? なにをだ」

「大きい肉球」

「なんだそりゃ、そんなもんイメージしてなにになる?」

「クラブの力の応用みたいな感じでさ。イメージが鮮明なら産み出せないかなって。ぷにぷにしてたら患者も癒されそうじゃない?」

「安直な発想だな……」

「ね、やってみて」

「イメージったってなぁ」


 そうぼやきながらも試してはくれるようだ。立ち止まり、固くまぶたを結ぶ。思いのほか可愛らしく見える、などと言っては集中力を欠いてしまうか。あたしは黙って見守る。

 少しの間、沈黙が続く。やがて目を開けたティオだが、この時間の間に少しだけ老け込んだように見えた。


「難しい?」

「そりゃあな。イメージったって、イメージした先にあるもんが定まってねぇんだ。簡単にできるとのたまう奴は具体性のないロマンチストくらいだろうよ」


 ティオの言うことももっともか。

 クラブで武具を産み出すのだって“患者を鎮めるため”という具体的な目的、彼の言葉を借りるなら“イメージした先”があるからこそだ。それを実現するために、イメージに応じた質を伴って具現化する。

 大きな肉球を産み出すにしても同じこと。なぜそれが必要なのか、それを使ってなにをするのかが曖昧なままでは、よしんば産み出せてもハリボテ同然だ。


「大きな肉球が必要な状況になれば出せるってことだね」

「そんな状況が訪れるかねぇ……」

「来るよいずれは。猫好きの患者に会うかもしれないでしょ? 案外肉球で癒されて仕事が捗るかも」

「俺の精神的疲労を考慮しなけりゃあな」


 あくまで積極的に動く気はないようだ。カウンセラーとして矢面に立つのはあたしになるだろうし、これくらいの気持ちでいたいのもわからなくはない。

 本音を言えば、一緒に頑張りたいところではある。ふたりでひとり分のこころなら、あたしひとりじゃ半人前なのだから。ふたりで一人前のカウンセラーになりたいと思う。


 ――まあ、気長にやってこう。今日が最初なんだし。


 こうして歩みを進めると、気づくことがある。深い森の中、人の手が及ばない自然かと思っていた。

 であれば、道など存在しないはずなのだ。無作為に樹木が乱立し、人が自由に歩けるスペースなど存在しないはず。

 だが実際、あたしたちは不自由なく歩けている。まるで客人を想定しているかのように。


「……塞ぎ込んでるわけじゃない、のかな。誰かを待ってる……?」

「誰かってのは? プロフィールは掴めてるんだろう?」


 事前に確認したカルテで情報は得られている。緊張していたが、目を通した分は頭に入っていた。思い出す意味も込めて答える。


「学校には行けてないみたいなんだけど、両親も理解があるみたい。家庭環境に問題があってハートリウムに囚われたわけじゃないと思う。気分が変わりやすいって書いてたけど、まだ九歳の子供だしそういうものかなって感じた」


 九歳の子供がハートリウムに囚われる。それほどまでに大きなストレスを抱えてしまっているということだ。

 いったいなにがあったのだろう? 事前に共有されたカルテからは深く読み取ることができなかった。

 だからこそ、一刻も早く患者と対話する必要がある。試験時間は有限だ。


「道ができてるってことは誰かが来ることを想定してる……それか、誰かが来るのを待ってるんだと思う」

「他人を拒絶してるならこんな歩きやすい道は生まれないってことか」

「うん。そしてそれが正しいなら、この道の先に患者がいるはず」

「なら急ぐか。労働時間は短い方がいい」

「もう、患者の前でそんなこと言っちゃ駄目だからね」


 やれやれ、と。今日に限ってはあたしが肩を竦める。

 なにはともあれ、いまできることは心象世界を観察することだけ。ぼやくティオのフォローをしながら、こころが惹きつけられる方へと歩いて行った。

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