第15話:いまできないこと
「カーラおばちゃーん、カレーライス食べたーい」
食堂に着いたあたしはカウンターの奥にいる女性、カーラおばちゃんに声をかける。女性はあたしに気が付くと、爽やかな笑顔を向けてくれた。
彼女は小さい頃からお世話になってる人だ。ティオしか周りにいなかった頃から、なにかにつけて料理をご馳走してくれる。家庭の味を知らないあたしにとってはお母さんのようなものだった。
「ミライちゃん、聞いたよ。倒れたんだって? 具合はどうだい?」
おばちゃんは手際良く食材を切りながら声をかけてくる。目線がこちらに向いているため手元が怖い。
「少し良くなったよ、ありがとう。それより手元見てね。指切ったら仕事にならないでしょ?」
「はは、そうだねぇ。美味しいカレーを作るから座って待っててちょうだい」
「はーい」
おばちゃんに促されるまま、カウンター近くの席に座る。ティオがそのうち来るなら入口近くの目立つところがいいだろうか。適当な椅子に腰掛けてカレーとティオを待つ。
「見て、あの子……」
抑えた声が聞こえた。振り返ると、遠巻きにあたしを睨む二人の少女。あたしと同年代か、少し上くらいだろうか。制服を着ておらず、カウンセラーの記章もない。立場で言えばあたしと変わらない子だろう。
びくりと肩を跳ねさせ、身を寄せ合う二人。睨んだわけでもないのに、怖がられている? 立ち上がり、二人に近づく。
「おはよう。ごめんね、なにか悪いことしちゃったかな……?」
「別に。あなたはいいよね、マザーに贔屓されて。もう適性試験なんでしょ?」
「え……」
クラリスだけがそう感じているのだと思っていた。実際はそうでなく、あたしとマザーの関係を快く思っていない者が他にもいる。少なからずショックを受けた。
「大した実力もないのにカウンセラーになれるなんて羨ましいね。素直に勉強するより媚びを売ってる方が楽だもんね」
「そ、そんなこと……」
「否定するよね、そりゃそうだよ。贔屓されてるなんて認めたくないよね」
「違う、違うよ。あたしだってたくさん勉強して……」
「口だけは達者だね! その口の巧さでマザーに取り入ったんでしょう?」
どうしてそんなことが言えるんだろう。
あたしのなにを知ってるわけでもないはずなのに。
言い返しても無駄だ。聞く耳を持たない者になにを言ったって通じない。きっとハートリウムでも同じことが起こるだろう。
カウンセラーがなにを言っても、患者のこころはその声を拒むかもしれない。差し伸べた手を払われるかもしれない。それはいい。仕方がないことだから。
ただ、仲間に否定されるのはわけが違う。
これから一緒に仕事をすることになるかもしれないのに、どうしてそんなことが言える?
周囲がざわつく。あたしたちの行く末を見守っている。あたしになにが出来る? 誰か、誰か助け――
「騒ぎを起こすなって言ったでしょ」
「いたっ」
後頭部に軽い衝撃。二人の表情が固まった。誰が来たかと思えば、クラリスだった。
彼女はあたしを背に庇うように立つ。その背中が頼もしくて、目の奥が熱を帯びた。
「あんたたち、カウンセラーになりたいの?」
「は、はい。そのためにここにいるんですから」
「ふーん。じゃあ、カウンセラーってなにをする仕事かは知ってるんだね」
「勿論です! 患者様のこころに寄り添って、こころを本来あるべき場所に戻す。そのために患者様のお話に耳を傾けて、患者様を否定せず、理解してあげることです!」
「正解。じゃあ質問だけど、あんたたちにそれができる?」
「できます!」
「その子にできるんだったら私たちだって適性試験を受ける資格はあるはずです!」
あくまであたしを認めないようだ。
認めてほしいわけじゃない。褒めてもらうためにカウンセラーを目指しているんじゃない。それでも、ここまで敵対心を露にされると苦しいものはある。
クラリスの深い呼吸が聞こえた。あたしはその息を知っている。あたしの方を一瞥すると、再び二人に向き直る。
「あんたたちじゃ無理」
「ど、どうしてですか!?」
「『話に耳を傾けて、否定せずに理解する』って。あんたたち、そう言ったね」
「それがどうしたんですか……」
またため息。呆れた、とでも言うような。あたしも身に覚えのある息。これからのことを考えると、彼女たちに同情する。
「どうしてこの子にそれができなかったの? いまできないことが本番でできるとでも思ってるの? それとも、できるのに敢えてしなかったの? だとしたら、コミュニケーション能力不足で適性試験を受けることさえできないけど」
あたしのときよりもずっと手厳しい言葉の弾丸。反撃の隙もない鋭い攻撃に、二人の少女は完全に言葉を失っていた。
最後にクラリスからとっておきの一撃が見舞われる。
「人を貶す暇があるなら自分のこころと向き合うこと。あんたたちはそこから始めなさい」
「……! 行こ」
余程効いたのか、そそくさと去っていく二人。やれやれ、と肩を竦めるクラリス。
「あの、クラリスさうぶっ!?」
背中に声をかけようとするや否や、彼女はぐるんと勢いよく振り返ってあたしの顔を鷲掴みにした。
クラリス、手がすごく大きい。
いや、それどころじゃない。指先の力が強い。骨がみしみしと音を立てている。表情が窺えないが、顔全体に広がる痛みが怒りを表している。
「騒ぎを起こすなって言ったでしょうが。本っ当にあんたはトラブルメーカーだってよくわかった。一旦試験結果を白紙にする必要があるかもね」
「ま、待ってくださいっ! あたし、あたしはなにも悪くなぶううう……!」
「言い訳は聞かない。食事は私が運ぶからとっとと病室に戻りなさい」
「カレー……カレーライスが……! おばちゃんのカレー……!」
「持っていくから黙って直帰」
「わ、わかっ、わかりましたぁ……」
素直に従った方が身のためだ。クラリスの手から解放され、ぐったりと項垂れる。せっかく回復してきたと思ったのに逆戻りだ。
微かに香るスパイスのにおいを感じながら、とぼとぼと病室へ戻る。背中からクラリスのわざとらしいため息が聞こえた。悪いのはあたしじゃないのに……。
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