第14話:初めての仕事
「……で、監視役に私が選ばれたと」
「ご迷惑をおかけします……」
病室に連行されてからは朝日が昇るまで滾々と説教を食らい、皆が活動を始めて間もなく、私には体調が整うまで監視がついた。
それがクラリスだ。気まずすぎる。休むことが最優先と言われた矢先にこれでは彼女に対しても失礼な話だ。
「ま、いいよ。元気が有り余ってるみたいでなにより。この調子ならすぐ試験に戻れそうだしね」
「体力だけが取り柄だからな、こいつは」
「元はと言えばティオがあたしを連れ出したんでしょ! 一人でさっさと逃げたくせに! バカ! 裏切者!」
「知らないねぇ」
くっく、と意地の悪い笑みを浮かべるティオ。本当に彼の言葉を素直に受け止めていいのか? 大切なのは間違いない、そう思っていたのも遠い昔のような気分だ。
唸りながらティオを睨むも、クラリスの深いため息が聞こえた。
「病室で大きい声出さないの」
「あ、す、すみません……!」
「いい気味だ」
「……いま、初めてティオが嫌いだって思った」
家族を簡単に見捨てるような人……猫を大切にするのも難しいように思える。猫とはいえ人のこころがないわけじゃないだろうに。
「それで、私はなにをしてたらいい? 鼻歌でも歌ってたらいい?」
鼻歌歌うんだ、クラリス。
なんて、そんなことはどうでもいい。そもそもあたしのせいで拘束されてるんだからあたしがなにかしなきゃいけないのでは?
なにか、なにかクラリスが楽しめそうなことは……。
「あんたに退屈凌ぎになってほしいとは思ってない」
「えっ!? 読まれた……!?」
「急に焦り出したから」
クラリスが鋭いのか、あたしがわかりやすいのか。ティオはどうせわかりやすいと言うに違いない。あまり長引かせず、話を逸らした方が良さそうだ。
そう思ったことさえ読まれたか、クラリスが口を開く。
「せっかくだし普通にお喋りしようよ。あんた、マザーと猫以外に話せる子っているの?」
「いる……いる? いや、そういえばお喋りできるような関係の人って、いない……?」
振り返り、人間関係の狭さを思い知る。思えばマザーとティオがいたから笑って過ごせていた節があり、彼らを除けばほとんど人と交流していなかったかもしれない。
沈黙するあたし。クラリスは浅く息を吐いた後、申し訳なさそうに目を伏せた。
「……ごめんね?」
「謝ることじゃないですよ!? じ、じゃあクラリスさんの初めての仕事の話が聞きたいです」
目を丸くするクラリス。想定していなかったとでも言いたげな顔に、あたしも目が丸くなる。
「ま、まずかったですか?」
「ううん。要するに失敗談が聞きたいわけね」
「そ、そそそそういうつもりじゃ……!」
「冗談。あんた、本当に変な子だね。別にいいけどさ」
認めてくれているからなのか、初めて話したときよりも表情が柔らかい気がする。相変わらず固いところはあるし、言葉も決して丸くはない。
それでも、カウンセラー・クラリスという人間が少しだけ見えてきた気がした。つい嬉しくなる。
「私が最初にカウンセリングに行ったときは酷かったよ。スペードのカウンセラーとして同行したのに、ハートの先輩の後ろでカカシになってた」
「クラリスさんにもそんな時代があったんだ……」
カウンセラーとしてデビューすると、基本的には最も適性のある部署へ配属される。一次試験と二次試験で試された四つの力の内、どれが優れているかによって配属先が変わる。
クラリスが配属されたスペードは“向き合う力”が強い者――ハートリウムでの戦闘を得意とする者が多いと聞く。主に同行するカウンセラーの用心棒として仕事を任されている、という印象だ。
「意外?」
「意外でした。最初からバリバリ仕事こなしてたんだろうなって……」
「そんな新人、私も見たことないよ」
先輩を自分とは違う生き物だと思ってたいことがよくわかる。誰しも初々しい時期があったということか。少しだけ安心する。
「いまは当然だと思えるけどね。ハートリウムは異世界みたいなものだし。なにが起こるかわからない上に、試験と違って失敗できない。そう考えたら、緊張して動けなかった。勉強してきたことが全部頭から飛んでく感じ」
どれだけ準備を整えても、失敗を許されない重圧はこころを鈍らせるようだ。そんな状態でカウンセリングに出ても足手纏いになる、ということ?
「あ、あたしもそうなる?」
「かもね」
くす、と意味深に笑う。背筋が凍る思いだ。思わず自分の体を抱き締める。
「でもね、みんなそう。初めてのカウンセリングは不安と緊張でいっぱいで、なにが起こったかなんて覚えてる人の方が少ない。特にハートのカウンセラーが顕著」
ハートは“こころと対話する力”が強い者。不安定な患者との対話は油断ならない仕事だ。スペードのみならずダイヤ、クラブよりも患者と密接に関わることになる。余裕がなくなるのも当然か。
「患者に寄り添うのに精一杯だった、とか?」
「それもあると思うけど、正確じゃないんじゃないかな。ハートのカウンセラーは、カウンセリングが終わったときにみんな同じことを言ってた」
「なんて……?」
「『助けなきゃ、って思ったら助けてた』だって」
その感覚をあたしは知らない。知らないはずなのに、クラリスの言葉に心臓が反応した。そう、そうなんだよ! とでも言いたげに大きく跳ねる。
本能に正直になって患者のこころと対話する。それがハートのカウンセラー。
「……あたしも、そうなれるかな」
弱っているのか。つい漏れる本音。クラリスもティオもなにも言わない。
「すみません。あたし、結構弱ってるのかも」
「なれるかどうかはあんた次第。ただ……」
「ただ?」
クラリスの言葉を待つ。しかし、それ以上は続かなかった。ふっと意味深に息を吐いて、あたしから目を逸らす。
「なんてね。いまは言わない」
「え? な、なんでですか?」
「試験監督としての公正な目が濁りそうだから」
「ん? え? どういうことですかそれ?」
「うるさい。いまはとにかくゆっくりすること。私は一旦席を外す。余計な騒ぎを起こさないように」
勢いよく立ち上がり、足早に病室を去っていくクラリス。わざとらしい動きにも見えたし、深堀されたくなさそうだった。
隣であくびを漏らすティオに目配せすると、愉快そうに笑った。
「可愛げのねぇ嬢ちゃんだ」
「あ、女の子に可愛げないとか言っちゃ駄目だよ。確かにクラリスは可愛いっていうか綺麗でカッコいい感じするけど」
「はいはい、そうかそうか。デリカシーのない猫で悪かったな」
ふいと顔を背けるティオ。悪びれる様子も一切ない。
クラリス本人がいないから言えることだ、もし聞かれていたらなにを言われるかわかったものではない。
いや、それより……。
「仕事の話、全然聞けなかったなぁ……」
いずれまた時間を貰えるか打診すればいい。そのときにはカウンセラーとしてデビューできていればいいのだが。
ぐう、と呑気に鳴くのは腹の虫。思えば夜明けに捕まってからなにも食べていなかった。カウンセラーたちは既に食事を済ませているだろうが、まだなにか余っているだろうか。
絶対安静とはいえ、食堂に行くくらいは許されるはずだ。食い気に負けてベッドから這い出る。
「ティオ、ご飯行くよ」
「先に行ってろ。少し寄るところがある」
「わかった。なにか取っておく?」
「構わん、食いたいもんだけ食っておけ」
「はーい」
食べたいものは自分で選びたいのだろう、余計なことはしない方がいい。変に機嫌を損ねられても困る。
でも、ティオが寄るところってどこだろう?
彼の行動範囲や興味関心について、よくわからない部分がある。あたしは人間で、ティオは猫だ。知ったとしても理解できない部分でもあるのかもしれない。
よろけながら病室を出る。力は少しだけ戻りつつあった。
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