第9話:救うために

「どこ行くの」

「え? あ、ご、ごめんなさい。また道外れてました……?」


 探索を再開してからというものの、気が付くとクラリスの進行方向から外れてしまうことが増えた。気が逸っているのかとも思うが、それだけじゃない。

 こっちだ、と。体が自然に動いてしまう。一刻も早く患者に会いに行かなければならない。この感情は正しいはず。だが、違和感があった。


 ――まるで、どこに患者がいるのか知ってるみたい。


 あたしたちはこの心象世界で患者を探している。分厚い雲と荒れ狂う風に阻まれながら、患者の下へ向かっている。

 患者がどこにいるのか、いまだ掴めていない。なのにあたしのこころが確かに患者の存在を認識している。そして、進めば進むほど大きく確かなものに変わっていくのを感じていた。

 患者のこころに近づくほど影響が出てくるものなのだろうか? 未熟な証なのかもしれない。現にクラリスは平然としている。カウンセラーではないティオにも影響はなさそうだ。


「ミライ、さっきからどうした? やる気が空回ってるようだが」

「やる気はあるよ、勿論。そうじゃなくて……なんか変なの。体が勝手に動いちゃう」

「カウンセリングは基本的に一人で行うものじゃない、患者の症状、ハートリウムの様子に応じたチームを組んで臨む。やる気があるのはいいことだけど、連携が取れないんじゃこの先苦労するよ」

「……はい」


 先輩の言葉だ、素直に受け止めるしかない。

 ただ、クラリスの進む方向と、あたしが引き寄せられる方向は少しだけずれている。気が付くと彼女の傍から離れてしまっているのだ。

 無意識に向かってしまう、呼ばれるような感覚。これをなんて説明すれば伝わるだろう? よしんば伝えられたとしても、納得してもらえるかはまた別の話だ。

 根拠はない。ただ、あたしの進む先に患者がいる。そう確信してしまっている。


「言いたいことあるなら言いなよ」


 まずい、また反感を買った?

 そう思ったが、クラリスの表情は特段険しいものではなかった。穏やか……というには少し無愛想な顔。


「これからは初めて顔を合わせるような人たちと一緒に仕事をすることになるんだよ。そんな状態で連携を取るのに必要なものってなんだと思う?」


 円滑に仕事を進める上で連携は取れている方が絶対にいい。連携の質を高めるためになにが必要か。各々が各々の仕事をする、役割分担? であるならば必要なことは、それぞれの領分に干渉しないこと?


「えっと……他の人の邪魔をしない、とか?」

「我を通さないのは大切。でも、みんながその姿勢っていうのも良くない。誰も意見を言わず、互いが互いを優先して、誰かがやらなきゃいけないことを譲り合ったら誰もやらない。救える患者も救えなくなる」

「じゃあ、他に必要なものって?」

「会話」


 あなたがそれを言うんだ、と正直思ってしまった。

 そうは思えど、クラリスの言葉は経験から発せられたものなのだと思う。なんの根拠もなくその結論には至らないはずだ。

 仕事を滞りなく終えるために会話が必要? 誰と、なんの会話をすればいい? クラリスは続ける。


「感じたこと、考えてること。そういうのって人それぞれで、人によっては全く感じ取れなかった違和感とか至らない考えがある。そういうものを共有することで進展することもある。だから、あんたが勝手に動く理由や心当たりがあるなら共有してほしい。念のため、ね」

「でも、あたしはまだカウンセラーじゃないですよ」

「心象世界にいる以上、あんたはカウンセラーとして仕事をするんだよ。少なくとも私は、さっきまでの試験結果を受けてあんたがカウンセラーとして必要充分な力があると判断した。だからいま、あんたはここにいる」


 クラリスの真っ直ぐな視線に嘘はない。試験が始まる前は認めないとまで言っていたのだ、上辺だけで語っているわけじゃないはず。

 カウンセラーと認めるに値する。だから彼女はいま、仕事に必要なことを教えてくれている。返す言葉を探すあたしに、クラリスは変わらず偽りのない声で続けた。


「私はあんたをカウンセラーだと思って話してる。だから聞かせて。カウンセラーとして感じてること、考えてること」


 デビューしてないからとか、そんなことはもう関係ない。あたしがここにいるのは、カウンセラーとして最低限認められているから。であれば、仕事仲間としてできることはやるべき。

 納得させられるかはわからないが、感じていることをありのまま伝える。


「……根拠は、ないんですけど……なんか、呼ばれてる感じ、が、して……引っ張られる、みたいな……患者の居場所を知ってるような、そんな気がしてます」

「なんだ、随分とまあ曖昧な理由で動いてたんだな」

「だから言えなかったんだよ。納得してもらえる気がしなかったし、言っても無駄だなって思ってたから」


 ティオのような反応が自然だ。言ったところで勘のようなものだ、信用に値しない。だから秘めていた。

 しかしクラリスはそうでないようで、顎に手を当ててなにか考えている。カウンセラーとして認めてはくれているが、所詮感覚の話だ。間に受けるのはリスクが高いだろう。


「連れてって」

「え?」

「あんたが引っ張られる方向に行ってみる」

「え!? どうしてですか、根拠ないのに!」

「いままでなんの頼りもなく進んでて、一向に患者の下に辿り着けてなかった。だからやり方を変える必要はどうしてもある。勘でもなんでも、あんたが患者の存在を感じ取れてるならそっちに行った方が建設的。それだけだよ」


 納得させなければと考えていたが、逆に納得させられてしまった。

 クラリスの言う通り、ここまで一切進展がないのであればいずれ他のやり方を考える必要はあった。あたしの勘だろうが、試す価値がある。そう判断したのだろう。


「……こっちです」


 先導を任されたのだ。静かに頷き、歩き出す。

 些細な変化ではある。だが、あたしの意志で向かうと決めたからだろうか。決意が歩幅を大きくしているように思えた。


 ……やるんだ。ここまで来たら。


一歩、また一歩と進むにつれて、胸に潜む“なにか”は体を破きそうなほど大きく育っていった。

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