第4話:試験開始

 この後はクラリスの指示に従ってくださいね。


 なにも知らないマザーに見送られ、あたしとティオは彼女についていくしかない。とはいえクラリスはなにも言わない。ただ黙って、わざとらしい足音を立てながら速足で歩くばかり。

 そりゃそうだ。認めない、なんて言っていたのだからあたしに愛想を振る舞う理由なんて欠片もない。それにしたって随分な嫌われようではあるのだが。


「あの、クラリス? 適性試験ってなにをするの?」

「敬語使いなよ。今日から立派な社会人になるんだから」

「……クラリスさん、適性試験ってなにをするんですか?」

「簡単な話。カウンセラーとしての仕事振りを三段階で評価する。カウンセラーを名乗るに値する人間かどうか、私が判断する」


 最悪だ。あたしのことをこれだけ嫌っているクラリスが判断するなら不当な判断を下される可能性もゼロではない。

 おまけに彼女はカウンセラーとしての実績がある。それに騎士ジャックの役まで貰っている。その凄さはあたしだって知っている。

 カウンセラーとして優秀な成績を残した者に与えられる称号。騎士ジャック女王クイーンキング。それぞれ四人ずつ存在しており、カウンセラーの統括を請け負っている。

 騎士ジャックは役としては一番低い。とはいえカウンセラーたちの中でも頭一つ抜けて優秀な存在であることは間違いないのだ。信頼は厚いはず。


 彼女が適当な嘘をついたとしても、あたしと彼女じゃ信頼が違う。誰も不当な判断を不当だと言えないだろう。こっそりティオに語りかける。


「ティオ、あたしデビュー出来ないや」

「まあ懲りずに励め。お前に出来ることなんざそれくらいなもんだ」

「あんたたち、私が個人的な感情で不合格にするとでも思ってるわけ?」


 びくりと肩が跳ねる。ティオも毛を逆立てて飛び跳ねた。

 錆びたブリキのようにぎこちない動きで顔を向けると、いままでで一番険しい顔をしたクラリスがいた。腕を組み、あたしとティオを睨み付けている。


「私は騎士ジャックとして試験監督を任されてるの。好き嫌いで合否を決めると思われるのは心外」

「す、すみません……」

「謝らなくていいよ。悪気ないだろうし」


 それだけ告げて再び歩き出すクラリス。無愛想である自覚があるのだろうか。だとしたらもう少し立ち振る舞いを考えた方がいいのではと思ってしまう。


 ――まあ、余計なお世話か。


 あたしがなにを言ったってクラリスは耳を貸さないだろう。彼女自身、慣れているという言葉で終わらせているのだ。どうにかしたいと考えているわけではないと考えておこう。


 廊下を抜けると広間に出る。カウンセラーの本部である診療兵団は首都において最も大きな施設だ。カウンセラー自体は世界各地に存在しているものの、ほぼ全員がここから出張している。

 広間の真ん中は受付となっており、そこから各自の部屋、食堂や資料室へと続く道がある。迷ってもおかしくない構造だ。


 本部に直接ハートリウムを持ち込む者も少なくなく、ハートリウムがあっても患者の体が家にあるならば正確な診断が出来ないとされており、診療兵団としては推奨していなかった。

 しかし、身近な人間のハートリウムが生まれることなど誰も想定してはいない。世間的に認知されていないことが多いのも現状である。


 そうしてクラリスに連れられたのは大きな試験会場……ではなく、普段会議室として使われている部屋の一つだった。


「クラリス、さん? ここで試験なんですか?」

「そう。予めマザーから三つのハートリウムを渡されてるから、それを使って確かめる」

「ハ、ハートリウム? 試験用に用意してるってことですか?」


 いったい誰のハートリウム? 試験に使うために秘密裏に保管していた……?

 青ざめるあたしを見て、クラリスはため息を一つ。


「保管してるカルテから再現したものに決まってるでしょ。本物だったら試験なんかに使わず治療してる」


 呆れたような声音に納得する。ティオもやれやれと首を振っていた。クラリスはともかくどうしてティオにまでそんな反応をされるのか。不服ではあるが、文句は後で言うことにしよう。


「一つずつ見せるように言われてるから、最初はこれ。あとこれも。あんた用の“パス”」


 クラリスが手渡したのは小さな鍵。先端部分がハートになっており、これを使って患者のハートリウムに干渉することになる。実物を見たのは初めてだ。


「それじゃあ試験について説明する。一つずつハートリウムに干渉して、制限時間以内に一定の成果を出せれば次へ。そうして三段階目を終えられれば、晴れてあんたもカウンセラー。わかった?」

「はい。頑張ります」

「別に頑張らなくてもいいのに。マザーのお気に入りなら穀潰しでも追い出されないでしょ」


 嘲笑うような声に、つい。


「……頑張らなくてもいいからって頑張らない理由にはならない」

「は?」


 クラリスの声音は低く鋭い。目を見ただけで竦み上がってしまいそうな迫力を感じる。


 でも、彼女の言葉は受け入れられなかった。なにもせず、なにも目指さず、ただ漠然と生きてきたわけじゃない。マザーに飼われることを善しとしているわけじゃないのだ。

 怯まずにクラリスの目を見詰める。この人の言葉から、感情から逃げるものか。


「マザーのお気に入りとか、そんなこと関係ない。あたしが頑張りたいから頑張るの。ずっとカウンセラーを目指してた。……なんでかは、わからないけど。カウンセラーにならなきゃいけないって、ずっと思ってる。それだけ」


 理由は自分でもわからない。

 ただ、こころの奥で燻っているのを感じていた。


 助けたい。誰かの力になりたい。あたしの手で救えるこころは全部救ってあげたい。


 傲慢かもしれない。だけど、これは紛れもなくあたしのこころだ。本心だ。誰になんて言われたって曲げられない、曲げたくない。


 クラリスの視線は相変わらず厳しい。それでも真っ直ぐ、彼女から目を逸らさない。やがて深いため息を漏らすクラリス。


「……敬語を使いなって」

「あっ、す、すみません。つい……」


 熱が入り過ぎてしまったようだ。慌てて敬語を使うが、彼女の前では取り繕う必要もないように思える。

 クラリスは手にしていたポーチから一つの透明な小瓶を出す。中では人の形をした小さな光がうずくまっているのが見える。

 これが最初の試験。ごくりと固唾を飲む。


「実体のない使命感だけでカウンセラーが務まるはずない。やってみればわかる。最初のハートリウムは、これ。瓶の口にパスを触れさせれば始まる」

「……はい。じゃあ行ってくるね、ティオ」

「せいぜい頑張れ」


 頷き、ハートリウムに向き合う。パスを握る手に力が入っていることに気付き、深呼吸を繰り返す。

 あたしはパスの先端をハートリウムの口に添える。柔らかい光を発し、意識が体から離れていくのを感じた。もう戻れない。それでいい。


 ――こんなところで躓いてられないんだから。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る