第10話 友達兼相棒
「シンシャ、こいつの事が大切か?」
「大切だ。俺の命の恩人……だからな。シトロンに出会わなければ俺はとっくに死んでいた。それに、名前をくれた」
「大切、ね。なら、こいつと俺を交代させたいと思うか?」
「当然だろ? 方法があるなら俺はやる」
迷いなく答えるシンシャに魔石の主は「そうか」とだけ零した。
「お前の
「それしか方法がないならやる」
「そうか。まあ、他の方法としてはお前と限界まで戦うか、他の研究施設を壊滅させるってのもあるが」
「却下だ」
魔石の主の提案は即却下された。魔石の主も本気で言ったわけではないが、シンシャの冷めた目を見て肩を竦めた。こいつには冗談は通じないな、と勝手に評価する。
「それで、始めても良いのか?」
「気が早いな。もう少し魔族同士仲良く……って、すごく嫌そうな顔だな。見た目はあいつと変わらないのに」
「でも、お前はシトロンじゃない」
「それもそうだ。まあ、これに成功すればいつ交代しても良くなるな」
そう言った魔石の主にシンシャは再び嫌そうな顔をする。
「はいはい。そんなにあいつが良いなら始めてくれ」
「……」
シンシャはシトロンの左胸に手を当てると呪文を唱え始めた。彼の胸元の魔石が淡く光ると同時に足元に魔法陣が浮かび上がる。シンシャの手を通して魔力が流れていくのを感じながら魔石の主は”なるほど。
「お前たち、なかなかいい組み合わせじゃないか」
「……どうも」
「成功だ。あいつが目を覚ます。また交代した時にはよろしくな、シンシャ」
「交代しないように俺がサポートするから問題ない」
「はいはい。そうならないように頑張れよ。あいつにもそう伝えておけ」
魔石の主は最後にそう言うと、シトロンと意識を交代した。魔力を消費したシトロンが意識を失って倒れ込む。それをシンシャは受け止めた。
「ん、……、う、ん? はっ! 魔物は⁉ ルディとシンシャは無事⁉」
目を覚ますなりルディとシンシャの心配をするシトロンにシンシャは目をしばたたかせた。驚いているシンシャに気付いたシトロンが「無事だぁ」と安堵の表情を浮かべてシンシャに抱きついた。さらに困惑するシンシャは空いた手をどうしていいか分からず彷徨わせる。
「あいつと意識を交代してからの記憶がなくてさ。二人とも何もされてない?」
「あ、ああ」
体を離したシトロンがシンシャの体に触れながら無事を確認する。怪我がないことを確認したシトロンが息を吐きだした。忙しない相手にシンシャが「シトロン」と強めに名前を呼んでようやくシトロンが大人しくなった。
「俺もルディも無事だ。お前が心配しているのは魔石の主が俺たちに危害を加えていないか、だろ?」
「うん。意識が戻ってまた全員死んでたら嫌だなぁ……って。シンシャが死んでるとこなんて見たくないからさ」
そう言って泣きそうな顔でシトロンは言う。シンシャはシトロンが魔石の主と交代していた間の事と、自分の能力で元に戻せることを伝えた。最後まで聞き終えたシトロンは安堵したのか、今さら疲労が襲って来たのか力なくシンシャの肩に頭を預けた。
「シトロン? 疲れたのか?」
「……うん。疲れた。あと、安心したら力抜けた」
「そうか。その、これからも何かあれば俺を頼れ。俺はお前のモノだから」
「なんだよシンシャ。そんなこと考えてたの? モノなんて言うな。シンシャは僕の友達兼相棒。それでいいだろ?」
「シトロンがそう言うなら」
シンシャの返答にシトロンは「うん。これからもよろしくシンシャ」と小さく呟いた。
ルディが目を覚まして簡単に経緯を説明した後、研究施設を後にした三人は昨日の街に戻っていた。同じ宿を借り、部屋に入るなり三人は「疲れたー」と声を揃えてベッドに倒れ込んだ。
仰向けになったルディが収穫物である資料と日記を取り出して眺めている。
「おーい、誰が先にシャワー浴びる?」
「ボクが先に行く」
「おー。んじゃ僕たちはそれまでゆっくりしてる」
ごゆっくり~と手を振るシトロンの声を背にルディはシャワールームに向かった。
昨日と同じ、部屋に二人残されたシトロンとシンシャはベッドに仰向けになったままだ。
「なあ、シンシャ。あいつ何か言ってた?」
「”交代した時はよろしく”って。あと、魔族同士仲良くとか言われた」
「ははっ。あいつそんなこと言うんだ」
「……」
思い出しただけでも不愉快だったのか、眉を寄せているシンシャに起き上がっていたシトロンが「すごい顔」と笑いながら眉間を指で突いてくる。
「シンシャでもそんな顔するんだ」
「そう言うシトロンだって怒ることあるんだな」
魔石の主と交代したきっかけがシトロンの怒りだという事を彼から聞いたのだろう。シトロンは「そうだよ。僕だって人間だ。怒ることだってある」と伸びをしながら言った。考えてみればシンシャと出会って結構経つが、互いのことをあまり知らないことに気付いた。
社交的ではあるが、それは上辺だけだ。魔石を埋め込まれているシトロンは誰かと深く関わることを無意識に避けていた。
シンシャを友達兼相棒と呼ぶのであれば、もっと彼の事を知らなければと思う。
「ねえシンシャ。僕はまだあまり君を知らない」
「俺もだ」
「相棒ならもっとお互いの事を知るべきだと思う。例えば、好きなもの、嫌いなもの。そんな小さなことから知っていきたい」
「そうだな。まず、俺は魔石の主が嫌いだ」
突然の告白に虚を突かれたシトロンが一瞬、目を丸くした。そして、込み上げてくる笑いに肩を小刻みに震わせ、声を上げて笑い出した。それにつられてシンシャも笑った。
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