第8話 罠

 魔物の爪がシトロンたちに向かう。それを剣でいなしている間に目配せをしてシンシャがルディを抱えて魔物から遠ざけた。

 剣に掛かる魔物に重圧にシトロンは眉を寄せる。爪を剣で弾いて魔物と距離を取っても体躯からは考えられないほどのスピードで追う魔物は周囲が見えていないのか培養器や機材を壊しながらシトロンに向かう。何度か斬りつけても魔石の力が強いのか回復速度が速い。どうしたものか、と考えている間に魔物は壊した培養器から胎児のような魔物を取り出すとそれらに自分の魔力を注ぎ込んだのか、胎児は一気に魔物へと成長した。


 「うわっ……」


 思わず声が出た。合流したシンシャが何が起こってるのか分からずシトロンと魔物たちを交互に見る。いや、僕を見ても見たままだよと言いたい。


 「ルディは?」

 「安全なところに避難させた」

 「ありがと。とりあえずシンシャは悪食魔力喰らいで魔力を吸収しながら戦力を削いで。僕はこっちのでかい方を担当する」

 「分かった。片付けたら加勢する」


 シンシャに頷いてシトロンは再び剣を構えた。背後では胎児だった魔物の魔力を吸収したシンシャが魔法で攻撃している。悲鳴に似た叫びに再び胸が騒ぐ。目の前の魔物はシトロンを見下ろしながら唸り声を上げた。爪か牙か、いずれにせよ攻撃をいなして隙を作り攻撃すればいいだけだ。

 そう考えていたシトロンは突然、鼻をひくつかせた魔物に眉を寄せた。何かを探している動き、魔物が体を反転させた。向かう先は先ほどシンシャがルディを避難させた方向だ。


 「待て!」


 声を上げた時には魔物が走り出していた。急いで後を追う。ルディが回収した日記と資料そのどちらかに魔物が追跡できるような何かを仕掛けてあったのだろうか。魔物が目覚めたタイミングの事を考えれば持ち出した者を殺すための魔物だったのかもしれない。考えていてもルディの身に危険が迫っていることは確かだ。シトロンは魔石から魔力を借り、それを足に集中させて加速した。


 魔物の先、ルディの姿を見つけたシトロンが叫ぶ。


 「ルディ! 伏せろ‼」

 「え⁉ うわっ!」


 咄嗟にルディがしゃがむ。追いついたシトロンが魔物の片足を斬りつけ動きを止め、ルディと魔物の間に立った。


 「こらこら、君の相手は僕だろ? 他に目移りするなんて酷いじゃないか」

 「シト、ロン……? え、というか何でボク狙われて?」

 「たぶん、回収した資料とかにこいつ(魔物)が追跡出来るような何かが仕掛けられていたんじゃないか?」


 シトロンがそう言うと、慌ててルディが鞄の中を漁る。その音を背中越しに聞きながらシトロンは魔物と対峙する。シンシャは胎児のような魔物との戦闘が長引いているのか、こちらに向かってくる気配はない。


 「あ! これか‼ やられた……! 罠だ。でも、資料も日記も本物っぽい」

 「ってことは、魔物を倒してしまえば資料は確実に手に入るってことだな」


 魔物が倒されるとは予想していないのか、ここの研究者はよほどこの大型の魔物に自信があるらしい。資料や日記を持ち出されても確実に魔物が屠ってくれるなら情報が外に漏れることはない。


 魔物はシトロンではなく、資料を手にしているルディを見て唸り声を上げ、牙を剥き出しにしている。ルディが走って逃げたところで魔物に追いつかれて殺されるのは目に見えている。この魔物が暴れることを想定していたのか、天井は高めだ。地上と比較しても地下の方が広い印象がある。別の部屋までの逃走ルートを考えている余裕はない。シンシャとの合流も厳しそうだ。


 考えている間に獲物を前に魔物が咆哮を上げた。よく見れば額と首元にそれぞれ違う色の魔石が埋め込まれており、それらは禍々しくも鈍く光っていた。


 「魔石が混合しているのか⁉ 種類のことなる魔石を埋め込むなんてなんてバカなことを! あれじゃあ身体中に絶えず違う魔力が循環して魔物の身体を内側から壊すだけだぞ!」


 ルディの声にシトロンは目を丸くした。魔物は藻掻くように首元を爪で引っ掻いている。血で染まった爪を振れば、血痕が飛び、シトロンの頬に線を描いた。


 記憶が呼び起こされる。魔物になっていく子、泣きながら嫌だと叫ぶ声。魔物になったばかりでまだ理性のあったあの子の声。


 『殺シテ……、この、まま……は、嫌……。オ願イ……殺シ、テ』


 シトロンは奥歯を噛み、魔物を見上げた。まだ、こんな馬鹿げた研究を続けるのか。自分たちの為だけに、兵を作るため、魔族と対立するため、そんな馬鹿げたことの為だけに誰かが犠牲にならなければいけないのか。

 怒りが込み上げてくる。それと連動するようにドクン、と心臓が脈打ち、魔石から魔力が血管を伝い体全体に行き渡るのを感じた。

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