第7話 魔石の主との約束
階段を下りて地下に辿り着くと、そこにはいくつもの培養器が並んでいた。そこも研究員たちに放棄されたのだろう、人の気配はなく、無人の培養器が残っているだけだった。培養器のガラスが割れた痕跡があり、何かが出た後なのだろうと推測出来る。シトロンは再び胸がざわつくのを感じて胸を抑えた。
たぶん、彼が怒っているのだろう。自分の中にある魔石が人間の行いについて怒りを露わにしている。あの時と同じで。
*********
白い部屋の中、自分を囲む研究員たちの顔。手にしているのはメスと宝石のシトリンのような魔石。視線を逸らせば、昨日まで同じ部屋で過ごした友と呼ぶにはまだ浅い仲の子たちが同じように研究員たちによって魔石を埋め込まれようとしているところだった。
すでに埋め込まれた者が、悲鳴と共に魔物になっていく姿を視界の端で捉えた。
ああ、自分も同じように魔物になるのか、とどこか諦めにも似た感情しか湧かず、研究員たちに視線を戻した。冷たい刃先が体に入り、痛みで気が狂いそうになった。もう一人が泣き叫びながら「嫌だ、いやだ、まだ死にたくない……」と懇願し、「タスケ……」と最後の言葉を紡ぐ前に魔物に変わった瞬間、言いようのない怒りが込み上げた。目の前の研究員、それを指示する者たち、すべてに怒りが湧く。
「面白いな、お前。この状況で死を受け入れるのではなく、こいつらに怒りを覚えるのか。ふむ。どうだ、俺と組まないか? 俺ならお前に力を与えてやれるかもしれない」
声が聞こえた。幻聴か、と思いながらも自然と視線は魔石へと向いた。魔石が語り掛けてくるなんてありえない、と思いながらも目が離せない。
「これは賭けだ。成功すればお前は力を得る。失敗すれば、魔物に成る。だが、成功した暁には俺との約束を果たしてもらう。嫌ならこの話は無しだ」
賭け、か。どうせこのまま魔物に成って死ぬくらいなら賭けに出た方がマシだと思った。相手の言う約束を聞かないまま魔石の提案を呑もうと小さく頷けば、魔石が了承とばかりに光を帯びた。研究員が魔石を開いた胸に埋め込んだ途端、魔石は心臓にまで入り込み、一体化した。痛覚は麻痺しているせいかなく、それどころか体内に魔力が満ちて行くのが分かる。魔物化しないことに驚きを見せる研究員たち。彼らはすぐに成功例としてのサンプルデータを取ろうとした。
けれど、目の前で一人の研究員から鮮血が弧を描きながら舞った。他の研究員が目を瞠っている間にも次々と鮮血が飛び、慌てて研究員たちが逃げ出す。自分は何もしていない、はずだ。でも、手元を見れば血の付いたメスが握られていた。そこで気付いた。
”ああ、魔石の主の仕業だと。僕の身体を使って研究員たちを殺している。僕は今傍観者なんだ”と
次第に意識が遠のいて行くのを感じる。研究員たちは全員悲鳴を上げながら殺された。最後の記憶はさっき魔物になったばかりの子。まだ完全な魔物に成っておらず、半端に人間の部分を残している。
「殺シテ……、この、まま……は、嫌……。オ願イ……殺シ、テ」
泣きながら懇願する相手。僕はその涙すら掬ってあげられない。魔石の主は
「分かった。……君の仇はいずれ取るよ」
そう言い残してその子の命を絶った。思いの外優しい声音だった。どれくらい意識を失っていたのかは分からないけれど、気が付いた時には血塗れの床に立っていた。魔石の主と意識を交代したのだろう。自分の意思で動けるようになっていた。
「賭けには勝った。約束を果たしてもらうぞ。お前、名は?」
「そう、だったね。内容まだ聞いてないから教えてくれると助かる。それと、名前はリオネル = デルヴァンクール」
「リオネル、約束だ。この力を使って必ずこんな馬鹿げた研究をする奴らを殺せ。根絶させるまでお前は死ぬことも、足を止めて逃げることも許されない」
「……分かった」
********
約束をしたあの日から時々魔石の主は意思表示をして約束を果たせ、と催促してくる。まだ、最初の時のように意識を奪われることはない。
シトロンは胸を抑えながら「大丈夫。約束は果たすよ」と魔石の主に訴えるように小さく呟いた。
「おい、二人ともこっちに来てくれ!」
ルディの声にシトロンとシンシャは二人で声のする方へ向かった。ルディが見ていた物を二人も見る。そこには培養器に入った魔物が一体。昨日遭遇した魔物よりも体躯が大きい。その傍には胎児に似た何かが何体か培養器に入っている。額には魔石が埋め込まれているが、魔力はとても弱い。
「生産性を追求した結果、量産に踏み出した……か」
「まだ試作みたいだな」
シトロンとシンシャがルディを心配して視線を送れば、ルディは泣きそうな顔で培養器を見ていた。少し俯いて袖で目元を擦ると再び顔を上げて培養器付近を調べ始めた。切り替えが出来たわけではないだろうが、ルディにつられてシトロンとシンシャも周囲を調べた。
見つけたのは研究員の残した日記と資料だ。おそらく、この地下は見つからないと踏んでいたのだろう。落ち着いたら戻ってくるつもりだったのだろうか、いずれにしても研究の手掛かりはこちら側の手に入った。ルディは資料を鞄に仕舞って、その場を去ろうとした。
急にアラートが鳴り出した。驚いたルディがふらついた拍子に体躯の大きい魔物の培養器にぶつかった。
「あ……」
小さな悲鳴は培養器の開く扉の音に掻き消される。腰を抜かしたルディにシトロンが「ルディ、逃げろ!」と叫んだ。が、腰を抜かしたルディは立ち上がることが出来ない。
シンシャとシトロンはルディの元に駆け寄った。培養器から通常よりも一回り大きな魔物が出てきた。それは三人を見下ろすと咆哮を上げた。
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