第6話  地下室

 一晩泊り、翌朝シトロンたちは街を出発した。街から研究施設までは数刻もかからない。運がいいことに魔物の襲撃はなく、無事に研究施設の近くまで行くことができた。馬車を途中で下りて魔物に注意しながら目的地まで徒歩で向かう。


 「ルディ、中に入ったら何を調べる気なんだ?」

 「そうだな、資料……はおそらく残っていないだろうから、魔物の痕跡や魔石の欠片でも採取できれば。一番欲しいのは資料なんだけど」

 「そういうのは普通、燃やすか持ち出されているもんじゃないのか?」


 会話を交わしているうちに目的地に到着した。とっくに放棄された研究施設の外観は寂れており、人の気配も魔物の気配も感じられなかった。


 「魔物とは出なそうだけど、こう……別のものが出そうだな」

 「別のものって?」

 「なんだシトロンは幽霊とか信じているのか?」

 

 廃墟を前に喉を鳴らすシトロンにルディがにやけ顔でからかう。得体のしれないものが苦手なシトロンは図星をつかれ、それを全力で否定した。

 軋む扉を開けて中に入ると、電気の通っていない部屋は薄暗く、割れた窓からは風が入り込み不気味な雰囲気を出していた。ルディは鞄から石の入った小瓶と液体の入った試験管を出すとそれらを混ぜ石に垂らした。石が液体に反応して光を帯び、ルディを中心に照らす。


 「おぉ! すご! なにそれ、錬金術?」

 「そうだ。ボクくらいになるとこれくらい出来て当然!」


 感心するシトロンにルディがふふん、と鼻を鳴らす勢いで胸を張る。同じ物を他に二つ用意すると三人は手分けして部屋を調べることにした。施設内の部屋数は多くなく、一部屋調べるごとに入り口で情報を共有する流れになった。

 一階が研究所、二階が研究員たちの寝室となっている。数時間かけて調べて収穫はほとんどなかった。ルディが見つけた魔石の欠片だけだった」


 「収穫はこれだけ……か」

 「まあまあ、そんなに落ち込むなって。魔石だって昨日のと何か違いがあるかもだろ?」

 「そうだけ、ど……っ⁉」

 「どうした? なにか発見があったのか?」


 肩を落としたルディの背中を軽く叩きながら元気づけるシトロンの手にあった魔石の欠片を見たルディは双眸を大きく開いた。急いで鞄から昨日回収した魔石を取り出して観察する。様子の変わったルディにシトロンとシンシャは顔を見合わせた。二つの魔石は見た目は全く同じで、異なる点は魔力の違いだ。


 「おーい、ルディ。何か分かったか?」

 「なあ、二人とも。人間がとある実験に成功した後に考えることは何だと思う?」

 「ん? 成功例を多く作るとか?」


 シトロンの答えにルディは「そうだ」と返すが、表情は暗いままだ。ルディは感情を押し殺すように強く唇を噛んだ。鼻で息を大きく吸ったルディはそれを吐き出しながら言った。


 「……人間が考えるのは生産性だ」

 「生産性……。つまり、兵をより多く効率よく作ると言いたいのか?」

 「はあ⁉ そんなのどうやって」

 「ボクも知りたいよ。でも、ここでその研究が行われていた可能性はある」


 机に魔石を置きながらルディは暗い表情のまま鞄からメモ帳とノートを取り出した。ルディが言うには昨日戦った魔物は一体だけ元人間で、他は人間ではないという。根拠は魔石の質、埋め込まれていた魔石の位置、魔物の体の脆弱さすべてを加味した結果だと言う。


 「でもそれはルディの仮説だろ?」

 「だが、あれだけの魔物すべてが人間だと考えるのも恐ろしくはあるけどな。ルディの言う生産する術を研究員が得ていたのなら魔物が増える理由にも納得できる」

 「まあそうだね。んじゃ、その研究についての証拠探しでもしますか」

 「え……? ボクの仮説、信じてくれるの?」


 まばたきを繰り返すルディにシトロンとシンシャは頷いた。魔物を多く生み出されて魔族や人間が襲われるのは見過ごせない。三人は改めて施設内を調べることにした。とは言っても、施設内にある部屋はすべて見て回ったが、目ぼしいものはなかった。

 溜息と共に腰を落としたシトロンは左胸のざわつきに息を詰まらせた。


 「っ……! なんだよ、急に意思表示するなって……」


 左胸を服の上から抑え、訴えてくる相手に小声で伝える。それでも、ざわつきは治まらない。眉を寄せたシトロンは視線の先、魔石の欠片を見つけた。それを取ろうと手を伸ばしたシトロンは下から風が吹いていることに気付いた。


 地下室があるかもしれないと、ルディたちを呼んだ。すぐに駆け付けたルディは床や壁を調べ始めた。その間にこっそり息を吐いたシトロンにシンシャが声を掛ける。


 「何かあったか?」

 「んー、何にもないよ。なんで?」

 「……顔色が悪いから」

 「ははっ。よく見てるね」


 気付かれないと思っていただけにすぐに気付くシンシャにシトロンは驚いた。さすがに、心臓と一体化している魔石が騒いでいるなんて言えるわけがない。それこそさらに心配されてしまう。シトロンは「大丈夫だよ」とだけ言うとルディの手伝いに行った。


 壁を調べていたルディは一か所だけ質感の異なることに気付いた。叩いて音を確かめれば空洞があることが分かる。軽く押してみると、壁の一部が移動して中から暗号の書かれたプレートが現れた。シトロンが見ても何が書いてあるのかさっぱり分からず首を傾ける。

 ルディは暗号を見るなりメモ帳を取り出して解読を始めた。十分足らずで解読したルディは床に両手を付くと何かを探し始めた。邪魔しては悪いとシトロンとシンシャは少し離れて様子を見る。その間にも警戒は怠らず魔物の気配はないことは確かめていた。


 「ここをこうして、パスワードはたしかこれで合ってるはず……!」


 床に現れたパネルをルディが操作すると、地響きと共に床が少しずつずれていく。中から地下へと続く階段が現れた。マジか……、と目を丸くするシトロンとシンシャを置いてテンションの上がったルディが階段を降りようとしている。


 「ちょ、待て待て! 何があるか分からないんだから依頼主は大人しく……って、ルディ! シンシャ、追いかけるぞ」

 「わかった」


 シトロンの声を無視して階段を下りて行くルディを二人は慌てて追いかけた。

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