第5話 シトロンの願い
街には特殊な障壁、言わば結界が張ってあるため魔物は近づけない。御者と別れてシトロンたち三人は宿に泊まることにした。御者とは翌朝会うことになっている。それまでは宿でゆっくり出来る。宿代はルディが持つと言い、三人は中規模の宿に泊まることになった。
「別々の部屋が良かったのに……」
「まあ、そうふて腐れるなよ。いいじゃん、三人で寝れば!」
頬を膨らませて文句を言うルディをシトロンが慰める。宿の受付で三人別々の部屋を頼んでみたが、残念ながら空き部屋が四人部屋しかなかったのだ。ベッドが二つ、シャワールーム、トレイが備え付けられた部屋に案内された。
「ベッドは二つ」
「ボクは一人で寝る。君たち二人が寝て」
「はいはい。シンシャー、一緒に寝よう!」
「分かった」
迷うことなく了承したシンシャに驚いたのはルディだった。ベッドを巡ってじゃんけんでもするのかと予想していただけに思わず「えぇ⁉」と声を上げた。
「ま、まあ、君たちがいいならいいや。ところで、もう一つ調べたいことがあるんだけど付き合ってくれないか?」
「僕たちに出来ることなら」
「良かった。単刀直入に聞くけど、シンシャは魔族か?」
ルディの問いにシトロンとシンシャは互いに顔を見合わせた。魔物を倒した際、魔法を使っていたのを見られているため言い訳は出来ない。加工した魔石を持っていると言ってもルディは信用しないだろう。
諦めてシトロンが頷くと、シンシャが「そうだ」と答えた。
「そうか。なら君の魔石を見せてくれないか?」
「構わない」
「ありがとう」
そう言うとシンシャは上着を脱いだ。深紅の魔石が右胸に埋まっており、灯りに照らされて輝いて見えた。紅い魔石は魔族の中でも上位の物で、魔法、身体能力等ほとんどすべて使うことが出来る。ルディは興味深そうに近づくと再びメモを取り始めた。
「触っても?」
「いや、まあ。うん……」
「わはははっ! シンシャが困ってる!」
魔石にしか興味を示していないルディの隣でシトロンが普段とは異なり珍しい反応を見せているシンシャに大笑いしている。そんな声も届いていないほど集中しているルディは魔石に触れて独り言を呟いている。ひとしきり調べて満足したルディの興味の矛先が突然シトロンへ向いた。
「え、な、何?」
「シトロンも脱いで」
「なんでだよ! 僕は人間だって!」
「シトロン、諦めろ」
逃げようと後退るシトロンを羽交い絞めにしながらシンシャが言う。抗議の声を上げてもルディは構わずシトロンの上着を捲った。
そして、何も魔石が見つからず肩を落としながらも急に我に返ったルディはメモ帳を鞄にしまうと「二人とも、ごめん……」と謝罪し、「頭冷やしてくる」と言いシャワールームに入った。
「はぁー。酷い目に遭った。研究者モードのルディはなりふり構わないのか。気を付けよう」
溜息混じりにシトロンがベッドに寝転がる。その隣に同じく疲れた顔のシンシャが腰かけた。
ルディがシャワールームに入って少ししてから、未だに寝転がるシトロンに向かってシンシャが口を開いた。
「シトロンはルディの探していた人か?」
「おぉう……。直球だな」
「回りくどい言い方は好きじゃない」
「シンシャはそう言うやつだもんなぁ……」
目を丸くしたシトロンはすぐに「はははっ」と笑い出す。起き上がったシトロンが少し間を空けて「そうだよ」と答えた。
「じゃあ、魔石を埋め込まれたって話は」
「本当。でも、ルディが調べたけど無かったぞ? って顔だ」
シンシャは口数は少ないが、表情に出やすい。指摘されて再びなんで分かったんだ、と目を丸くした。
「僕の本当の名前はリオネル = デルヴァンクール。でも、リオネルはとっくの昔に死んだ。……そして、魔石を埋め込んで兵を作るなんて馬鹿げた研究の成功例。それが僕。埋め込まれた魔石はここ」
自嘲気味にそう言ってシトロンは上着を脱いだ。彼が指したのは左胸。心臓の位置だ。けれど、魔石は見当たらない。嫌な予感がして勢いよくシトロンの顔を見たシンシャに相手は困ったように笑っていた。
「シンシャが思った通りで合ってるよ。魔石は僕の心臓と一体化してる」
「なっ! ……っ」
次の言葉が詰まって出て来ないシンシャに苦笑しながらシトロンは上着を着た。
「そんな顔するなって。魔石を埋め込まれてもこうして普通に生きてるし、魔物に成ってないだろ?」
「……なんで話してくれたんだ?」
「なんでだろうね」
天井を見上げたシトロンはポツリと零した。
「僕の願いを聞いてほしかったのかも」
「願い?」
オウム返しするシンシャにシトロンは「うん」と頷いた。
「この魔石はまだ意思を持ってる。研究者たちに対して強い怒りがあるんだ。だから、研究者たちに遭遇したらたぶん、暴走する。そしたら、シンシャ。君に止めてほしいんだ」
「……」
「十年前、研究施設で一度暴走したんだ。その時の記憶は曖昧で、気が付いたら研究施設は崩壊、魔物と実験体の子供たちの死体の中に僕はいたんだ。暴走したら自分でも止められる自信がないからさ、どんな手を使ってでも止めてほしい」
そう言ってシトロンはベッドから降りた。振り向いてシンシャからの返答を待つ相手にシンシャは真っ直ぐ目を見て言う。
「分かった」
シンシャの応えに満足そうにシトロンは笑った。
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