第4話 魔族について

 馬車に揺られながらルディはメモを見返していた。それを横目にシトロンが話しかける。


 「知りたいことは調べられた?」

 「ん? まあまあ、かな」


 メモから顔を上げたルディが苦笑しながら返す。


 「なんでそんなに熱心になれるの?」

 「……シトロンは魔石についてどれくらい知ってる?」

 「魔石? えっと、魔族が生まれつき体に宿している、魔石の純度に応じて魔力が高く、魔法や身体能力が高くなるくらい?」


 一般的に知られている情報だ。魔石は魔族と呼ばれる種族が生まれつき体に宿している宝石のようなもので、魔法が使えるのも、人間離れした身体能力があるのも魔石があるからだとされている。この世界では一部を除いて魔法が使える者は魔族のみとされている。

 シトロンの答えにルディは「そうだ」と頷く。シトロンの隣で聞いていたシンシャも一般的な事しか知らないため、口を挟むことはしない。


 「じゃあ、魔族がなぜ存在しているのか、なぜ彼らだけ魔石を宿しているのか考えたことはあるかい?」


 次の問いにシトロンとシンシャは顔を見合わせた。そんなこと考えたこともなかった。二人の反応にルディは息を吐く。


 「魔族とは元々は人間で、後から付けられた忌み名だ。彼らの故郷は普通の人間は到底生きていけないほどとても過酷な地域だったんだ」


 そう言うとルディは語り始めた。


 遥か昔、二つの部族が領土を巡り争った。そして、敗北した部族の人々は過酷な土地ルドニークへと追いやられた。そこは緑もなく、鉱山だけの土地で到底人が生きていくには困難な場所だった。彼らはすぐに勝利した方に泣きつくと思われていたが、そうはならなかった。

 鉱山の奥まで足を踏み入れた人間が目にしたのは魔石。魔石には種類があり、人間に適合するかどうかはそれによって決まる。最初に足を踏み入れた人間が運よく魔石に適合したのか、あるいは食べ物に困りそれを口にしたのかは定かではないが、魔石を取り込むことに成功した彼らは魔法や強靭な肉体を手に入れ過酷な土地で生きていくことが出来るようになった。

 魔石の力を使えば、水、火、風、土壌の管理等何でも出来た彼らはルドニークで争うことなく平和に暮らしていた。


 だが、ルドニークのことを聞きつけた他国の人間は視察と称してルドニークへと赴いた。戦争から半世紀以上経過していたこともあり、ルドニークの人々は警戒心が薄れていたのだろう。または、過酷な土地から豊かな土地へと変わったことが嬉しくて、他に自慢したかったのかもしれない。それが、悲劇の始まりになるとは誰も予想していなかった。

 外から来た人間はルドニークの人々が自分とは異なる存在であることに畏怖を覚えた。身体のどこかに魔石が見えている。魔石は人により、額、腕、首、目元、手の甲と様々な場所に魔石が埋め込まれている。それを初めて見た人間は率直に”異質”だと感じたのだろう。さらに自分たちには扱えない魔法も未知のもので、興味を持てば違ったのかもしれないが、そこを訪れたのは国の使者。彼らには魔法が恐怖の対象に映った。


 視察を終え、帰国した使者が見たままを伝えると国王を始め、多くの人間がルドニークの人々を危険と判断し、畏怖を込めて”魔族”と呼ぶようになった。

 いつか彼らは魔法や未知の力で自分たちの国に復讐しにくるのではないか、あるいは侵略に来るに違いないと勝手に想像して恐怖した。


 「……それで、魔族……いや、ルドニークの人々に戦争を仕掛けたなんて言うんじゃ」

 「そのまさかだよ。表には公表していない記録だ。ルドニークは亡んだ」


 双眸を開く二人にルディは悲しそうに眉を下げ「続けてもいいかい?」と問う。シトロンが頷くのを見て続きを話した。


 ルドニークが亡んだ後、生き残った人たちは他の地へと逃げ延びた。だが、逃げ遅れた人たちは捉えられ、殺された。体に魔石を宿す人間は稀有な存在だったが故に、人間は愚かな行動をとった。殺した魔族から魔石を取り外したのだ。魔石は宝石と見紛うほど綺麗で、貴重さで言えば宝石よりも価値は高い。魔石は高値で取引されるようになり、貴族の間で装飾品として身につけるようになった。

 さらに、魔力を宿す魔石を利用することで人間も魔法が使えるようになり、その研究が進んで行った。魔石が足りなければ魔族を襲い、奪えばいい。そんな考えが人間の中に生まれていった。


 「魔族と人間の関係はこうして亀裂が入り、今に至る……」

 「……ははっ、なんだよそれ。じゃあ、国が出している魔王退治は?」

 「魔王なんて存在していない。いや、いるかもしれないが一族を纏め上げているだけにすぎないとボクは思っている。魔王退治は後付けだ。元は人間が嗾けたけしかけた戦争で、魔族側は対抗しただけだ。けど、人間の行動に魔族側も恨みは募っていき関係は最悪なものになった」


 実際、ギルドにも魔族と遭遇したら倒せと依頼は出ている。冒険者たちは魔族イコール悪だと思い込んでいるせいか、魔物討伐と同じ感覚で倒そうとするだろう。魔族側も人間は敵だとこの数百年で認識したため、互いに睨み合っている状態だ。

 だが、魔石を扱う魔族相手では人間は弱い。冒険者パーティーでようやく一人の魔族を倒せるか否か、というレベルである。今流通しているのは数百年の間に殺されてきた魔族たちの魔石だ。新たに魔石を手に入れるには冒険者パーティーで挑むか、弱い子供を狙うしかない。


 「だからか? 魔石を魔法を使うための道具ではなく、直接埋め込んで兵を作ろうと考えるのか?」

 「そうだ。単純な思考回路だろ? 強い魔石を魔族と同じで人体に宿せば力が手に入る、なんて。それの失敗作が魔物だ。……っ、元を辿れば非があるのは人間の方なのに、今では魔族を悪として倒そうとする。しかも、人体実験にまで手を出すなんて異常だよ今のこの国は……」


 奥歯を噛み締め俯くルディの頭をシトロンが荒く撫でた。話を聞いてシトロンの中でルディに対する評価が変わっていた。


 「ルディはすごいな。そんなほとんどの人が知らない歴史まで調べて、さらに魔石を埋め込まれた人を救おうと危険な場所まで行こうとするなんて」

 「わっ! ちょ、やめ、やめろ! 気安く頭を撫でるな!」

 「はははっ! 君、いいヤツだな。気に入った!」

 「いや、シトロンに気に入られても……、やーめーろー!」


 ルディの抗議の声を聞きながらシトロンは街に到着するまで雑に撫で続けた。

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