第3話 興味
「研究ってどんな?」
「ん? 魔石を埋め込まれた魔物を調べることでいずれは彼らを人間に戻すことが出来るかなって。……それと、探している人がいるんだ」
「ふーん。探している人はどんな人か聞いても?」
「……十年前に行方不明になった男の子。……王位継承権を持った、ね」
「そっか。でも、もうその子死んでるんじゃない? 十年探して見つからないんだろ?」
「っ!」
シトロンの言葉にルディはギュッときつく拳を握った。
反論しようとして口を閉ざしたルディにシトロンは困ったように眉を下げると「ごめん、今のは無神経だったね」と謝罪して御者の方に足を向けた。
いつもと雰囲気の異なるシトロンに驚いていたのはシンシャだ。出会って数か月経つが、笑っていることが多いシトロンの目が笑っていなかった。そんな彼を見たのは初めてで、触れてほしくない部分に触れられたようにも見えた。
「お、おい。シト……」
「シンシャはルディの護衛よろしく~。僕は御者さんと話してくる」
シンシャの言葉に被せるように言うとシトロンは手を軽く振った。仕方なくシンシャはルディの方を向き直る。
ルディは魔石を調べ始めていた。魔物の胸に埋め込まれたルビー色の魔石は鈍く光っており、魔物が抵抗するたびに光りが弱くなっていく。魔石に触れたルディはショルダーバッグに入れていたメモ帳とペンを素早く取り出しメモを取っていく。それをシンシャが後ろから覗き込んだが、数字や専門用語らしき単語が羅列されており理解できなかったシンシャは首を傾けた。
魔石は露出しているものの、深くまで埋め込まれており普通の方法では取り出すことは不可能と分かる。「ごめんね、痛い思いをさせてしまうけど……」と零したルディはナイフを取り出すと、魔石付近の皮膚にナイフで切り込みを入れて深さを確認した。魔石の大きさは大人の拳程度で露出部分がその半分だった。
「心臓には直結していないのか。……それじゃあ魔石は血管を経由している?」
「お前、結構えぐい所まで見るんだな」
「ははっ。生きた魔物、それも拘束状態の魔物なんて滅多にお目に掛かれないからね。調べられるうちに調べないと……」
「どうしてそこまで真剣になるんだ?」
邪魔をしない程度に問いかけた。相手は毛や、爪などを採取する手を止めずにシンシャの問いに答える。
「さっきも言ったけど、ボクの目的は彼らを人間に戻すことだ。魔石は魔族が生まれ持って体に宿す物。それを人間に埋め込んで兵器として利用する奴らの考え方が嫌いだ。……昔、一度だけ遊んでくれた友達が誘拐された。必死に探したよ。そしたらさ……」
言葉を切ったルディが感情を押し殺すように奥歯をきつく噛んだ。
「風の噂で聞いたんだ。その友達が研究施設で実験に利用されているかもって。そこが壊滅した後、大人たちに混ざって研究施設に行ったんだ。もぬけの殻だったけど、見つけたんだ。その友達の痕跡を。だから、きっと生きてる」
「その友達が魔石を埋め込まれて魔物にされていたら? 討伐されている可能性の方が高くないか?」
「ははは、君は痛いところを突いてくるなぁ……。うん、そうだよ。その可能性の方が高い。でも、まだ生きていたら、その時までに魔物から人間に戻すことが出来る方法を見つけられたら……って思うんだ」
手を止めたルディが泣きそうな顔でシンシャに言う。シンシャはそれ以上は何も言えず「そうか」とだけ零した。
先程のシトロンの表情が脳裏を過る。
(……誘拐された子供。魔石を埋め込まれても魔物にならず、今も生きているとしたら……)
そう考えてシンシャは御者と話しているシトロンを見た。相変わらず笑みを浮かべている彼にシンシャは一瞬過った考えを数回
ルディは魔物の調査に戻り、今度はバックから注射器を取り出すと魔物の血液を採取し、複数の小瓶に入れていく。小瓶の一つに試薬を混ぜて反応を見てはメモを取っていく。そうしている間に魔石の光はさらに弱くなっていった。
「そろそろ時間切れかな……」
ルディが呟くと魔石の光が灯火が消えるように完全に消えた。同時に魔物はこと切れたように動かなくなり、消滅した。残されたのは他の魔物と同じように魔石のみ。それを見たルディは静かに両手を合わせた。シンシャは疑問に思いながらもルディを真似て同じ動きをする。そんな二人にシトロンが声を掛けた。
「ルディ、移動しよう。研究施設まではまだ距離があるから今日は近くの街で一晩泊まることにしよう。御者さんとも話はつけてある」
「行動が早いな」
「当然! 野宿は嫌だしね」
ほら、行くぞ! とシトロンがルディの腕を引く。「わわっ」と戸惑いの声を上げながらルディは後ろをついていく。
(……機会があれば本人に聞いてみるか)
シトロンのことを自分はあまり知らないのだな、とシンシャは魔石を回収しながら思った。そう言えば彼は自分の過去を語ったことがない。あまり人に興味は持たなかったが、初めて誰かに興味を持ったことにシンシャは気付き魔石を落としそうになる。
「シンシャー!」
シンシャが足を止めていることに気付いたシトロンが大声で呼ぶ。
その声に「今行く」と返してシンシャは荷馬車へと足を向けた。
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