第2話 ルディの目的

 用意された荷馬車に乗り、ルディが依頼内容を告げた。彼の目的は先日放棄された研究施設へ行くこと。研究施設では禁忌とされる魔族から刈り取った魔石を人間に埋め込み兵として利用するための研究がされていると噂されていた。それを聞きつけたギルドが冒険者に依頼を出し、研究施設に乗り込んだ。既に研究者たちは撤退。残されたのは魔石を宿した魔物だった。複数の冒険者パーティーで魔物は討伐され、魔石はギルドに持ち帰られた。


 けれど、魔物の生き残りが周辺をうろついているとの噂が絶えず、近づく者はいない。ルディの依頼は研究施設に行く道すがらの護衛だった。


 「研究施設は放棄されたんだろ? なんも残ってないとこに行くのか?」

 「そうだ。調べたい事があるんだ」

 「ふーん。護衛に僕たちを選ぶってことは君、訳あり?」

 「シトロン。依頼主の詮索は」

 「ご法度だろ。分かってるよ」


 シトロンは言うと外に目を向けた。空は青く、雲は少なめ。馬車も速度を保ったまま進んでいる。このまま順調に行けば研究施設までそんなに時間は掛からないだろう。

 そう考えていたシトロンは眉を寄せた。遠くから何かが近づいてくる気配を感じる。シンシャへ視線を送ると、彼も気付いたのか警戒体勢に入った。


 「え? 何、急に……」


 全く気配に気付いていないルディが二人の様子に動揺の色を見せる。


 「シッ。静かに。来る」

 「お前はじっとしていろ。御者も指示を出すまで馬を走らせろ」


 シンシャの指示に御者は訳が分からないまま頷いた。本来であれば子供に指示を出される筋合いはない、と反論したいところだが、蹄の音に混じって違う音が背後から聞こえていたため御者は従うことにした。恐らく音の主は噂の魔物。それも、一匹ではなく複数。

 御者はごくりと、喉を鳴らした。手綱を握る手に力が入り、汗が流れて行く。


 「御者さん、心配しないで。僕たちに任せてくださいよ。な、シンシャ」

 「ああ」


 シトロンとシンシャは荷台の後方に立った。遠くから獣型の魔物が十数体駆けてくるのが見える。先に動いたのはシンシャ。荷台の上に乗り、魔物の数を把握すると、呪文を唱え始めた。彼の胸元の魔石が淡く光ると同時に足元に魔法陣が浮かび上がる。そのままシンシャは指を魔物に向け、一体ずつ指していく。全部の魔物を指し終えたシンシャが指を鳴らした瞬間、魔物の身体から何かが抜けた。

 それは魔石に宿った魔力であり、魔力はシンシャの元に集まっていく。それを凝縮して数百本の矢を作った。魔力は奪われたものの、すべてではない為魔物は速度を緩めず馬車に向かってくる。距離が縮まったことでルディも魔物の姿が視認出来た。魔物は四足で地面を駆ける獣型だ。


 「お、おい。大丈夫なのか?」

 「何、不安? 大丈夫だって。あの程度の魔物なら」


 心配そうな声を上げたルディに振り返ったシトロンが二ッ、と笑う。「まあ、見ててよ」と言うと再び魔物の方を見た。つられてルディもそちらを見る。


 「御者! 速度を落としながら止まれ!」

 「え、あ、は、はい!」

 「は!? この状況で止まるのか!?」


 ルディの信じられないと言った声を聞きながら、緊張していた御者はシンシャの言う通り手綱を引いた。馬が鳴き、速度が落ち始める。同時に魔物が牙を剥き出しにしながら迫ってきた。

 ルディがシトロンを盗み見ると、彼は口角を上げている。


 (この状況で何をそんなに余裕そうにしているんだ!?)


 荷台の上に立っていたシンシャは数百本の矢を宙で構えたまま魔物を見下ろし、充分に射程圏内に入ったところで指揮するように手を前に出した。それに反応して矢が一斉に魔物へ向かい放たれた。

 上空から放たれた矢を弾き返す術も、避けることも出来なかった魔物はほとんどが矢に討たれる。それでも、数体は生き残っていた。残りの魔物は四足から立ち上がり二足なると止まった馬車目がけて突進してくる。


 「ルディと御者さんはそのまま動かないでね。外に出ると死んじゃうから」


 シトロンはそう残すと腰に下げていた剣を鞘から抜き、馬車から降りると地面を蹴り一気に魔物との距離を詰めた。グリップを両手で握り魔物の胴体を斬りつける。魔物の攻撃をステップと前転で躱しながら倒していく。シンシャも荷台から下り、魔法で援護する。倒された魔物は悲鳴を上げながら霧散していく。地面には彼らに埋め込まれた魔石が転がっていた。


 「待て! 一体残してくれ!」


 ルディの声に残りの一体を斬ろうとしたシトロンの動きが止まる。その間にも魔物の爪がシトロンとシンシャを狙う。二人は避けながら「また難しい注文を……」と零した。

 魔物は絶命すれば魔石を残して消えるが、自我のない彼らは生きている間は敵を襲うのだ。それを殺さない程度に戦意を奪えと言うのだから難しい注文と言える。

 シトロンとシンシャは顔を合わせて肩をすくめた。


 「分かったよ」


 そう言うとシトロンは爪を避け、地面を蹴り、魔物の膝を利用してさらに高く飛び上がる。落下しながら剣の柄を持ち替えた。そのまま落下速度を利用して柄頭《ポンメル》で魔物の額を撃てば魔物は後方に倒れた。

 シトロンが飛び上がったタイミングでシンシャが魔法を発動させ、氷の槍を複数出現させていた。仰向けに倒れた魔物の頭上、両肩、両手、両足を氷の槍で固定したシンシャにシトロンが「おぉ!」と感嘆の声を上げる。

 固定された魔物は抵抗しようと体を動かすが、氷の槍は外れる気配はない。


 「で? 要望通りにしたけど、ルディは何が目的?」


 荷台から下りたルディにシトロンが問う。


 「魔物に埋め込まれた魔石を調べたくてね」

 「そこら辺に転がっている魔石じゃ意味がないってことか?」

 「そう。現に埋め込まれている状態を調べないと……。君らは知っているかい? 彼らが元は人間だったってこと」


 ルディの問いに二人は苦い顔をしながら頷いた。


 「そうか。なら話は早いな。ボクは魔石を埋め込まれた人間、そして魔物になってしまった彼らの研究をしているんだ」

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