リトス・ペトラ

秋月昊

第1話 依頼

 ―リオネル = デルヴァンクール、決して俺との約束を違えるな。奴らを、馬鹿げた研究員も、その施設も根絶やしにするまでお前は死ぬことも、足を止めて逃げることも許されない……


 窓際に座り入ってくる風に当たりながら少年は語り掛けてくる声に「分かってる」と返した。十年前、魔石を人間の体に埋め込んで兵を作る、なんて馬鹿げた研究の唯一の成功例であり、生き残りの少年リオネル = デルヴァンクールは研究施設を壊滅させた後、冒険者に拾われて名をシトロンと偽り生きていた。


 ―分かっているならいい


 それだけ言うと声は聞こえなくなった。シトロンは夜空を見上げながらもう一度「分かってる」と呟いた。それは声の主ではなく、自分に言い聞かせるように。

 



******




 魔族と人間は遥か昔から地上の領土を巡り、争いを繰り返してきた。中には魔族と交流する者もいると噂されているが、噂に過ぎない。人間とほとんど外見が変わらない魔族は見分けがつかず、人間社会に紛れ込んでいても気付かれることはない。

 彼らの唯一の特徴は体のどこかに魔石が埋まっている点だ。上位の魔族ほど魔石は宝石のようだとされる。魔石の力が強ければ強いほど、魔力も高く、魔法や身体能力が優れている。人はその力を畏れ、嫌悪する。

 また、魔族の下位種族として魔物が存在している。彼らは獣のような姿で理性はほとんどなく、人間を襲い、殺害する恐ろしいものとされている。


 吟遊詩人の詩や人々の噂にこんなものがある。


 ”魔石を人間に埋め込み兵として利用する組織がある”

 ”魔石を埋め込まれた人間の成れの果てが魔物である”


 それらを見た者はおらず、噂程度だが、たしかに魔物は存在する。彼らがどこから来て、何故人々を襲うのかは未だ解明されていない。仮説としては魔族が魔物を呼び出している、というのが濃厚だ。故に、国はギルドを設立させ、各地に配置。そこで冒険者たちを集めて魔物の討伐や魔王退治を命じていた。


 多くの人が行き交う街、リダースト。役所を兼ねたギルドには多くの冒険者たちが任務を請けるため集う。今日も多くの冒険者たちたちが魔物討伐のために受付を行っていた。


 だが、この街にはギルドの他にも危険な仕事を請け負う所がある。


 ” 酒場ローガン”


 一見すると普通のこじんまりとした店。昼間から開いており、客は酒を煽る。そこの店主はホルスト。長身で筋肉質の男だ。彼は元冒険者で、引退後はここローガンで店を構えていた。店の扉にはcloseの看板。そこに一人の男性がフードを被った小柄な人物と共に店に入った。雰囲気からして昼間から酒を飲みに来たわけではないようだ。


 「いらっしゃい」


 ホルストが入店した二人に声を掛けると、奥から少年二人が顔を出した。


 「先日依頼していた任務だ」

 「ギルドマスター直々とは穏やかな依頼じゃないな」


 入店した男性はこの街のギルドを統括するリーダー、アルフレート。彼が持ってくる依頼はほとんどがギルドでは手の余る危険な物か、極秘任務だ。ホルストはアルフレートの傍に立っているフードを被った人物へ視線を送った。


 「ボクはルディ。貴方たちにボクの護衛を頼みたい」


 そう言ってルディはフードを取った。見た目は十五歳くらい、ペリドット色の瞳に赤い髪を一つに束ねた少年で、眼鏡をかけていた。


 「おーい、二人とも仕事だ。支度しろー」


 「はーい! シンシャ、久しぶりの裏仕事だって。どんなのだろ、楽しみー!」

 「はしゃぐな。ここに依頼するくらいだから絶対にロクな仕事じゃないだろ」


 ホルストの声に店の奥から二人の少年が出てくる。一人は白銀の短髪、瞳はトパーズ色、もう一人は黒髪、瞳はスピネル色の対になる色合いの二人だ。ルディは二人をジッと見ながら意外そうな顔をする。


 「おや、不満かい?」

 「いや。ただ、思ったよりも若いから驚いただけだ」


 「いやいや、それはお互い様だろ? 君だって十分若いじゃん」

 「ノーコメントで」


 ルディの反応に不満そうに零したのは白銀の方。名をシトロン。巻き込まれたくないと両手を上げて首を振るのは黒髪のシンシャだ。


 「まあそう言うな。若いが、力量は十分。私が言うのもなんだが、この二人はうちに所属する冒険者たちよりも強い。安心してくれ」

 「ギルドマスターが言うのであれば、まあ。ルディだ。よろしく」


 アルフレートの言葉にルディは納得したのか、シトロンとシンシャに手を差し出した。二人はその手を握り、「よろしく」と返した。

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