第10話 不器用な優しさ

「はぁ」


 朝見た夢のせいか、あまり気分が晴れない。先程も八体枯らした程度でふらついてしまった。


「どうした? なにかあったか?」


 芝生の上に腰を下ろして遠くを眺めていると背後から声をかけられた。慌てて振り返るとそこにはテオが立っていた。


「あ……えっと、大丈夫です。ちょっといやな夢を見てしまっただけなので」

「そう、か? まぁ、大丈夫ならいいんだが」


 そう言いながらテオは私の隣に腰を下ろした。


「テオさんも休憩ですか?」

「ああ。邪魔だったか?」

「いえ、そんなことはないですけど」


 どうしてわざわざ私の隣に座るのだろうか。

 べつにいやというわけではないのだが、純粋に疑問に思う。


「……」

「…………」


 なんだか気まずい。わざわざ隣に座ったのだからなにか話でもあるのかと思ったが、テオが口を開く様子はない。


「……」


 私からなにか言うべきだろうか。でも休憩に来たのなら静かにしていて欲しいのかもしれない。

 どうしたものかと考えているとテオが唐突に地べたに寝転がり口を開いた。


「あんたも横になってみるといい」

「えっ、あ、はい」


 驚きながらもテオに言われた通りに横になる。芝生がふかふかで気持ちがいい。


「少しは気が晴れたか?」

「えっ」


 もしかしてテオは私に気を遣ってくれていたのだろうか。気分が優れない顔をしてしまっていたから。

 テオの優しさを感じて私は頷いた。


「まぁ、顔を見たらわかるけどな」

「ええ?」


 テオにそう言われて自身の顔をぺたぺたと触る。気がつけば口元が緩んでいた。完全に無意識だったのでなんだか恥ずかしい。


「……一応、話くらいなら聞いてもいいけど」

「え?」


 不意に漏れたテオの言葉に首を傾げる。先程から動揺してばかりだ。


「いやな夢を見たんだろ? ほら、話したら気が楽になるかもしれないから」


 そう話すテオはさっきからまったくこちらを見ない。でも不器用なりに気を遣ってくれているのがわかる。

 そよそよと風に揺られる芝生を視界に収めながら考える。

 べつに、話してはいけないような内容の夢ではない。しかしプライベートなことでもあるのでどうしたものかと思案する。


「べつに言いたくなかったら話さなくていい。あんたの好きなようにしたらいいんだ」

「っ!」


 ぶっきらぼうな話し方をしているのに、優しさに溢れている。さっきまであんなに苦しかったのに、今は胸がぽかぽかする。

 私は一度ゆっくりとまばたきをすると口を開いた。


「私は侯爵家の娘でした」

「……ふぅん、あんたもいいところの出身だったんだな。まぁ、そんな気はしてたけど」

「そうですね。庭には母自慢のいろんな花が咲き誇っていて、とても裕福な家庭だったと思います」


 私の言葉をテオは邪魔することなく聞いてくれた。この人になら話してもいいやと思って言葉を続ける。


「でも、私は植物を枯らす能力を持っているから。花が好きな母には、そんな能力を持っている私は恐ろしい化け物に見えたのでしょう」


 悲しかった過去の話をしているのに、なぜだか涙は出なかった。つらい気持ちにもならない。テオがそばで聞いてくれているからだろうか。


「母にこの能力を持っていると知られた日に、私は侯爵家を勘当されてしまいました」

「それから一人で生きてきたのか?」

「はい、働こうにもどこも雇ってくれなくて……ある日草むしりをしている女性が腰をさすっているのを見て、雑草の除草の仕事を思いついたんです。それで自分で営業をかけてなんとか食い繋いでいたらアズマさんにスカウトされてここにきたんです」

「ふぅん。なんかちょっとだけ俺と似てるな」

「テオさんもスカウトされてここで働きだしたんですよね」


 テオもアズマもそう言っていたはずだ。


「ああ。十八のときにアズマさんに拾われたんだ」

「拾われた、ですか」

「そうだ。俺は貧困層にならどこにでもいるような子供だった。生きるために売り物のパンとかを盗んで食い繋ぐ。まぁ、さっきは似てるなんて言ったがあんたと俺じゃ全然違うか。俺はあんたやアズマさんみたいな御身分の人と並んで立っちゃいけないやつなんだよ」

「――そう、なんですか」


 驚いて声が出なかった。テオの横顔は卑屈そうに笑っている。

 時折テオは自身を卑下するような言い方をすることがあったが、それは自分が盗みをしたという負い目からだったのだろうか。


「……こんなやつ、同僚とは言えそばにいるのはいやだろ?」

「そんなことはないです!」


 テオの言葉を体を起こしてしっかりと否定する。

 たしかにテオの出身がスラムだったことには驚いた。だが、だからといって見下したり差別する気は毛頭ない。


「テオさんは私に優しくしてくれました。いつも気を遣って声をかけてくれて、いまだってそうです。私が落ち込んでいたからわざわざ隣に来て話を聞いてくれたんでしょう? 私は、テオさんを尊敬してます!」

「尊敬って、そんな大袈裟な。俺なんて」

「仕事を真面目にこなして、後輩に気を遣ってくれる! これだけでじゅうぶんすごいです! かっこいいんです!」


 思わず声を張り上げてしまう。


「かっこ⁉︎ はぁ、わかったわかった、わかったから。俺にそんなこと言ってくれるあんたも優しいよ」

「私の話ではなくテオさんの話をしてるんです」

「元々はあんたの話を聞きに来たんだがな!」

「やっぱり私のために中庭まで来てくれたんですか」

「あっ、いや……はぁ、結構あんたも押しが強い性格してるんだな」

「私の尊敬するテオさんを悪く言われるのはいやだったので」

「わかったよ、もう……」

「わかっていただけてよかったです」


 テオはやれやれと頭を掻いた。思っているだけでは伝わらない。だからちゃんと私はテオを尊敬していると伝えるべきだと思ったのだ。少し大声を出してうるさくしてしまったのは許してほしい。


「そろそろ仕事に戻ろうぜ、ルーシー」

「はい!」


 よっと、と体を起こしたテオが建物に向かう。私も立ち上がってついて行こうとしたところで足を止めた。


「あれ、今、私の名前」

「なんだ。置いてくぞ」


 私の言葉にテオは一瞬だけ立ち止まったが、こちらに振り向くことなくまた歩を進めた。


「な、なんでもないです! 今行きます!」


 どうして急に名前で呼んだのかと不思議に思ったが、テオの髪から覗く耳が赤くなっているのを見て、どうでもいいかと疑問を胸にしまって彼のあとを追いかけた。

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勘当された侯爵令嬢はマンドラゴラを収穫する 西條 迷 @saijou

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