第9話 夢

 庭のバラを愛おしそうに眺める母。その隣には母付きのメイドが何本かのバラの花束を持っている。母の部屋に飾るのだろう。


「お母様」


 私は花びらにそっと触れる母に近づき、声をかける。こちらに振り返った母は幸せそうに微笑んだ。


「あら、ルーシーじゃない。あなたもよかったら部屋にバラを飾りなさい」

「はい、そうします」

「では、お嬢様の分もご用意させていただきます」


 母の提案に二つ返事で答えると遠巻きにこちらの様子を見ていた庭師が動き出した。

 大きく花を咲かせた美しいバラをハサミで切り、束にする。

 とくにこだわりのなかった私は庭師にチョイスを任せて出来上がりを待った。


「こちらでよろしいでしょうか?」

「はい、ありがとうございます」


 庭師の見せたバラの束を直接受け取った。しかし、つい先程まで鮮やかに咲いていたそれは、ものの一瞬でいとも容易く萎れて水気をなくしパラパラと散ってしまった。


「え?」


 母の困惑した声が聞こえた。その瞬間やばい、と冷や汗が流れる。


「どういうこと、なの? ねぇ、ルーシー。今のは、なに?」


 私は十二歳のときに初めて能力を持っていることが判明した。使用人と二人きりでお茶をしていたときのことだった。

 能力は大体が十二歳頃で発現することが多い。なので私に能力が現れてもおかしくはなかった。ただ、問題は私の能力の種類にあった。

 人から疎まれ不吉なものとして扱われる壊すものの能力。

 私の能力発現時に居合わせた使用人は、私にこの能力があることを隠すように言った。

 元々教師をしており、私の教育係でもあった彼女の言葉に私は頷き、以来ずっと自身の能力について語ることはなかった。

 もし母に知られれば、嫌われてしまうことくらいわかっていたから。


「お、お母様。これは」


 動揺する頭を必死に回転させて言い訳を考える。

 どうしよう、このままでは母に嫌われてしまう。みんなに不気味がられてしまう。


「あ、ああ。そんな」


 まばたきをすることすらできない私を見て、母は察したように手で顔を覆う。


「最悪、最悪ね……うちの子が能力に目覚めたと思ったら、なんて、なんて不吉な力なの。ああ、ああ! なんて恐ろしい!」

「お、かあ、さま」


 肩を震わせながら後ずさる母に、話を聞いて欲しくて一歩踏みよる。声が震えてうまく話せない。

 能力がばれてしまった恐怖で震える手を恐る恐る母に伸ばせば、ぱちんと叩き落とされてしまった。


「近寄らないで! あなたなんて私の子供じゃない! この――化け物!」


 私の手を払い落とした母はいままで見たことのない、おぞましいものを見る目をしていた。



「はあっ!」


 反射的にベッドから飛び起きる。見覚えのある、私の部屋だ。


「はぁ、はぁ…………は、あはは」


 肩を揺らしながら必死に息を吸っている体を落ち着けると、思わず笑いが込み上げた。鏡なんて見なくても瞳に涙が溜まっているのがわかる。


「まだ、こんな夢を見るなんて」


 アズマにスカウトされてここにきて数週間。毎日が新鮮で楽しくて、最近は昔の夢など見ないようになっていたというのに。


「疲れが溜まってるのかな……」


 大きく息を吸って、思いっきり吐き出す。

 どれだけ時が経っても、あの日の母の表情が忘れられない。

 自分の娘を見る目でも嫌いな人間を見る目でもない、恐ろしいものを見る目。大きな瞳に恐怖を詰め込み、華奢な体を小刻みに震えさせていた。


「はぁ……切り替えていこー」


 ずっと過去に囚われているのもよくない。ため息と一緒に悲しみを吐き出したつもりだが、今日はいまいち上手に気持ちの切り替えができそうになかった。


「ルーシーちゃん、おはよう」

「おはようございます、リニィさん」


 心にもやを抱えたまま身支度を終え、食堂に顔を出した。

 そこでリニィと出会い、一緒に朝食をとる。


「大丈夫? なんだか元気がないようにみえるけど」

「えっ、大丈夫ですよ。ちょっとやな夢見たなーってだけですから」


 パンを食べているとリニィが心配そうに顔を覗き込んできたのでとっさにそう答える。


「それは気分も上がらないわね。無理しないでね」

「はい、気をつけます」


 リニィの気遣いに笑顔で答え、食事が終わると食堂の前で別れる。

 リニィは夜勤だったらしく、今から休みに入るらしい。


「おはようございます」

「ああ、おはよう」


 マンドラゴラ科につくと先に出勤していたテオに挨拶する。テオはちらりと一瞬だけこちらを向くとまた机の上の資料に目を向けた。

 私も自分の仕事をしよう。そろそろここの仕事にも慣れてきた頃合いだ。

 机の上に置かれた今日枯らす予定のマンドラゴラの数を確認する。

 今日は新薬開発チームが使うマンドラゴラを収穫する予定だ。


「テオさん、鍵をお借りしたいのですが」

「ああ、はい」


 テオから鍵を受け取り収穫室の扉を開ける。もちろん念のために耳栓はしている。


「今日は八体枯らせばいいんだよね」


 適度な休憩を挟みながら収穫室のマンドラゴラを次々に手をかけて枯らしていく。いままで美しい花と雑草しか枯らしてこなかったが、この力が役に立っているということがすごく嬉しい。

 私の能力で間接的にだが、きっと人々を笑顔にできているはずだ。


「ふぅ」


 指定された量を枯らし終えると、立ちくらみを覚えて台に手をつく。酷いものではなかったので大人しくしているとすぐに回復した。

 フラつかないようにマンドラゴラを入れた箱を台車に乗せて収穫室の外に出る。台車は収穫したマンドラゴラの数が多いと重くなるためアズマが用意してくれたものだ。


「マンドラゴラちゃん、ようこそ〜」


 台車を製薬チームの新薬開発グループの研究室に運ぶとグループのみなさんが嬉々としてそれを受け取る。

 ここにきていろんな人と話してみて思ったのは、どこの科も新薬開発グループにいる人の癖が強いということだ。

 研究者気質なのか、食事や寝る間も惜しんで研究や実験をしている人が多いように感じる。

 マンドラゴラを渡すと会釈をして部屋を出る。台車を元の位置に戻すと鍵をテオに返して中庭に出た。

 デスクワークに移るまえに少し外の空気を吸って休憩しようと思ったのだ。

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