第6話 お仕事初日

 翌朝、目が覚めて支度を終えると階段を降りる。一階のホールにアズマが立っていた。


「調子はどう?」

「硬いベッド以外で寝たのは久しぶりで、ぐっすり休めました」

「それはよかった」

「アズマさんはどうしてここに?」

「私もここに住んでいるからね。どうせなら一緒に職場まで行こうと思って。ああ、あとこれも渡しておかないとね」


 そう言ってアズマが手渡したのは私の名前が書かれた社員証だった。


「これはずっと身につけていてね。ポケットに入れておいてもいいし、首からぶら下げておいてもいい」

「ありがとうございます。こうして自分の名前が書いてあるなんてなんだか感動します」

「はは、そう? 早速仕事場に、と言いたいところだけどまずは腹ごしらえからだね。食堂に案内しようじゃないか。さ、行こう!」


 アズマの案内で食堂に向かう。

 もう朝食は終わったのか、他の科に向かう人も多くいるようだ。


「たくさんの人がここで働いているんですね」

「そりゃあ、ここはいろんな国から人が集まってくるからね。国籍はバラバラだけど植物が好き、とか人の役に立ちたいって人が多いかな。あとはキミやテオくんみたいにここの人間にスカウトされてきた子とか」

「私やテオさんと同じってことはやっぱり能力者が多いんですか?」

「うん、なにかしらの能力を持っている人も多いよここは。もちろんなんの能力も持っていない人もいるけどね」

「へぇ、そうなんですか」

「ついたよ、ここが食堂だ」

「わ、広いんですね」


 アズマと話していると食堂につく。一度に百人以上が入れる広さだ。


「結構多くの人が働いているからね。狭いくらいだよ。混まないように食事は時間をずらしてとっている人が多い。マンドラゴラ科だってルーシーが所属するマンドラゴラ科収穫チームは今のところ二人だけど、科自体は製薬チームも合わせると百五十人は超えるからね」

「そんなにいるんですか⁉︎」

「ふふん、驚くだろう? 昨日はマンドラゴラ科の建物を入ってから真っ直ぐ進んだけど、あこを左に曲がるとマンドラゴラを使った薬を作る製薬チームの部屋があるんだよ。製薬チームは百人以上いるし、製薬チームと言っても新薬開発グループと既存の薬を作るグループで分かれているからね、昨日のルーシーが見たのはマンドラゴラ科の一部だけなのさ」

「へぇ、すごい……」


 世界中に提供する分の薬の原料を育てているのだ。当然と言えば当然だが規模が大きい。


「マンドラゴラは気温や気候があう場所だと育てるのは難しくない。けれど、収穫に難ありだから病院で使うマンドラゴラを使う薬は全部ここで作られているんだよ」

「各国の病院の分だと人手が少なくも感じますね」

「まあ、この人数で回ってはいるからね。それにこの施設は外と違って能力者も多いから」

「なるほど!」


 ここはビュッフェスタイルのようで、アズマのあとを追いながら皿に盛り付けて席に着く。


「昼や夜は食堂の入り口で食券を買わないとだめだよ」

「ビュッフェスタイルじゃないんですか?」

「うん、朝はそうなんだけどそれ以外の時間帯は違うからそこだけ気をつけて」

「はい!」

「昔は朝も食券スタイルだったんだけどね、朝はみんなパンとサラダとスープやヨーグルトしか食べないからこうしてビュッフェスタイルになったんだ」

「なるほど、そうなんですね」


 アズマと談笑して朝食を取り終わると、昨日訪れたマンドラゴラ科の建物に入る。


「うちの案内とかしなきゃね」

「よろしくお願いします!」


 マンドラゴラ科の建物の中をアズマに案内してもらう。


「食堂でも言ったけど建物を入ってここを左に曲がれば製薬チームの部屋がある。その手前は私の部屋だね」


 アズマの指差す部屋には科長室と書かれたプレートがかかっていた。

 昨日と同じで左には曲がらす、まっすぐ進む。


「ここはマンドラゴラの生育をしている部屋だよ。昨日見せたのは収穫するマンドラゴラのある部屋で、こっちは収穫できる大きさまで育てる部屋だから収穫室より壁が厚くないので間違えてもここでマンドラゴラを抜かないように気をつけてね」

「はい」


 昨日見た収穫室の隣が生育室らしい。部屋の大きさは収穫室よりこちらの方が広そうだ。


「まぁ、生育室に入るのは主に生育チームだからルーシーがこの部屋に入ることはあんまりないとは思うけどね」

「俺たち収穫チームは生育チームが育てて収穫室に移動させたマンドラゴラを引っこ抜いてるからな。基本的に収穫室と収穫室の地下にある引っこ抜いたマンドラゴラを寝かせておく倉庫にしか入らない。もちろん、たまにマンドラゴラの様子を見るために入ったりはするけど」


 収穫室と生育室の隣にあるデスクにいたテオがこちらに近寄ってそう言った。


「なるほど。私は主にこっちの収穫室が仕事場になるんですね」

「デスクワークもあるけどな。マンドラゴラの生育にかかる費用の計算とか、まぁ最初は難しい仕事は回ってこないだろう」

「が、頑張ります」


 テオの言葉に気を引き締める。


「あれ、ルーシーってばテオくんと結構打ち解けてるみたいだね?」


 アズマは頷きながらそう言った。昨日も大して話をしたわけではないと思うがそうなのだろうか。


「そう、ですか?」

「ちっ、違う! 同じチームになるんだし、新人の教育しないといけないと思って」


 私が首を傾げると、テオは慌てて首を横に振った。


「ふんふん、そういうことにしといてあげよーう」

「本当だからな! 辞められたら俺の負担がまた増えるから、しかたなく!」

「はいはい、わかった、わかった」


 焦るテオにアズマはにやにやと口元を緩めながら返事をする。

 テオはそんな様子のアズマを見てなにか言いたそうにしていたが諦めたのか、口を閉じて自身の席に戻って行った。


「ふふん、テオくんってば相変わらず素直じゃないなー」

「あの……」


 二人のやりとりについていけずに蚊帳の外になっていた私は満足気に笑うアズマに声をかけた。


「ああ、ごめんごめん。案内の途中だったね。と言ってもそんなに部屋数があるわけではないからね。この収穫室の隣にある扉は見ての通り中庭に続いてる。昨日テオくんが休んでいた場所だね」


 この建物、というよりこの島の建物のほとんどはガラス張りになっている。なので大体どこにいても日当たりがよくて雰囲気も明るい。

 昨日行った中庭も日当たりばっちりだ。


「この奥に行くと倉庫がある。肥料とかそういうのが入ってるんだ。で、今テオくんたちが作業してるデスクは収穫チームと生育チームのデスクだよ。ルーシーのデスクはテオくんの隣ね。ああ、あと製薬チームのデスクは入って左側の方にある。用はなくても遊びに行ってもいいかもね」


 アズマに説明されたデスクの方を見ると昨日部屋にきたリニィがいた。なにやら難しい顔で書類と睨めっこしている。


「一応この科の案内はこのくらいだけど、なにか質問はある?」

「いえ、とくには……あ、科長のお仕事ってどんな感じなんでしょう?」

「私? 私はマンドラゴラ科全体を監督して仕事の割り振りとか、ちょっと偉い会議に参加したりしてるかな」

「そうなんですね」


 ふと疑問に思ったことを口にするとアズマは快く答えてくれた。


「質問は以上かな? もしいいなら次はマンドラゴラの説明をしようかと思うんだけど」

「はい、大丈夫です。マンドラゴラには詳しくないのでお願いします」

「うん、じゃあまず、マンドラドラは病院で鎮痛剤として使用される薬の主な原料で、昨日も何回か言ったと思うけど引っこ抜いたときに大きな悲鳴をあげる。それを直で聞いた人は耳が聞こえなくなる厄介な植物だ。うちでは音を遮断できるテオくんに抜いてもらって、そのまま収穫室の地下の倉庫で三日ほど寝かせることで枯らして薬の原料になる状態にしている」

「私はマンドラゴラを抜かずに枯らすお仕事をすればいいんですよね」

「うん、実際にやってもらうまえに実物を見てもらおうかな。テオくん」

「はいはい」


 アズマに声をかけられてテオが立ち上がる。

 収穫室のまえに立つと懐から鍵を取り出して扉の鍵を開けた。


「鍵はテオさんが管理してるんですね」

「そうだよ、収穫室の鍵を持っているのはテオくんと私だけさ。生育チームは生育室の鍵しか持っていないからね」

「本来ならチーム長が鍵を管理するんだがな。あいにくと収穫チームは俺しかいなかったから」

「なんだ、新しい子をスカウトしてきたのにー」

「それでも二人しかいないチームなんてこの組織にはここだけだぞ」

「それはすまないと思っている」

「まぁ、新人が入ってもすぐにやめちまうからアズマさんのせいではねぇよ」

「お二人は仲がいいんですね」

「そうだね!」

「……べつに」


 テオの案内で収穫室の中に足を踏み入れたが、アズマとテオが楽しそうに話をしているので思わずそう言ってしまうと、アズマは満足そうにテオは顔を逸らしてそう返事をした。もしかして照れているのだろうか。


「ここから下に降りられる」


 収穫室の奥に階段があり、テオは迷いなく降りていった。アズマと私はあとに続く。

 扉を開け、テオがぱちんと電気をつけると部屋の中は机の上にたくさんのマンドラゴラが寝転がっていた。


「うんうん、どれもいい感じだね」

「ちょうど三日まえに収穫したばかりだったからな」


 アズマはマンドラゴラを一つ手に取るとそれを私に見せた。


「これが鎮痛剤とかの薬の原料になる収穫後三日寝かして枯らしたマンドラゴラだ。触ってみる?」

「わ、硬いですね」

「そうでしょ。これを挽いて粉末状にして使うことが多いんだよ」


 アズマに手渡された枯れたマンドラゴラはしわしわとしているものの硬くて濃い茶色をしている。

 枯れてわかりにくくはなっているものの、しわが人の顔のようになっていて少し不気味さを感じる。


「枯れるまえのマンドラゴラはこれよりもっと人型だぞ」

「ちょっと怖いですね」

「そうかな? 私はかわいいと思うけどなぁ」

「アズマさんの感覚は普通とはずれてんだよ」


 そう言ってテオは私からマンドラゴラを受け取るとみんな揃って部屋の外に出た。

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