第4話 同僚


「よし、わかった。部屋に案内するよ」

「あっ、待ってください。あの、よければあの方に挨拶してきてもいいですか?」


 そう言って外を見た。視線の先にはアズマの言っていた音を遮断できる能力を持つ男性がいる。


「ああ、テオくんか。うん、行ってくるといい。残念ながら私はこれからいかないといけないところがあるから、先に部屋の場所を紙に書いておくよ。ああ、あとこの紙にルーシーのサインをもらえるかな?」


 そう言ってアズマが差し出したのは一枚の紙だ。随分と長文がつらつらと書き綴られている。


「ああ、書いてある内容は簡潔に言うとここで働きます、勝手にここの植物を外に運び出しません、守秘義務は守ります的なことだよ。ルーシーの性格的にどの項目も大丈夫だと思うけどね」

「わかりました」


 一応紙に一通り目を通し、サインを書く。


「うん、ありがとう。じゃあ君の部屋の地図だよ。受け取ってくれたまえー」


 そう言いながらアズマは簡素ながらもわかりやすく書かれた地図を渡してくれた。


「もしそれでわからなかったらだれかに聞いてくれ。教えてくれるはずさ」

「はい、ありがとうございます」


 私のサインが書かれた書類を持ってアズマは建物の外に出た。

 私は中庭に続く扉を開く。中庭にはアズマにテオと呼ばれた男性以外の人はいないようだ。


「こんにちは、アズマさんにスカウトされてマンドラゴラの収穫チームに配属されることになりました、ルーシーと申します。よろしくお願いします」


 芝生に寝そべり瞳を閉じた男性に近寄り声をかける。寝ていると申し訳ないと思ったが、起きていたようですっと瞼を上げた。


「ん? ああ、新人が入ったのか」


 彼は私の姿を確認すると紺色の髪を揺らしながら体を起こした。


「あの、大丈夫ですか? あんまり顔色が良くないように見えるんですが」


 男性は目元にはクマができており、顔色もあまり優れない。どこか不健康そうな雰囲気を漂わせた男性は首を横に振る。


「べつに、疲れてるだけだ。このくらいでは死なないから問題ない。あと俺の名前はテオドール。科長たちにはテオって呼ばれてる。あんたも好きなように呼べばいい。ところでスカウトされたってことはあんたも能力者なのか?」

「あ、はい。私は植物を枯らす能力を持っているので、収穫と枯らす工程を担当することになっています」

「マジか、すごいじゃないか。それってもう俺いらないよな?」


 もしかしたらあとからアズマから説明されるかもしれないが聞かれたので一応答えると、テオがそう問いかけてきたので焦る。

 たしかに私の能力を使うとマンドラゴラは鳴かないし、音を遮断する必要もなくなるので、遮断の能力を持つ彼の仕事を奪ってしまうことになってしまう。


「そ、そんなことはない、と思い、ます」


 ぐるぐると考えた結果、なんて返答するのが正解かわからず曖昧な返しをしてしまった。


「わかってるって、冗談だ。あんただけに任せるつまりはないよ。ああ、でもやっとか。やっと俺の負担が減る……あんたも能力者ならわかるだろ? 能力を使うとすっげぇ疲れんだよ」


 男性はため息をついた。

 アズマは去年から五人いたチームが一人になったと言っていたので、ずっと彼一人で仕事を回していたのだろう。それはクマができるほど疲れていてもおかしくない。


「たしかに私も慣れない頃は配分がわからずに一度に能力を使いすぎて倒れたことがありました」

「あと疲れてると不意に能力が切れそうになってやばかった」

「集中してないと使えないですよね!」

「そうそう!」


 彼の問いかけに答えると意外と会話が続く。ずっとしかめっ面だったテオが頷いて初めて笑顔を見せた。


「アズマさんにスカウトされてマンドラゴラ科の収穫チームとして働くようになったのはいいんだが、最初は俺以外にいたやつらも次々やめていっちまって。俺一人でマンドラゴラの収穫と枯らしてそれを確認する工程をやらないといけないからマジで死ぬかと思った」

「元々は五人いたってアズマさんが言ってましたけど、みんないなくなってしまったんですね」

「ああ、チームには俺と同じ遮断の能力者が一人いたんだが、忙しいからって休憩を挟まずに作業を続けていたから不意に能力が解けちまったらしくて耳が聞こえなくなった。それでそのショックでやめちまった。他の三人はマンドラゴラを枯らす工程を担当していたんだが、二人は耳栓越しに悲鳴を聞いて、もう一人は怖くなったって言ってやめた。この組織の中でマンドラゴラ科は一番離職率が高いんだよ」

「ううん、でも周りの人たちがそうなってしまったら怖くなって辞めたくなってしまう気持ちもわかります」

「……どうせ耳が聞こえなくなったんなら、能力者とか関係なくマンドラゴラの収穫ができるだろって思う俺はひどいやつなんだろうな」

「そ、れは」

 

テオが自傷気味に呟いた。なんて返事をすればいいのかわからず言葉に詰まる。


「まぁ、トラウマになってるんだってことくらいわかってるよ。へんなこと言って悪かったな」


 彼は立ち上がると、ひらひらと手を振って建物の中に入ってしまった。

 一人で働いていたテオの負担と耳が聞こえなくなってしまった人の気持ちを考えるとなんとも言えない労しい気持ちになる。

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