第3話 マンドラゴラ

「ようこそ、我がマンドラゴラ科へ!」


 ついたのはガラス張りの清潔感のある建物だ。ここまでくる間に同じような建物の横を通ったが、建物により育てられている植物が異なるようだ。


「ものによっては日差しをたくさん必要とする植物と、逆に太陽を浴びせすぎると枯れてしまう植物があるからね。その植物にあった場所と建物の構造で栽培されているんだ」

「なるほど」


 マンドラゴラ科の建物に入ったアズマは別れ道を真っ直ぐに進む。案内してくれている間、丁寧に説明してくれた。


「マンドラゴラは栽培自体は特段難しいものではないんだけどね。薬にする工程が大変なんだよ。だから我々が各国の分をまとめて管理している。下手すると耳が聞こえなくなるからね」

「えっ、そんなに危険なんですか」


 マンドラゴラという人型に見える変わった植物があるというのは聞いたことがあったが、そんなに危険なものだとは知らなくて驚愕する。


「うちには音を遮断できる能力者がいるからその子が一番危険な工程をしてくれているんだ。ただ、一人で回しているから大変なんだ」

「カフェでもそんなこと言ってましたね。私の能力でお役に立てるでしょうか?」

「うんうん、大いに役立つよ! だって、あの悲鳴を聞かなくていいんだから!」

「悲鳴?」

「ああ、マンドラゴラはね、昔から薬の材料として重宝されていたんだけど、土から引っこ抜いたときにものすごい悲鳴をあげるんだ。それをまともに聞いたら耳が聞こえなくなる」


 そう説明したアズマは不意に立ち止まりくるりとこちらに振り向いた。


「ここがそのマンドラゴラが植えられている場所だよ」


 アズマの手が示す先には台に置かれた植木鉢からたくさんの草が生えている部屋があった。どうやらこの土の中にマンドラゴラの本体が埋まっているようだ。


「あれ、ここだけ壁が厚いんですね」

「そりゃあ、ね。悲鳴が聞こえないようにいろいろ工夫しているんだよ。扉だって鍵をかけて勝手に入れないようにしているし。ここは警備が一段と強いんだよ、下手に触ると危ないから」


 マンドラゴラと私のいる部屋はガラスで区切られていて中がよく見える。しかしそのガラスが他の場所より幾分も分厚くなっている。

 アズマの言う通り、マンドラゴラの栽培されてる部屋に続く扉は厳重に鍵がかけられていた。


「キミにはこのマンドラゴラを枯らしてもらいたい」

「枯らすことはできると思いますが……枯らしてしまっていいんですか?」

「もちろん。マンドラゴラが薬になる工程を教えようか」


 アズマは私を椅子に座るように促すと、部屋の隅に置かれていたホワイトボードを取り出し、まるで先生のように絵を描きながら説明してくれた。


「ますはマンドラゴラが植えられている状態だね。一定の大きさまで育ててから収穫するんだけど、これが一番取り扱いに気を使わないといけない工程だ」


 育てるチームと収穫するチームはべつだとアズマが付け加える。


「マンドラゴラの悲鳴はかなりうるさい。音を遮断できる能力を持つの彼しかこの工程をこなせないんだ。ほら、今は中庭にいる」


 そう言ってアズマは遠くを指さした。目線をそちらに向けると休憩中なのだろうか、外で日向ぼっこをしている男性がいた。


「この悲鳴をあげるマンドラゴラをまず三日寝かせる。もちろんずっと悲鳴をあげているから下手に近づけない」

「ずっと、ですか」

「まぁ、二日目くらいから声量は落ちてはくるんだけどね。でも大人しくなってきたからって下手に近づくと、人がたてた物音に反応してまた一段と大きな声を出すから気をつけないといけないんだ。って、何度説明しても毎年何人か油断してマンドラゴラの悲鳴を聞いて病院送りになってしまうんだけどね」

「その方たちはやっぱり耳が聞こえなくなってしまうですか?」


 やれやれと首を振るアズマに、恐る恐る疑問に思ったことを聞いてみる。


「ああ、いや、そんなことはないよ。運が悪いとそうなってしまうかもしれないけど、みんな耳栓はしているからね。一時的に聞こえなくなった子はいたけど、数日から一週間ほどで元に戻る。まぁ、土から出して枯らす工程に入った状態なら間違えて悲鳴を聞いても、まぁ、なんとかなるね」

「収穫するときが一番危険なんですね」

「うん、その工程は耳栓をしていても普通に甲高い悲鳴が耳に入ってくるからね。体調が悪くなる子もいる。それでいつもマンドラゴラ科は人手が足りないんだよ。みんなやめるか、べつの科に異動してしまうから」

「私はどの工程を担当する予定なのでしょう?」

「うん。キミにはね、収穫チームに入ってもらって、マンドラゴラを抜かずに枯らしてもらいたい!」

「抜かずに……それができたら悲鳴を聞かなくてすみますね!」

「ああ、そうなんだよ。キミがこの仕事を引き受けてくれたら安全性も上がるし、三日間の枯らす工程をなくすこともできる! いいことずくしだよ!」


 アズマは興奮気味に語る。

 私の力で役に立てる。私の能力で喜んでくれる人がいる。それなら。


「はい、やります。私、やってみせます!」

「ありがとう! 良い返事が聞けて嬉しいよ」


 アズマは嬉しそうに微笑んだ。


「じゃあ、実際にここで働いてもらうのは明日からとして今日は休んで欲しい。うちは寮もあるんだけど、ルーシーは寮に入る? まぁ、寮に入らないとすると毎日島の外から出勤しないといけないし、時間がかかって面倒だと思うけど」

「寮があるんですね! ぜひお願いします!」


 仕事を与えてもらえるだけではなく寝泊まりできる場所まで提供してもらえるとはありがたいことだ。これで毎日の宿探しをしなくて済む。

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