第2話 スカウト

 そうだ、たまには自分へのご褒美として少し贅沢をしてみるのもいいかもしれない。旅費を残して自由に使える金額を頭に思い浮かべながら近くのカフェに入った。


「いらっしゃいませー。お席にご案内しまーす」


 店に入るとかわいらしい制服を着た店員が近寄ってきて、彼女に案内された日当たりのいい窓際の席に腰を下ろす。


「ティーセットをお願いします」

「かしこまりましたー」


 メニュー表におすすめ! と書かれたティーセットを注文する。店主こだわりの紅茶と日替わりのケーキがセットになっているようだ。

 注文を終えて窓の外を眺めて時間を潰していると紅茶の香りとケーキの甘い香りを漂わせながら店員がティーセットを私の机に運んだ。


「お待たせしましたー」

「ありがとうございます」

「ごゆっくりどうぞー」


 一口、紅茶に口付ける。当然ながら、実家で飲んでいたものと比べると劣りはするが、じゅうぶん美味しい。むしろこちらの方がくせが少なくて飲みやすく、私は好きだ。


「ふぅ」


 美味しい紅茶と甘いケーキを堪能してそろそろ出発しようかと考えていると、


「キミが植物を枯らす能力を持っている子かな?」


 向かいの席に綺麗な女性がやってきて、そう私に問いかけてきた。


「は、はい。そうですけど」


 突然のことに動揺しながらも、新しい仕事の依頼だといけないと思い恐る恐る頷く。

 壊す能力は不吉なものとして扱われてしまう。今のところは運よく迫害などはされていないが、これから会う人がそうであるとは限らないので正直なところあまり大きな声で公言するのは憚られた。


「そう警戒しないで。よかったら私の話を聞いてくれないかな? 私はこういう者なんだけど」


 彼女が懐から取り出し、私に渡したのは名刺だ。

 上から、世界植物保管機関、マンドラゴラ科科長、アズマと書かれている。


「世界植物保管機関、ですか……たしか東の方にある島国の組織ですよね。病院で使う薬の原料になる植物を育てたり、珍しい植物の保護をしているとか」


 世界植物保管機関。それは東方の島に存在し、どこの国にも属さず、突然変異で生まれた植物や絶滅寸前の珍しい植物の保護と世界中の各国の病院で使用される薬の原料となる植物を保管、製造している組織だと記憶している。


「そう、よく知ってるね。私はそこで病院で使われる鎮痛剤の原料のマンドラゴラを育てているんだけど、ぜひうちでキミの力を借りたいと思っているんだ。要するにうちで働きませんかーっていうスカウトだよ」

「えっ、私がですか? 私には枯らすことはできても植物を育てることはできませんよ?」

「うん、だからその枯らす力が私達には必要なんだ」


 アズマは私の手を取り、ぎゅと力強く握る。冷やかしや冗談ではないのだろう、真っ直ぐにこちらを見つめる瞳は真剣そのものだ。


「お願い! うちの科の収穫チームは今、人手不足が酷いんだ! 去年まで五人いたチームなのに今は一人しかいなくて、でも世界ではマンドラゴラを必要としている人たちがいる。このままでは救える人も救えない!」

「わ、わかりましたから。とりあえず落ち着いてください」


 手を握ったまま興奮気味に身を乗り出すアズマを苦笑いで諌める。


「あっ、ごめん、ごめん。つい熱が入ってしまった。えっと、では改めて。きっと今までその力でキミは大変な思いをしてきたんだと思う。けれどお願いだよ。キミの貴重なその力を、どうかみんなのために使って欲しい」


 私の手を離したアズマは向かいの席に腰を下ろすと一呼吸置き、変わらず真剣な眼差しでこちらを見つめて頭を下げた。


「いいですよ」

「そうだよね。きっと今までいやなこととか、たくさん言われたと思う。なのにどうして私がこいつらのこと助けないといけないのって思っているだろうけど、ここはどうかみんなのことを見返してやるって気持ちで……えっ、いいの?」


 二つ返事で承諾した私にアズマは口をぽかんと開いて呆け顔になった。


「はい。たしかにどうして私がこんな能力を持ってしまったんだろう。ほんとのことを言うとこんな力さえなければって、思ったことは何度もあります。心ない言葉を投げかけられたことだってあるにはありますが、私はアズマさんが思ってるほど酷い扱いは受けていません。もちろん誰かを恨んでなんていません。私を捨てた両親に対しても悲しみはありますが、私を恐れるその気持ちも理解できる気がするんです。だから人の役に立てるなら、私はよろこんでこの力を使いたいんです。だって、きっとそのために私はこの能力を持っているのだろうから」

「……はぁ、感心したよ。つくづくいい子だね、キミは」


 思っていることを素直に伝えると、アズマは感嘆した様子で微笑んだ。


「じゃあ、決まりだね。キミがよければ早速うちに行こうじゃないか」

「えっ、今からですか?」


 アズマにスカウトされ、悪くない話だと思い頷いたもののあまりにも急な展開に思わす聞き返す。


「あれ、だめ?」

「い、いいえ。かまいませんけど」


 ナイレイン男爵の屋敷の除草のあとは仕事が次の入っていなかった。本来なら残念だが、べつのところで働くようになるのだからちょうどよかったのかもしれない。


「よぉし、じゃあ行っちゃおう!」


 そう言ってアズマは私の手を取ると空港へと向かった。

 飛行機の手続きなどはすべてアズマが支度してくれたので、私は隣で待っているだけだった。

 私たちの乗る便が来るとそれに乗って東方の島を目指す。

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