第1話 能力者

 痛む体をさすりながら立ち上がる。


「最悪だわ……」


 足元には掛け布団。眼前にはベッド。この光景と体を走る痛みから、自分はベッドから転がり落ちたのだと理解する。


「さっむ」


 朝の冷え込んだ空気を感じて体を震わせた。

 この町で一番安い宿の壁は薄く、扉や窓には隙間も空いている。そこから吹き込む風はこれから寒くなるぞと絶えず主張していた。


「えっと、今日はナイレインさんのお宅ね」


 痛みは次第に引いたものの、今度は寒さで震える体を無理矢理動かして今日の支度を始める。


 私の荷物は少なく、たったの鞄一つ分だ。侯爵家を勘当され、家を出るための準備をすることも許されずに外に放り出された私はたったこれだけで五つの国を渡り歩いてきた。

 あることがきっかけで母に嫌われてしまった私は生きるために必死になって仕事を探し、なんとかこうして安い宿とできるだけお金のかからない移動手段を選ぶことで生きながらえている。


「懐かしい夢を見たものね」


 思い返すはベッドから転がり落ちる前に見ていた夢。たくさんの花の咲く庭で過ごした十二歳のときの思い出。あの日、私の運命は変わってしまった。

 四年後、十六歳の今、家を追い出されてしまったのだから、あの日は間違いなく人生のターニングポイントだったと思う。


「ふぅ」


 考え事をかき消すように首をふり、今日は冷え込むことを予想して上着を羽織る。部屋を出るまえにかるく掃除を済ませ、あまり愛想のよくない宿屋の女将に話しかけて宿のチェックアウトをした。

 私は基本的に同じ宿に数日居座ることはない。仕事を終えるとすぐに次の仕事場に向かうからだ。

 家を追い出されたときからずっと一緒に旅をしてきたお気に入りの鞄を片手に人通りの少ない道を歩く。これから行くのはナイレイン男爵のお屋敷だ。一つ前の仕事先の屋敷の主人が彼と友人で仕事の斡旋をしてくれたのだ。


「こんにちは、カインド様の紹介で来ました。ルーシーと申します」

「ああ、お待ちしておりました。私はこの屋敷で執事長を務めています、ルーカスと申します。それでは早速、別館にご案内いたします」

「お願いします」


 屋敷に着くと玄関でルーカスが待っていた。仕事できたので当然ではあるが、客間に通されることなくそのまま今回の仕事場の別館まで案内された。


「こちらは三年前に亡くなった奥様のために建てられた別館なのですが、奥様が亡くなられてからは誰も手入れをしていなかったので雑草が伸び放題になっておりまして」


 ルーカスの言う通り、別館の周りにはたくさんの雑草が生え放題になっている。一番高い草は私の胸元くらいまで伸びている。


「ひとえに雑草と言いましても、簡単に抜けるものやしっかりと地に根を張っているもの、これだけの種類がございますから。一つ一つ丁寧に抜いていくのは大変で、なかなか誰もやりたがらない作業でしたので今回はルーシー様がすべて除草してくださると聞いて我々使用人一同大喜びでございます」

「ええ、任せてください。私の能力はこれくらいしか使い道がありませんから」


 家を追い出された私がやっとのことで見つけた仕事は貴族の屋敷に生えた雑草を除草する仕事だった。

 大体の仕事はできるくらいの学はあるはずだが、家を勘当された貴族というのは想像以上に世間体が悪いようで、どこも私を雇ってはくれなかった。

 だから自分の能力を生かした仕事を始めることにしたのだ。それがこの仕事で、評判を聞いた使用人たちが次の仕事先を斡旋してくれることがあるので国を問わずに私はこの仕事をしている。


「私はなにも手伝わないでよろしいのでしょうか?」

「はい、一人でできますので。ルーカスさんは今はお休みいただければ」


 一歩離れた位置で首を傾げるルーカスに笑顔で返す。

 国籍を問わず、この世界では特殊な能力を持った人間が時折現れるのだが、私もそんな能力持ちの一人である。使える能力は植物を枯らすもの。


 能力は個人差があるが、大きく分けると三種類に分けられる。守るものと支えるもの、そして壊すもの。

 一つ目の守るものは傷を癒したり、狩人が猟をするときに動物に襲われないように人を守る結界を張ることができる力だ。

 二つ目の支えるものは、風を操り手を触れることなく物を片付けたり、重い荷物を重力を操り軽くさせたりでき、使用人を目指す庶民に憧れを抱かれる力だ。

 三つ目の壊すものは、まさしく私の能力がこれに該当する。守る、支えるとは違った、なにかを壊す能力。他者に恐怖を抱かれる能力であることが多く、この能力を持っている者は三つの部類の中で一番少ない。

 花を愛する母には随分と疎まれて嫌われてしまった能力だが、ただ絶望していても前には進めない。だからこのどんな美しい花でも一瞬で枯らしてしまう能力を雑草除去に使用できないかと考え、この仕事を始めた。


「ではさっそく仕事に取り掛かりますね」


 ルーカスに許可を取り、一通り別館の周辺を見て回る。雑草の処理が手付かずになっている範囲を確認するとこの草たちを除草する用意を始める。

 別館の前方と後方、そして右側面と左側面の四回に分けて能力を使うつもりだ。

 まず別館の前に立つと両手を手前にかざし、集中するために目を閉じる。雑草を除草させたい範囲を具体的に頭に浮かべて能力を発動させる。


「これはすごい……」


 背後からルーカスの声が漏れる。瞼を上げると目の前で先程まで生い茂っていた緑色をした雑草は、今や茶色く色が変わり生気なく項垂れている。


「別館の周囲の雑草を私の能力ですべて枯らして、あとはこの枯れた草を集めて捨てれば別館周りは綺麗になりますよ」

「ああ、助かります。草むしりは重労働ですからね」


 ルーカスは朗らかに微笑む。

 貴族には恐れられるこの力だが、結構使用人にはウケがいい。

 景観を保つには決してサボれないことだが、草むしりというものは重労働であるため、彼らにとってはできればしたくないというのが本音だろう。

 それを能力でできるのであればまともにやるより時間がかからないし、身体的な負担も減る。

 先程と同じ工程を三度繰り返し、別館の周りの雑草をすべて枯らした。それをルーカスや他の使用人たちと一緒に集め、一塊にまとめる。


「こちらはあとでまとめて燃やします。本日はありがとうございました」

「いえ、こちらこそありがとうございました」


 仕事が終わるとルーカスから給与を受け取り、屋敷を離れる。

 それにしてもわざわざ玄関先まで見送ってくれるなんてルーカスは優しい人だ。大体の使用人はその場ではいお疲れ様と言って必要以上に能力持ちの私に関わろうとしない。

 もっとも、目に見えて態度が変わるのは貴族だが。

 今回の仕事中だって、屋敷にはいるはずなのに頑なに私の前に姿を現そうとしなかった。そのくせ、窓からちらちらとこちらの様子を伺っていたのだ。


「まぁ、庶民に挨拶にくる方がおかしいのだろうけど」


 と言っても彼らが私から距離を置くのは私が公爵家を勘当された身であることと、壊す能力者だということの方が大きいのだろう。


「べつに無闇矢鱈に草木を枯らすことなんてしないのに」


 たしかに最初は能力の調整がうまくいかず、触っただけで花を枯らしてしまうこともあったが、いまでは安定して自分の思う通りに能力を使うことができる。集中すれば先程のように触れずに広範囲を一度に枯らすこともできるくらいには能力をコントロールできるようになったのだ。


「なんて言っても私が植物を枯らすことのできる能力者であることに変わりはないし、この能力を持っている限り永遠に怖がられてしまうんだろうな……」


 残念なことだがこればかりは仕方がない。壊す能力は、まさしくなにかを壊す力だ。なにかの拍子に自分に危害が与えられるかもしれないと恐れる気持ちが出てきてもなにもおかしくはない。


「私のことなにも知らないくせに……いや、だめだわ。気持ちを切り替えていこう!」


 鞄をしっかり握り直し、ちゃんとした足取りで前へ進む。ネガティブな考え方をする暇があるなら明るく前を向いて進もうと家を追い出されたあの日に心に決めたのだ。

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