大好きだった幼馴染の妹と結婚する

青空のら

大好きだった幼馴染の妹と結婚する


 大好きだった幼馴染の妹と結婚する。

 蘭子本人は家を飛び出して以来、縁を切っているから報告とかそういうのは要らないというがそういうわけにもいかない。

 窮屈なネクタイに首を絞められ、着こなしていないスーツを身に纏い、久しぶりに実家とその隣家を訪ねた。


「ただいま、親父元気にしていたか?」

「おじ様、お久しぶりです、蘭子です。今日からはお義父さんとお呼びしますね」

「おお、悟史、お帰り!それに隣の坂上さんちの蘭子ちゃんか。わしはてっきり長女の小百合ちゃんと結婚すると思っていたが。本人達が幸せそうなら何よりだ」


 電話の一本もしていなかったのに親父は満面の笑みで迎えてくれた。3年ぶりに会う親父は白髪が増えて、シワの彫りが深くなっていた。


「積もる土産話は後で聞くから、今から坂上家に挨拶に行って来なさい。丁度、小百合ちゃんも里帰りしてるそうだ。姉妹で話す事もあるだろう」

「ああ、行ってくる」


 親父に見送られて隣の家へ向かった。

 呼び鈴を押して出て来たのは坂上家のおばさんだった。


「ご無沙汰してます、一条悟史です。結婚のご挨拶に来ました」

「まあまあ、立派になって見違えたわ。さあさあ上がってちょうだい。蘭子もぼさっとしてないで早く入りなさい」

「失礼します」


 おばさんに連れられて家へ上がった。その後を蘭子が付いて来る。

 案内された奥の部屋で待機していると乳飲み子を抱いた小百合が現れた。3年ぶりとはいえ見間違うわけがない。


「今度、結婚するんだって?おめでとう!想像した事のない組み合わせだからびっくりしちゃった」

「ありがとう。姉さんこそ、出産おめでとう」


 険悪な雰囲気になるかと心配したが杞憂だった様だ。小百合は俺が蘭子と付き合うきっかけとなった女だ。俺が小百合に振られてヤケになっていた時に蘭子に慰められたのがきっかけで付き合う様になった。

 小さい頃は三人でよく遊んでいた。同い年の俺と小百合、二つ下の蘭子。どこに行くにも一緒に行動していた。

 小百合とは幼いながら結婚の約束もしていた。大きくなったら結婚するものと思っていたが、所詮は子供の約束だった。

 一念発起して中学、高校と小百合に告白したが相手にされなかった。

 俺は小学校の時に足に怪我をして片足を引きずる様になってからは積極的に動こうと思っても一歩引いてしまう癖が付いてしまった。

 小百合へのアプローチももう少し積極的に行くべきだったとの悔いは有るが後悔はない。

 今、俺の横には最愛の蘭子が居る。



 ***



 久しぶりに会った幼馴染の隣に妹がいた。珍しい組み合わせに若干驚いた。

 小さい頃よく三人で遊んだが、妹が付いてくるのは私の後ろだったからだ。


 悟史は小さな頃は兄貴分でグイグイ引っ張って行くタイプだったが足を怪我して以来、まったく冴えない男になってしまった。物事をはっきりと言わず、行動が一歩遅い、過去と比べると陰キャラと言ってもいい位だった。

 そんな男を妹が選んだのが意外だった。


「ありがとう。二人はいつから付き合ってたのかしら?」

「三年前よ。家出した後に悟史の部屋に押し掛けたの。そのまま押しかけ女房で同棲する事になったのよ」

「あらあら?悟史は高校生に手を出したの?」

「ふふふ、あら?姉さんは高二の時に今の旦那様に処女捧げたのじゃなくて?おかしな事を言うわね」


 妹に初体験話をした記憶は無いけれど悟史が話したようだ。

 悟史からの告白を断った後に、私への未練を経つ為に彼氏との恋の進捗を悟史に報告していた。

 小学校、中学校、高校と悟史から何度も告白されていた。下手に執着されてストーカーになられるくらいなら一層の事と苦肉の策だった。

『最愛の彼とついに結ばれたの!これで私も女になったわ。お先に』

 報告した後に真っ青な顔になった悟史はそれ以来、私に執着を見せる素振りは無かった。


「それに私が悟史と結ばれたのは二十歳の誕生日だから、高校生の私に手を出したって言うのは間違いね。悟史はちゃんと自制心ある大人だもの」

「そんな話は俺の居ない所でやってくれないか」

「照れなくてもいいじゃない。今日だけの話だから我慢してよ」

「そうね、もう三人で集まる事も無いかもしれないわね」

「そうね」


 お互いに家庭を持ったなら気軽に再会する機会も減るだろう。

 お互いに子供が生まれたらなおさらだ。

 私は先に幸せな家庭を築いたと思っていた――


 ――何も知らなくて、そう信じていた。


 両親への挨拶を済ませた悟史と蘭子の二人は一条家へ戻った。その後に改めて妹の蘭子だけ我が家に帰って来た。


「姉さんには本当に感謝しているの?」

「急にどうしたの?」

「悟史を振ってくれてありがとう」


 いきなり蘭子から感謝されて戸惑ってしまう。

 何を言っているのかよく分からなかった。


「ずっと"溺れてた姉さんの事を助けてくれたヒーロー"と結婚するんだって言ってたから悟史の事は半分諦めていたの。妹分としか見てくれてないのはわかっていたし」

「変な事言わないで。私のヒーローは一輝よ。きちんと本人の口から私が溺れていたのを助けたって聞いたもの」

「そうね。本人から聞いたんだもんね。――それで客観的に調べたり、聞いたりはしたの?」

「えっ?」


 妹の台詞に背中にゾクリと悪寒が走った。一輝の話した救助現場の様子と私の記憶に相違は無かった。彼が"私のヒーロー"で間違っていないはず。

 何よりも彼と私の間にこれまでの信頼関係と深い愛情が存在する。


「母さんも父さんも何も言ってないのね。薄情な人達だよね」

「何を言ってるの?」

「黙ったままでも良かったんだけど、今日ここに来たのは親子の縁と姉妹の縁を切るためだから最後に本当の事を教えてあげようと思ったんだ。優しいでしょう?」


 蘭子が満面の笑みを浮かべていた。

 高校に上がってからは反抗期で怒っている妹の姿しか記憶に無い。


「私、悟史をぞんざいに扱う馬鹿女が心底嫌いだったんだ」


 本能的に聞いてはいけない事だと理解した。耳を塞いで聞いてはいけない。



 ***



 私は姉の小百合が大嫌いだった。

 馬鹿なだけで根は良い子だと思う。ただ一身に悟史から愛情を受けそれが当たり前だと思い、そして悟史を傷付けて平気でいた。その無関心さ、無配慮に腹が立って仕方がない。

 物心ついた時には三人でいるのが当たり前だった。姉と悟史の二人が仲良くしているのを見て二人は将来夫婦になるんだな、と幼いながら思っていた。

 そして私が悟史への恋心に気付いたと同時に失恋していた。悟史の心に私の入る隙間はどこにもなかったのだ。


 姉たちが小学校へ上がった年に私達は池で溺れた。いつものように三人で裏山に出掛けて行った際に、池のほとりに咲いている花を取ろうとして誤って転落したのだ。

 幸い土手に近かった私と悟史は直ぐに池から這い出したが、姉は転落した勢いで池の縁から離されていた。

 すぐさま悟史は私に大人を呼んでくるように指示を出すと姉を助けに池に飛び込んだ。

 私が大人達を連れて戻った時、丁度姉を土手に連れ戻し、力尽きた悟史が池に沈んでいく瞬間だった。

 姉を救った事に満足したのか笑顔のまま池に沈みゆく悟史が印象的だった。私はきっとその時に悟史に恋に落ちたのだと思う。


 池の底に沈んでいた金属片で脚を傷付けた悟史は半月程入院し、治療の甲斐なく多少の後遺症が残った。微かに左足を引きずるようになった。

 一方、救助された姉は転落したショックか、溺れたショックか、一部記憶が混乱していた。誰かに溺れていた所を救助された記憶はあったが、誰と行ったか、何の為に行ったか記憶が飛んでいた。

 そして無邪気に

『私を助けてくれたヒーローと結婚するんだ!』

 と嬉しそうに語っていた。


 そしてゲスなうちの両親の話になる。

  うちの両親は姉を救った悟史に口止めを要求した。まだ幼い悟史が大人から厳命されて行った約束を破るはずがない。

『悟史の足の怪我の原因が小百合だと分かったら、きっと小百合は変に気負う事になるから話さないで欲しい』

 そう幼い悟史に言い聞かせて約束させたのだ。


 悟史は律儀に約束を守った。

 姉に告白して

『"自分を救ったヒーロー"を待ってるから幼馴染には興味がない』

 そう断られても自分が当人だとは名乗り出なかった。

 本当に馬鹿だと思う。

 最後には偽物に"姉を救ったヒーロー"の座を奪われた。

 姉が高校2年の時に時期外れの転校生がやって来た。その転校生、吉村一輝は小学校の元同級生という事で元来、姉が池で溺れた事件を知っていた。

 姉に興味を持った奴はあとは色々と自分で調べたのだろう。姉に自分が"姉を救ったヒーロー"だと名乗り、姉を見事に騙した。

 偽物が転校してきた理由は前の学校で女生徒を妊娠させたせいだった。

 女に慣れているので、初心な姉を落とすだけの手練手管は持っていた様だった。

 簡単に心開いて落とされる姉が馬鹿なのだ。


「――悟史をぞんざいに扱った記憶なんてないわよ」


 小百合がさも心外だという表情で訴えるようにこちらを見た。

 平気でしらばっくれる恥知らずで良かった。

 安心してぶっ潰せる。


「クズと馬鹿が引っ付いて本当に感謝してる。生まれた子供がクズに育たないように気を付けて育てるんだよ」

「いくら姉妹でも言って良いことと悪い事の区別くらいちゃんとつけなさい!」

「そうだね。子供に罪はなかったね。謝るよ。クズと馬鹿の子供に生まれたその事は罪じゃ無いものね」

「まだ暴言を吐くのね。訂正しなさい」


 顔を真っ赤にして怒りに狂っている。あまりの滑稽さに逆にこちらが冷静になった。


「そもそも吉村一輝は姉さんが溺れているのを救ったヒーローではなく、偽物の詐欺師に過ぎない」

「証拠もなく人の旦那を詐欺師呼ばわりしないでちょうだい」

「証拠?両親に口止めされてたけど、私も現場にいたんだよ」


 そして悟史が姉が溺れてるのを救ったのを目撃していた。

 今更の事実を姉が受け入れられないのは分かっていた。


「そんな小さな時の記憶なんてあてにならないわよ」


 そう記憶なんて当てにならない。

 自分で言ってて矛盾に気付かない。だから馬鹿だって言ってるんだ。

 あれだけの大騒ぎになった事件である。実際に下手すれば死人が出ていた程の事件。地元新聞にも大々的に載った。当時は幼くて新聞の存在を知らなくても、調べれば簡単にわかる事だ。

 自分で何も調べずに、自称する詐欺師が現れたらホイホイと信じる。頭がお花畑という他なく、中に何も詰まっていないに違いない。


「新聞にも載ったんだよ。調べたら簡単に分かったと思うけど?」

「そんなの信じられないわ」


 だろうね。だからこそ現物も用意してある。

 目の前に当時の記事のコピーを突きつけてやった。


「嘘よ!そんなの信じられないわ!」


 信じられないのはお前の頭の中だ。調べれば簡単にわかる事を調べない。一体頭をいつ使うんだ?


「一輝さんが嘘をついてたなんて…」

「果たして嘘をついていたのは旦那だけかな?」

「――どういう事?」

「さっきから言ってるだろ?母さんも父さんも知ってたんだよ。知ってて姉さんには言わなかった。これがどういう事だか分からないの?本当に?」


 両親は二人揃って姉と悟史がくっつく事に拒絶反応があったんだろう。悟史の母親が早くに亡くなって片親なのも影響あるのかもしれない。真相は分からないがそうとしか思えなかった。

 交際のきっかけとは言え、愛娘が明らかに男に騙されているのを黙認する。親としては考えられない事だ。

 通常ならそんな誠実さのない男が認められるはずがない。

 つまりはうちの両親共にクズなのだ。


「二人とも知ってて黙っていたの?」

「私が中三、姉さんが高二の頃に荒れてたの覚えている?両親ともかなり揉めていたの?」

「ええ、それが何か関係あるの?」


 大ありだから困ったもんだ。

 当事者の悟史が沈黙を守っているのに私が勝手に暴露するわけにはいかない。沈黙を、口止めを指示した両親に責任を持って姉に真実を打ち明けるべきだと抗議し、毎晩喧嘩していた。

 当の本人の姉は妹が反抗期に入ったと呑気に眺めていた。本当に馬鹿だとしか言えない。


「あれ、姉さんの事で言い争ってたんだよ」

「――知らなかった」

「姉さんが初めて偽物を家に連れて来た日、あの時に直ぐに姉さんに真実を打ち明けるように抗議した。そして手遅れになる前にって毎晩、毎晩、本当に毎晩訴えてた…間に合わなかったけど」


 姉が悟史に"女になった"と伝えた日、姉の前では平気な素振りを見せていた悟史だが、一人になった時はかなり落ち込んでいた。

 偶然帰り道で見つけていなかったら死んでいたかもしれない。本当にそこまで追い詰められていた。

『俺、なんで生きているんだろうな。あの時に死んでしまってれば良かった』

 涙で目が真っ赤になっていた。

『俺が助けたんだ、ってちゃんと告白していれば何か変わっていたかな?』

 姉から一足先に大人になったと、女になったと報告されたと、そう言う悟史は今まで見た事ない絶望的な表情で泣き崩れた。

 ただただ悟史を抱きしめる事しかできなかった。私は悟史が落ち着くまで悟史の頭を胸に抱えずっとずっと抱きしめていた。

 あの時ほど人を殺したいと思った事はない。


「そんな事…知らなかった」

「そうだね。知らなかったのは姉さんだけだね。小学校当時の同級生があの話題を避けてるの気付かなかった?」

「えっ?」

「みんな知ってたり、薄々気付いていたけど、当事者の悟史が名乗りあげないから何か事情があると思って黙っていただけだよ」

「嘘よ!」

「だからみんな姉さんが偽物に騙されてるって知ってる訳」

「そんなの絶対に嘘よ!!」


 姉が偽物と付き合い出して、あっというに純潔を捧げてしまったからね。良心の呵責に苛まされて本当の事を話そうとした時点で既に手遅れ。そして黙って詐欺に加担したという共犯関係になってしまった。

 あとは沈黙を貫くしか無く、彼らを責めるのは酷というものだ。


「みんな姉さんが"私のヒーロー"って言い出した時は『小百合には悟史がいるじゃない!』って言ってた筈だけど?違うかな?」


 実際に私も何度も聞いているから言い逃れはできない筈だ。

 ズバッと言われないと察せない、理解出来ないとは頭お花畑どころか、何もない荒野かもしれない。


「…そんな」

「姉さんの結婚式、小学校時代からの友人何人来た?誰も来なかったでしょう?そもそも来れるのかな?」


 初めてを間違った男に捧げた。それはまあよくある話と笑い飛ばせる。だが結婚まで行くとなると話は別だ。それもまた、真実を知った上で二人の愛で乗り越えたのなら許されるかもしれない。

 ただ単に恋は盲目と何も考えずに騙されてる馬鹿女など誰が近寄るものか。

 詐欺師が登場するや否や、自称ヒーローというだけで恋に落ちた。それは傍目で見ていても滑稽な様だった。

 何の客観的事実もなく、幼馴染との長年の付き合いですら薄っぺらい紙の様に破いて捨てたのだ。

 あまりにも早い展開に彼らは皆、真実を告げなかったのは自分達が悪いわけではないと自分を誤魔化し、姉が馬鹿で騙されるのが悪いのだと非難する事で心の安寧を保っていた。自分が底意地の悪い人間だと誰しも思いたくないのだ。

 なので、最後まで彼らの誰一人として、偽物が偽物であると姉に告げようとはしない。

 巻き込まれるのが嫌で近づきすらしない。

 結婚式なんて鬼門、間違えても参加するわけがない。


「もしそれが本当なら悟史に謝らなきゃ――」

「謹んでお断りするよ。うちの旦那に近付かないで!近付いたら殺すよ。もっともその為に今日は縁切りに来たんだけどさ」

「私、悟史に酷い事を――」

「酷い事も蔑んだ事もしてないんだよね?だったら謝る必要なんてないよ。うちの旦那には近寄るな。あんたに望む事はただ一つ、今まで通りに暮らしてくれる?うちの旦那に"私のヒーロー"は実はあなただったのね、とか間違えても言って欲しくないんだ」

「せめて謝罪くらいは――」

「やっと落ち着いたんだよ?過去を思い出して衝動的に自殺したらどうするんだ?とことん悟史の人生を弄びたいのかい?謝罪したというあんたの自己満足の為に悟史を使わないで欲しい。あんたにはあんたの人生がある。あんたには愛しい旦那と愛しい子供が居るんだからしっかり家庭を守ってよね」


 私の言葉に絶望的な顔をしている姉に、もう一つのとっておきのお土産を差し出した。

 旦那の一輝が他の女達と浮気をしている写真の数々だ。


「これは私からの最後のプレゼント。出来れば離婚せずに家庭を守って欲しいなぁ。無理なら別れればいい。その時は盛大に笑ってあげるよ」


 縁は切るけれど風の噂で動向くらいはわかるだろう。



 ***



 娘の蘭子が結婚報告に3年ぶりに帰省した。相手は隣の家の息子の一条悟史だった。子供の頃からよく知る相手でいい子なのは確かだったが、若干片足にハンデがある為に娘の結婚相手からは除外していた。

 姉の小百合と同い年でよく一緒に遊んでいたので、足の怪我以降はなるべく近寄らせないようにしていた。

 足の怪我の原因自体が小百合が溺れていたのを救ったせいなのだが、肝心の小百合が誰が救助したのかはっきりと覚えていなかったので悟史に口外しない事をきつく約束させて黙らせた。その判断は今でも間違っていなかったと思っている。

 それが妹の蘭子とくっ付くとは想定外で驚いた。

 しかも足のハンデをカバーするように、ITベンチャー企業を立ち上げて社長をしているという。最近ニュースでもよく聞く会社なので好調なのは間違いないようだ。

 もしかしたら小百合と一緒になる未来もあったのかもと、ふと考えてしまう。それならば蘭子が親子の縁を切って出ていく事なかったのかもしれない。

 だが今の小百合には旦那がいる。溺れる彼女を救ったヒーロー。当然偽物だ。

 初めて小百合が吉村一輝を家に連れて来た時は戸惑った。その晩に真実を打ち明けるべきだという蘭子と口論になった。

 しかし、高校時代の交際なんて直ぐに破局する可能性が高い、しかも相手は嘘をついている、そんな恋愛が長く続くとは思えなかった。

 小百合に"女になった"と告げられた時も特に動揺する事もなく、避妊には十分注意する事と親として忠告をするくらいだった。

 また、小百合の結婚式の招待客に古い友人が少なかった事には驚いたが、それも時代の流れなのかとたいして気にもしなかった。


 結婚報告に来た蘭子は報告後いったん一条家に戻った後に再訪して来た。

 姉の小百合としばらく話をした後に2階から降りて来て私達に絶縁を告げた。


「旦那が『育ててもらった子供の義務だから』って言うから結婚の報告に来たけど、近くにいたらまた旦那が傷つくかもしれないから縁を切るね。娘が騙されてるの分かってて黙ってるクズが祖父、祖母っていうのは子供が可哀想じゃない?

 あと子供として最後にお願いするなら、最後まで嘘を突き通してね。中途半端に姉さんに真実を教えないで欲しい。今まで通りに変わらずに暮らして。当時あれだけ私が荒れて、家出しても真実を告げてないんでしょう?今更姉さんに告げるなら私への愛は一片たりとも無かったものと受け取るね」


 そう告げると満足そうに後ろを振り返らずに去って行った。

 私達二人、何も言えずにしばらく立ち尽くしていた。


 嵐のような一日が過ぎ去り、変わらない平凡な日々に戻ったある日の事、小百合が旦那の浮気があまりにも酷くて許せないと里帰りして来た。

 浮気の一つや二つくらい許してあげる度量を見せてもいいだろう、となだめていた時にテレビで一条悟史の起こしたITベンチャー企業の特集が流れた。

 スタジオに創業者夫婦として仲の良さそうな悟史と蘭子二人の姿が映された。


「そういえば昔は悟史君と小百合も仲が良かったわね」


 うっかりとそう発言した時に、室内の雰囲気が凍った。

 覇気のない冷たい視線で小百合が睨んでいた。

 その瞬間に悟った。蘭子は小百合にも爆弾を落として行ったのだと。その上で普段と変わらない生活をしろと注文したのだ。

 私達が悟史に口外するなと要求した様に。

 そしてその約束を守った悟史は最愛の小百合から絶望を味わわされたというのに、私は簡単に約束を破った……



 ***



「部屋にこもりすぎの生活が長いからか、外というか、人前に出るの苦手だな」

「あらあら、そんな事じゃ駄目だよ、悟史」


 収録スタジオからの帰り道で二人、夜道を歩いていた。少し冷えてきた空気が肌に気持ちいい。


「苦手なものは仕方ないよ」

「同じ事、子供にも言えるかな?」

「子供って気が早いな、うん?もしかして!」

「そうです!パパ頑張ってよ。やっと安定期に入ったから発表しちゃいます」

「俺がパパかぁー」

「泣いてもいいんだよ。何度も見てるから慣れちゃってるしね」

「ばーか、男が何度も人前で泣けるかよ」

「じゃあ、悟史の泣き顔は私だけの秘密という事で」

「男の子かな?女の子かな?」

「気が早いよ。まだ判断つかないってば」

「女の子だったら『パパ』男の子だったら『オヤジ』って呼ばれたいな」

「両方産んであげるから頑張ってよ、パパ」

「それより冷え込むのは身体に悪い。これ着て、早く帰ろう」

「うん、暖かい。幸せだよ、パパ」

「俺こそ幸せだよ、ママ」


 自分の着ていたコートを脱いで蘭子に羽織らせた。

 あの時に死んでいなくて本当に良かったと思う。それもこれも蘭子が支えてくれたおかげだ。

 蘭子がいてこそ今の俺がある。残り何年生きられるか分からないが精一杯に蘭子と子供を愛して一緒に生きていきたいと思う。


「名前も考えてよね」

「気が早くないかい?」

「あら?どちらも産むんだから無駄にはならないわよ」


 その前に搾り取られて死ぬかも。

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