6 エレメンタル

「私利私欲のために街をスライムに襲わせた罪は重いぞ。しかもエレメントを使うとは……貴様のマインディウムに宿るサメのエレメントもさぞや嘆いていることだろう」

「ぐ……くそっ!」

 膝をついたままのエランドのギアに、シュナイダーさんのギアが近づいていく。

「全てを白日の下にさらし裁きを受けるがいい。お前はこの街の警察に引き渡す」

「……ふふ、はははは」

 敗北したはずのエランドが、急に笑い始めた。やけになって開き直っているのか? その不気味な笑いに、俺は何か嫌な予感を感じていた。

「なるほど、貴様は強い。この俺が勝てない相手がいるとは思ってもみなかった。しかし……お前は大事なことを忘れている」

「何だ? 今更見逃してくれとでも言うつもりか?」

「すぐそこに、スライムがいるという事をだ」

 スライムがいる?! それはそうだけど、一体それが何だってんだ? 俺には分らなかったが、しかしシュナイダーさんは何かに気付いたらしい。一気にエランドのギアに向かって加速する。

 低い音がした。全身が震えるほどの重低音がトンネル全体に響く。頭が割れそうなほどだった。

「こ、これは……まさか?!」

 これに似た音をさっき聞いた。襲ってきたクリーパーが立てた音、泥震だ! スライム同士が呼び合う時に立てる音……まさか?!

 次の瞬間、切り羽が発破をかけたように破裂した。飛び散るのはスライム。次から次へと、恐らく十匹以上のスライムが切り羽から飛び跳ねていた。スライムが向かう先はバラバラだったが、そのうちの数匹が俺の方にも来る。

「くっ! フォックス、やるぞ!」

 フォックスに向かって落ちてくる一匹目のスライムを後ろに飛んで躱す。二匹目はパンチで叩き落し、三匹目は蹴りで跳ね返した。

「シュナイダーさんは?!」

 ひょっとしてやられてしまったか? そう思ったがそれは杞憂だった。シュナイダーさんの周りにもスライムが何匹か落ちているが、どれもドロドロに崩れ始めていた。叩き落してやっつけたらしい。

 だがエランドはトンネルの端に移動していて、シュナイダーさんから距離を取っているようだった。出口はすぐそこ。ひょっとして逃げるつもりなのだろうか。

「こんなスライム程度で俺が倒せると思ったか! 往生際が悪いぞ、エランド!」

「勘違いするな。確かにお前をスライムで倒すことはできないだろう。しかし、向こうのガキならどうかな?」

「何だと?! 貴様!」

 向こうのガキって俺の事だよな? 俺が? 一体何なんだ?

 再びエランドが泥震を起こす。さっきとの違いが分からないが、しかしスライムたちは反応している。

 シュナイダーさんが危ない! そう思ったがどうやら違っていた。地面に落ちているスライムたちは一斉に俺の方へ集まり始めた。なんてこった……俺にスライムを差し向けやがった!

「フォックス! 気合を入れろ!」

 エネルギーレベル七四パーセント。いまいちのパワーだが、さっきはスライムを叩き落せた。クリーパーはともかく、ただのスライムなら勝てない相手じゃない。

「逃げろ、ダイロック!」

 シュナイダーさんが俺に向かって叫ぶ。大丈夫だ、シュナイダーさん。俺だってギアをちゃんと扱えるんだ。向かってくるスライムくらい……フォックスの……パンチで……?!

「あれ、でっかい……スライム……?!」

 スライムは俺の方に近づきながら、同時に寄り集まって一つの巨大なスライムになった。スライムの集合体。これはギャザータイプだ。動き自体は早くないが、大きな体と重量で何でも押しつぶして呑み込んでしまう危険な形態だ。

「まずい、逃げ――」

 後方に下がろうとして、急に左脚が滑った。何だ? 操縦席の脇の下方視認用ミラーに映ったのは、ブルーシート。乱雑に置かれたままのブルーシートを踏んで滑ったみたいだった。くそ、こういうことがあるから現場内はきちんと整理整頓しておかなきゃいけないんだ!

 ギャザースライムはフォックスより大きくなりのしかかる様に襲い掛かってくる。逃げられない。もし潰されれば、フォックスも俺も……!

「兄ちゃん……!」

 俺が死を覚悟して目をつぶると、ほぼ同時に爆発が起きた。俺はフォックス諸共吹き飛ばされ横転する。辛うじてシートベルトで落ちずに済んだが、体のあちこちをぶつけて激痛が走る。

「う……何の爆発……?!」

 顔を起こして様子を見ると、ギャザースライムはものの見事に吹き飛んでドロドロに溶けている最中だった。そのスライムの向こうにはシュナイダーさんのギアがいる。拳をこちらに突き出したままの姿勢で止まっている。

「そうか、エレメンタルで俺を助けてくれたのか……」

 さっきの爆発は、あのクロサイの波動とかいうやつだ。クリーパーだけじゃなくギャザーも一撃で倒せるなんてすごい威力だ。

「シュナイダーさん、ありがと――」

 シュナイダーさんのギアが大きく横に傾き、そして倒れた。その後ろにはエランドのギアがいた。まさか、シュナイダーさんを?! 俺を助けたばかりに、エランドにやられてしまったのか?!

「シュナイダーさん! 大丈夫ですか!」

 俺はフォックスを立ちあがらせてシュナイダーさんのギアに走り寄る。俺の体もフォックスもガタが来ているが、そんな事を気にしている場合じゃない。シュナイダーさんは操縦席に座ったままぐったりとしていた。頭からは血を流し、意識も朦朧としているようだった。

「に、げろ……」

 それだけ言うと、シュナイダーさんは目を閉じ、横になった座席から重力に従いだらりと動かなくなってしまった。

「シュナイダーさん! シュナイダーさん!」

 俺が呼び掛けてもシュナイダーさんは返事をしなかった。ピクリとも反応しない。まさか、死んでしまったのか?

「あとは君だけだな、少年!」

 エランドの声が聞こえた。ハッとして顔を上げると、目の前にエランドのギアの蹴り足が迫っていた。速い!

「うわああぁぁっ!」

 すさまじい衝撃。シュナイダーさんのギアを飛び越え、エランドの強烈な蹴りがフォックスの胴に叩き込まれる。俺は倒れないようにするだけで精一杯だった。

 攻撃は続く。重たいハンマーのような拳と蹴りがフォックスに連続して叩き込まれる。もう計器を見る余裕さえない。俺は最低限の防御をしながらなんとか耐えるが、それも限界だった。

 フォックスのボディカバーはほとんどが破壊され内部構造がむき出しになっている。それでも致命的な損傷はなかったが、古いギアはとことん頑丈に作ってあるというのはジト爺のほら話ではなかったらしい。でも、いくら頑丈でもこっちから攻撃できないんじゃ意味がない。

 エネルギーレベルは三九パーセント。これじゃあ防御さえ満足にできない。フォックス、すまない。俺じゃこれ以上の事はできない……!

「頑丈だな? 初期型ギアか……。しかしギアが頑丈でも、操縦席の人間は別だ。そろそろとどめを刺させてもらおうか」

「……何でだ」

 喉の奥から血と一緒に声を絞り出す。やるせない思いが俺の心を満たしていた。

「何か言ったかね、少年?」

「何でだ?! 何でこんな事をする! あんたなら普通に土木屋として活躍できたはずじゃないか! 何でスライムに街を襲わせてまでこんな事をするんだ!」

 怒りと悲しみが俺の中でない交ぜになっていた。俺はエランドが好きだった。でも本当のエランドは、まるで悪魔みたいな奴だった。他人の不幸の上に自分の幸せを築こうとしている。そんなものは本当の建設工事なんかじゃないはずだ!

「第一線で活躍するという事はきれいごとだけでは済まない。君には理解のできないことだ。だが安心しろ。君らの死体は有効活用してやる。勇敢にもスライムを倒そうとした男と少年……私が来た時には既に事切れていたが、私が仇を討った。どうだ? 街の人が喜びそうな話じゃないか」

「ふざけるな! そんな……そんなことがよくも!」

「大人の世界とは、えてしてそう言うものだ」

 エランドのギアが青い光を放つ。奴のエレメントの力……シュナイダーさんを倒した力だ。今の俺とフォックスじゃどうすることも出来ない。

「君の家族もきっと喜ぶだろう。両親も、いれば兄弟も。それともいないのかな? ま、どちらでもいい。いずれにせよ君たちはここで死ぬ。街は私に任せたまえ。君の遺族にはよろしく言っておくよ……」

 エランドのギアの右手にエネルギーが集まっていく。もう、ここで終わりなのか。

 リタ。ジト爺。ローディアス兄ちゃんの代わりに俺が二人を守りたかった。でも、それはもうできそうにない。こんな所で、こんな奴にやられるなんて……。

「畜生……俺にもっと力があれば……」

 エランドのエレメンタルの光が強さを増していく。俺がもっと強ければ……! シュナイダーさんみたいにエレメントが使えれば……!

「なん……だ……?」

 突然、足元で赤い光が迸り始めた。あの石……マインディウムが袋の中で光っている。

 光は強さを増し、そして熱を放ち始める。入れておいた袋は焼け落ち、赤い石が姿を現す。色が白から赤に変わっていた。外側の白い部分は焼け落ち、その内部の真紅の結晶が姿を表していた。

 迸る光が俺の体に吸い込まれていく。そしてフォックスの機体にも。エネルギーレベルが急上昇する。もうどこにもそんな力なんて残っていなかったはずなのに……! エネルギーレベル五十、八十、一〇〇……もっと上がる! 一五〇、二七〇、三五〇……四〇〇オーバー、目盛りが振り切れた……!

「何だと? エレメンタルの光……だと?」

 エランドが驚いた様子で言った。

「これがエレメンタルの力……兄ちゃんがくれた力……!」

 痛みも悲しみも俺の体の中から消えていた。あるのはただ、強い使命感。エランドを許してはいけない。この世界に平和をもたらすために戦わなければならない。石がそう俺に語りかけていた。

「お前のようなガキにエレメンタルが使えるとは驚きだが、所詮は付け焼刃だ! くらえ、サメの波動!」

 高められたエレメンタルの力がエランドのギアから放たれる。青い光は形を成し、それはサメとなった。虚空を泳ぐ鮫。その力が俺とフォックスに襲い掛かる。

「大丈夫だ、フォックス。今の俺達なら……!」

 身の内に溢れる力を纏う。フォックスの全身が赤く輝く。まるで炎のように……。襲い掛かる鮫はその口を開き、凶悪な顎でフォックスを赤い光ごとを呑み込んだ。

 爆発が生じた。トンネル全体を揺らすほどの強い衝撃。そして蒸気のようにエネルギーの残滓が舞い上がる。

「所詮はただの子供。口ほどにもない……」

 エランドの声が聞こえた。でも、俺達はやられてなんかいない。体が軽い。体が熱い。怒りが、正義の心が、俺とフォックスを突き動かす!

「うおおぉぉっ!」

 立ち昇る蒸気のようなエネルギーを、フォックスの放つ熱が一気に吹き飛ばす。そして走る。軋む機体は嘘のように軽く、今までにないほどの力が溢れていた。

 怒りを拳に込めて殴る。

「ぐうっ!」

 エランドのギアの左腕が呆気なく潰れて千切れ飛ぶ。

 炎を纏いながら蹴りを打つ。

「ぬああっ!」

 エランドのギアは爆炎に包まれて吹き飛んでいく。だが踏みこらえ、今度は反撃を仕掛けてくる。青く輝く拳。エレメンタルを纏ったパンチだ。

 鉄のぶつかる音。それはフォックスの右手がパンチを受け止めた音だった。さっきはあんなにも恐ろしかったエランドの攻撃が、今は何も怖くない。俺とフォックスに宿ったエレメンタルが、途方もない力を与えてくれていた。

 受け止めたエランドのギアの右拳が音を立てて熔けていく。すさまじい熱がフォックスの体を包んでいた。

「馬鹿な……馬鹿な……同じエレメントでこうまで差があるはずが……!」

 エランドが怒りと恐れに顔を歪めていた。この男に憧れていたことが嘘みたいだった。街のみんなをだまし、ひどい目に合わせて、自分だけいい思いをしようとしていたんだ。こいつはとんでもない悪党だ。

 俺はエランドのギアの手を溶かしながら握りつぶした。エランドは怯えるように、覚束ない足取りで後ろに下がる。そこにエクストラマイスターとしての誇りは見る影もなかった。

「お前には罪を償ってもらう。お前が傷つけた人全員に謝れ!」

 フォックスに宿った力を両腕に集める。白熱化し、そして強い熱が周囲に放たれる。落ちている資材は燃え、地面ですらが熔けてガラスのようになり始めた。

「待て……許してくれ……! 君も私のファンなんだろ? 何でもする! だから助け――」

 それ以上エランドの戯言を聞く気はなかった。マインディウムに宿る獣が吠える。猛々しいその吠え声は今までに聞いたどんな動物のものとも違っていた。その姿のイメージが頭に浮かぶ。かつて、神話の時代に生きていたとされる存在。全ての生物の頂点に位置する獣のうちの一体。炎の化身。

「赤き龍の波動よ! いけぇーーっ!」

 両腕から灼熱のエネルギーが放たれる。空気を一気に膨張させ周囲のものを吹き飛ばし、そしてエランドのギアを飲み込む。燃え、熔け、蒸発し、エランドのギアは消滅していく。しかしその熱はエランド自身を焼くことはなく、その体は地面に放り出された。

「……やった、のか」

 急に体から力が抜ける。フォックスの機体からも赤い光が消え、エネルギーレベルが低下する。だが目の前にはエランドのギアの残骸と地面に倒れ伏すエランドの姿があった。その背後、トンネルの壁面には大きな穴が開いて、その縁はまだ赤く焼けているようだった。

「……そうだ、シュナイダーさんは?!」

 重くなったフォックスを何とか動かしシュナイダーさんのギアに走り寄る。操縦席から降りてシュナイダーさんのギアに飛び乗り、操縦席に近づいて声をかける。

「シュナイダーさん! 大丈夫ですか?!」

「む、うぅ……」

 シュナイダーさんは目を開け、そして意識を取り戻したようだった。

「これは一体……奴はどうなった?!」

 慌てた様子でシュナイダーさんが聞く。俺はほっと安心して答える。

「やっつけましたよ、俺とフォックスが。マインディウムが力をくれたんです」

「君が? あの男を……?」

 信じられないといった表情でシュナイダーさんは俺を見ていたが、しばらくすると何がおかしいのか笑い始めた。打ちどころでも悪かったんだろうか?

「何がおかしいんです?」

「いや、全ては……ローディアスの計画通りだったのかと思ってな。マインディウムが君に届けられ、俺と一緒にここにくる。そして、マインディウムの力を目覚めさせる。ひょっとするとその全てがローディアスの計画だったのかもしれん。今思えばそうとしか考えられない。それ以外の形で、この事件の解決はあり得なかっただろうからな……」

「兄が……計画してた……?」

 そんな馬鹿な。こんな滅茶苦茶なことをあのローディアス兄ちゃんが……? でもひょっとするとシュナイダーさんの言う通りなんだろうか。ローディアス兄ちゃんが帰ってこないのも、身を隠しているのも、それに何か関係しているのかも知れない。

「エランドはそこにいるんだな? 縛って連れて帰ろう。それと……痛てて、おれのギアを起こしてくれ」

「あ、はい。分かりました」

 俺はシュナイダーさんのギアを引き起こして立たせる。そしてシュナイダーさんは俺を見て言った。

「まったく、とんだ事件だった。報告書に書いても誰も信じてくれないな」

「書くんならかっこよく書いてくださいよ。ダイロック大活躍って」

 そう言うと、シュナイダーさんは大きな声で笑った。

「大した男だよ、君は。あのローディアスの弟だけはある」

「そう……ですね。俺はローディアス兄ちゃんの弟ですから……」

 ローディアス兄ちゃんは見つからなかった。どこか離れた所で見ていたのだろうか。何も分からないままだけど、とりあえず街に平和が戻った。

 俺は帰り道に、こんなにボロボロになったフォックスの事でジト爺から文句を言われるんだろうなと思った。それにリタからも。でもそれが俺の守りたかった平和な日常だ。誰にも邪魔されたくない、俺の宝物。

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