5 追跡

 シュナイダーさんは置いてあった自分のギアに乗って俺の前を歩いていた。右が白、左が黒でさっき見せてもらったマインディウムと同じ色だった。ギアも同じ色にしなきゃいけないルールでもあるんだろうか。

 シュナイダーさんのギアは戦闘用らしく動きが機敏だった。俺はシュナイダーさんに遅れないようについていくだけで精一杯だ。そして地面に続くスライムの足跡を追い、やがて、街の外れ、森の入り口に辿り着いた。

「ここは……新規開発候補地。立ち入り禁止の場所ですよ」

「そのようだな」

 目の前には林道が続いているが、立ち入り禁止のトラロープが千切れて地面に落ちていた。地面にも重い体を引きずったような跡がある。

「行くぞ。スライムは人間のルールなんか気にしない。どこに逃げたのか突き止めるぞ」

「はい!」

 シュナイダーさんのギアが林道を進んでいく。俺も遅れずについていく。

 フォックスの今のエネルギーレベルは七一パーセント……機関には幸い異常がないみたいだけれど、エネルギーがこれ以上上がらない。やっぱりさっきクリーパーから攻撃を受けたのが原因だろう。

 でも、だからってここで帰るわけにはいかない。兄ちゃんの手掛かりがあるかもしれないんだ。それに、街を滅茶苦茶にしたスライムを許すことはできない。

 周囲に気を配りながら林道を進んでいく。すると、森が途切れて開けた場所に出た。奥の山の方まで重機の通った跡が続いていて、そこに黒っぽい塊が見えた。

「シュナイダーさん!」

「ああ、見えている! さっきのクリーパーに違いない。お前は後ろで見ていろ!」

 シュナイダーさんのギアが一気に加速する。すごいパワーだ! さすが建設用じゃなく戦闘用なだけある!

 向こうのクリーパーもこっちに気付いたのか、丸い塊の形から四足歩行になった。そしてシュナイダーさんのギアを迎え撃つようにこっちへ走ってくる。俺は少し離れた所でフォックスを停めた。

「悪いが手短に片付けさせてもらう! おおぉぉっ!」

 シュナイダーさんのギアが跳び上がりクリーパーに迫る。そして空中で蹴りを放った。

 重い鐘でも打ったような音が響き、クリーパーが後ろに吹っ飛ばされる。あの重いクリーパーに力負けしていない。いや、圧倒している!

「クロサイの波動!」

 素早く繰り出された右ストレートがクリーパーを打ち抜く。拳からは黒いエネルギーが放たれ、文字通りクリーパーの体を貫いていた。クリーパーはそのまま吹っ飛ばされ、山肌に叩きつけられる。クリーパーは起き上がる事が出来ず、形を失い地面に垂れて広がっていった。

「すごい! あっとう言う間にやっつけた……!」

 俺はシュナイダーさんに駆け寄る。戦闘で熱を持ったのか、シュナイダーさんのギアからは陽炎が立ち昇っていた。こんな風に動けるギアがあるなんて、俺は知らなかった。

「終わった……終わったんですか?」

 随分とあっけなかったけど、それもシュナイダーさんの強さゆえだろう。ローディアス兄さんがいるかも知れないと思ったものの、何だか全然関係なかったようだ。

「スライムは強い衝撃を受けると、鉱精で繋ぎ止められていた泥質が拘束を失い元の泥に戻っていく。これで終わりだ」

 クリーパーは丸い塊になっていたが、シュナイダーさんの言うように端からボロボロと崩れてただの泥っぽい土になっているようだった。

「じゃあ街の方も一安心ですね」

 そう思ったけど、シュナイダーさんはまだ険しい顔をしていた。そして少し離れた位置にあるトンネルの入口を見ていた。

「こいつはこのトンネルで生まれたんだろうな。中がどうなっている事やら……」

 そう言い、シュナイダーさんはトンネルに近づいていく。

 入口の脇には看板があり、第十五番トンネル掘削候補地と書かれていた。

「新しい資源採掘トンネルの候補地か。スライムもさぞ地中に溜まっていることだろうな」

「そう、ですね……」

 俺は看板を見ながら、何かが頭に引っかかっていた。何かを忘れているような……。

「第十五番トンネル……十五……TN……! 十五TN……石と一緒に入っていたメモに書いてあった言葉だ!」

「何だと? メモ? そういうことは先に言え!」

 シュナイダーさんが鋭い目で俺を睨む。

「すいません……関係ない紙のゴミかと思ってて……石と一緒にサンプラーの土の中に紙が入ってたんです。十五TN……そう書いてありました」

「十五TN……この第十五番トンネルということか。ここからスライムが現れる……ローディアスはそれを伝えようとしていたのか? 一体どこでその情報を手に入れたんだ……肝心のローディアスの姿もない」

 シュナイダーさんは口元に手を当てて考え込み始めた。

「……トンネルの中を見てみよう。まだ何かあるかもしれん」

「この中ですか? 何かって……何があるんです?」

「ローディアスが伝えようとしたものがだ。行くぞ」

 シュナイダーさんのギアが照明をつけてトンネルに入っていく。俺もそれに続く。フォックスの照明はさっきの戦いで壊れていたので、俺は座席の脇から発光棒を出した。中には二種類の液体が入っていて、中のガラス容器を折ると混ざって光る。俺はパキンと中の容器を折ってからトンネルの先の方に投げた。光はそれほど強くないが、全体がぼんやりと見えるようになった。

「何も……ありませんね」

 見えるのは掘削途中のトンネルの掘削面、切り羽だけ。周りには測量に使うポールやスコップ、手押し車のような道具が置いたままになっている。結構乱雑に置かれているけど、ここの現場責任者は相当だらしのない人間だったようだ。

「ここに……ダークギルドでしたっけ? そいつらの悪事の証拠があるんですか?」

「ああ……目の前にある……」

「え? どれですか?」

 俺は見回してみるが、それらしい証拠を見つけることはできなかった。シュナイダーさんは何を見ているんだろう?

「切り羽をよく見ろ」

「切り羽を? 灰色の土が見えるだけじゃ……まさか?!」

 俺は息を呑んで切り羽をよく見る。そこには灰色の土が一面に広がっている……でもそれはただの土じゃない。スライムだ。途方もない量のスライムが染み出してきていて、それで壁一面がスライムで覆い尽くされている。

「こ、こんなのどうすれば……!」

 俺の動揺がフォックスにも伝わり、フォックスが怯えるように数歩後ろに下がる。

「落ち着け。まだ染み出ているだけで圧力開放されていない。だが、それも時間の問題か……これか、ローディアスが伝えようとしていたのは。もしこれが全部自由になり街を襲ってきたら、未曽有の大災害になるぞ……!」

 シュナイダーさんの言うとおりだ。シュナイダーさんのギアならクリーパーでもやっつけられるけど、街にある普通の建設用のギアじゃ俺と同じようにやられるだけだ。ただのスライムとは訳が違う。中には熟練の操縦者で戦える人もいるだろうけど……例えばエランドのようなマイスター以外では勝負にならないはずだ。

「街を壊すのがダークギルドの目的? 一体何のために?!」

「全ては予算獲得のためだよ」

 トンネルに突然響いた声。いつの間にか、俺達の背後には誰かのギアが立っていた。発光棒の光でぼんやりと照らされるその姿には見覚えがあった。そして、さっきの声にも。

「……エランドさん?」

 俺がそう言うと、昼間聞いたあの声で影は喋り始めた。

「ああ、いかにも私はエランドだよ。君たちは……街の住人か? その白黒のギアは見た覚えがないが……見る限りでは戦闘用だな」

 シュナイダーさんのギアは振り返り、油断のない鋭い視線でエランドさんの方を見た。

「予算の為……そう言ったな。 お前か? 泥震でギャザーやクリーパーに街を襲わせたのは?」

「そうだ。新しいトンネルの掘削時にスライム災害が起こることは珍しくない。だが街を襲われるとなると大事おおごとだ。しかし、それを乗り越えてこそ事業は一層価値を持つ。私の今後の仕事もやりやすくなるというものだ」

「……街を救う英雄にでもなるつもりか?」

 シュナイダーさんのギアが静かにゆっくりとエネルギーを高めているのが分かった。そし一歩ずつ前に進んでいく。

「既にそうだよ。私は英雄さ。街を襲っていたギャザースライムは私の部下が破壊した。本来ならクリーパーは私が破壊する予定だった……君に横取りされたがね」

 そう言いながら、エランドさんは小さく笑った。俺は混乱していた。エランドさんがスライムに街を襲わせた? 一体何を言ってるんだ? あのエランドさんがそんな事をするはずないじゃないか?!

「街を救った後は、ここにいるスライムも倒す予定というわけか。自作自演だな」

「そうだ。そして第十五番トンネルの新規事業を私が落札する。スライム退治そのものは総合評価において加点対象にならないが、それを審査する人間の心証には影響を与えるだろう。必ずエランド建設が落札する。そしてトンネルから資源を採掘し街の復興にも寄与する。エランド建設は儲かり、街も助かる。そうなれば降ってくる予算、うちの利益はさらに大きくなる……」

「そしてダークギルドは版図を広げる……」

 数秒の間を置いて、エランドさんは笑った。どこか陰のある笑い。俺が憧れていたあのエランドさんと同じ人間とはどうしても信じられなかった。

「君はよく知っているな? ダークギルドには敵対組織があると聞いていたが、そこの一員か。そっちの子供もか?」

「……ダークギルドに唆されたのか? 英雄とやらが聞いて呆れる」

「工事は仕事。仕事の目的は如何にして利益を上げるか、だ」

 違う。エランドさんは言っていた。仕事は街に暮らす人たちを幸せにするためだって言ってたじゃないか!

「お前は偽物だ! エランドさんはどこだ!」

 俺の言葉に、首をかしげてそいつは答えた。

「私が本物、正真正銘本物のエランドだよ。子供の夢を壊して悪いが……これが本当の私さ。表向きの言葉はすべてイメージ戦略に過ぎない。さて……」

 奴のギアが大きく手を広げた。そして動力の唸る音が離れたここからでも聞こえてくる。エネルギーレベルを上げているようだった。

「君たちに見つかるとは想定していなかった。しかし、ここで君たちがいなくなれば全ては丸く収まる。新しいスライムは明日予定通り街を襲い、それを私が撃退する。そして私たちは英雄となる……」

 奴の表情から薄ら笑いが消えた。俺は息を呑み、そして覚悟した。こいつは俺達を殺す気だ。エランド……これが本当のエランドなのか?!

「誰かは知らんが、さらばだ。ここに辿り着いた自分達の不幸を呪うがいい」

 エランドのギアが地を蹴り疾走する。シュナイダーさんも同じくらいの速度でエランドに向かって走っていく。

 そのままぶつかる……そう思った瞬間、シュナイダーさんのギアが跳びあがった。そして斜め上から激しい打ち下ろしのパンチを叩き込む。

 エランドはそれを左腕で受け、そのまま前に出てシュナイダーさんのギアに体当たりする。シュナイダーさんのギアは後方に飛ばされ、地面を抉りながら踏みとどまった。

「中々やるじゃないか!」

 そう言いながら、今度はエランドが攻撃を仕掛ける。左右の拳が入り乱れ、そして蹴りを放ってくる。シュナイダーさんはそのどれもを僅かな動きでかわし、弾いていた。すごい……どうやったらあんなに正確に動くことができるんだ?!

「ぬうっ!」

 シュナイダーさんのギアが踏み込み、そして横向きに蹴りを打つ。

「うぐあっ?!」

 蹴りはまともにエランドのギアの胴に叩き込まれた。大きく姿勢を崩したエランドに、シュナイダーさんは更に攻撃を仕掛ける。

「クロサイの波動よ!」

 シュナイダーさんのギア全体が陽炎のように歪み、そして黒い光に包まれる。大きく引いた右腕、その拳に光が集まり、パンチと共にエネルギーが前方に放たれる。

「ええい、サメの波動よ!」

 シュナイダーさんに少し遅れ、エランドのギアも青い光に包まれる。そしてシュナイダーさんと同じように右の拳からエネルギーを放った。

 黒と青のエネルギーがぶつかる。地が震え、風が破裂し、俺とフォックスは爆風で後ろに押される。舞い上がる砂塵に目を細めていると、二体のギアの姿がぼんやりと浮かび上がってきた。

 エランドのギアは膝をつき、シュナイダーさんのギアはしっかりと立っていた。

「勝負あったな、エランドとやら」

 朗々とした声でシュナイダーさんが言った。

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