4 謎の戦士

「でも、だからって、やられてたまるか!」

 後ろにはリタとジト爺がいる。それにこの家だって守らなきゃいけない。周りには誰もいないんだ。だったら俺が頑張るしかない!

 でも……いくら頭で思ったってこのクリーパーには通用しない。何度も何度も踏みつけられ、その度にフォックスは壊れていく。ごめんよ、フォックス! 俺がもっと強ければ! みんなを守る力があれば!

 不意に、熱さを感じた。皮膚を炙り、指先が燃えるような感覚。痛みじゃない……これは、何だ?!

 目の前が急に真っ赤になり、そしてクリーパーの体が弾かれた。燃えている……違う?! これは何だ? 赤い光が俺とフォックスを包んでいる。まるで俺達を守る様に……?! 一体何が起きているんだ?!

「やはり赤のマインディウムはここにあったか」

 聞き覚えのない男の声が聞こえた。声の方を向くと、そこには一人の男が立っていた。

(何だ……一体何が起きているんだ?)

 急に周りが赤くなったかと思ったら、今度は知らない人がそこにいる。俺は頭の打ち過ぎで幻覚でも見ているのか?

 だが、目の前のクリーパーは幻覚なんかじゃない。一度はこの赤い何か、俺を包み込むエネルギーの様なものにに弾かれたが、再び体を反らして俺に襲い掛かろうとする。

 だが一瞬早く、足元の男が動いた。危ない、クリーパーに踏みつぶされる!

「クロサイの波動!」

 クリーパーの脚が振り下ろされるより速く、その足元から男の人がドリルを構えて飛び上がった。その体は何かもやのような物に包まれ、そしてそのまま体当たりしてクリーパーを吹っ飛ばした。

(ドリルを持ってる……? 一体何なんだ?!)

 見間違いかとも思った。だがその男は確かにクリーパーに突っ込み、今は俺の足元に立っている。可搬式の掘削ドリルを右肩に掛け、何事もなかったかのように。

 クリーパーは十メートルくらい向こうに吹っ飛ばされて、姿勢を低くして体を波立たせていた。まるで犬のように怯えているかのようだった。

「人間がドリルで……? そんな馬鹿な!」

 足元にいる男がドリルでクリーパーを吹っ飛ばした? そんな馬鹿な。いくら力持ちの人だって、あんなに巨大なクリーパーを吹っ飛ばすなんて無理だ。でも、確かにこの人がやったんだ。それに何とか……サイがどうとか叫んでいたような……?

「見た所君は子供のようだな。戦士ではない……ならば下がっていろ。こいつは私が何とかする」

「え……なに……?」

 俺が戸惑っていると、俺の周囲の赤い何かは薄れて見えなくなった。そしてドリルを持った男は再びクリーパーに突っ込んでいく。ドリルの回転する音が聞こえ、その先端のビットがクリーパーの胴に真下から突き入れられる。

 重機と岩がぶつかったような激しい音が響いた。クリーパーの体は宙に浮き、そしてその無防備な状態に更に男のドリル攻撃が突き刺さる。

「砕けろ!」

 もやのような塊がドリルの先端から放たれ、それが巨大な矢のようになってクリーパーの体を刺し貫いた。

 すごい……?! でも一体何なんだ? とても人間技じゃない……!

 攻撃を受けたクリーパーは崩れるように地面に叩きつけられた。そして大きな丸い形になると泥震を起こし、逃げるように俺達から離れていった。まるでゴムまりのようにバウンドし、クリーパーはどんどん遠くに行ってしまう。

「仕留めきれなかったか……そこの少年、無事か?」

 ドリルを持った男の人が俺に向かって呼びかける。

「はい……無事……です。ギアはちょっとやられちゃったけど……」

 俺は荒く息をつきながら答える。フォックスのエネルギーレベルは二四パーセントにまで低下していた。随分手ひどくやられた……でもボディカバーが壊されただけで、メインフレームそのものにはそれほど損傷はないようだった。フォックスはまだ動ける。

 俺は倒れていたフォックスを起こして膝をつかせた。動くと体に引っかかっていた木片がバラバラと落ちていく。

「リタ! ジト爺! 大丈夫か?!」

 振り向いて大声で二人に呼びかける。足元に広がるのはほぼ全壊した家だ。玄関と客間を超え、居間と台所の方まで壁が壊れて中が見えるようになっていた。隣のギア庫も半壊で、色んな工具が散乱しクレーンも切れてぶら下がっている。

 被害をこの程度で食い止めた……と言えるのだろうか? 何もせずにいればあのクリーパーだって俺の家を襲ったりはしなかったかもしれない。それに、俺はほとんどクリーパーと戦えていなかった。口先だけで……何も守る事なんてできなかった。

「ダイロック! そっちは怪我はない? フォックスがボロボロじゃない?!」

「ギアを壊すとは何事じゃ! そいつは七代前から使い込んだ家宝じゃぞ!」

 リタの心配する声と、ジト爺の小言が良く聞こえた。台所の地下室に入っていたみたいで、どうやら二人とも怪我はなさそうだった。

「君! 君がダイロックか!」

「え? は、はい! 俺がダイロックです!」

 俺は声のした方に振り返る。さっきの男の人が険しい目つきで俺を睨んでいた。一体なんだろう。俺の名前を知っているし、こんな風に睨まれる覚えなんかないんだけどな……?

「君宛に荷物が来なかったか? 白いマインディウムが」

「マインディウム……あ、はい! 届きました! 今降ります」

 俺は操縦席から縄梯子を降ろして地上に降りる。降りた所は客間……下から見ても、随分と風通しがよくなってしまっていた。

「荷物はどこにある?」

 男の人は切迫した雰囲気で俺に聞いた。ただならない気配を感じ、俺は緊張しながら答える。

「向こう……崩れちゃったけど、あの辺にあります」

「見せてくれないか。それは重要なものなんだ」

「はい……分かりました」

 俺は物置の方まで歩いて、散乱している瓦礫をいくつかどけた。するとあの木箱が、半分潰れていたけど見つかった。中のロッドまでは壊れていないようだ。

「……あの、聞いていいですか?」

 俺はロッドに手をかけながら、男の人に聞いた。

「これ、何なんですか? なんで俺宛に?」

「君はまったく事情を知らないのか……?」

「事情って?」

 俺がそう聞くと、男の人は視線を外し何か考えているようだった。十秒ほどの沈黙の後、男の人は話し始めた。

「私はシュナイダー……赤の切り羽という組織の一員だ。メンバーの一人がある重要なものを発見し、それを君宛に送った。私はそれを追いかけて来たんだ」

「赤の切り羽……?」

「知らないだろう。覚える必要もない。影に生きる組織だからな……ローディアスは知っているな?」

 思わぬ名前が出てきたことに、俺はぎょっとする。この人はローディアス兄ちゃんを知ってるのか?

「ローディアスって……俺の兄です」

「荷物を君に送ったのはローディアスだ。そして彼自身もこの街に来ているはずなんだが……結局見つからずじまいだ。そうこうしている内にこの騒ぎ……何故君宛に荷物を送ったのか真意を確かめたかったのだが……しかし、さっき分かったよ」

 男が荷物を指さす。手元のロッドを見ると、内側から赤い光が漏れているのが見えた。恐る恐るサンプラーを抜き出すと、あの白い石が赤い光を放っていた。マインディウムのエネルギー、鉱精の光のようだった。

「それは特に希少なマインディウム……恐らく何らかのエレメンタルだ。私のマインディウムと同じように」

 そう言い、男の人は提げているドリルから何かを取り出した。それは白と黒の二色で綺麗に分かれた丸い石だった。

「それが……エレメンタル?」

「そうだ。マインディウムには動物や植物の性質が宿る場合がある。特にその特徴が強い場合、元となった生物に由来する強い力を発揮する。それをエレメンタルマインディウムと呼ぶ。私が持っているのはシロサイとクロサイの二つの性質を持つマインディウムだ」

 シロサイとクロサイ……そう言えばさっきクロサイとかなんとか叫んでこの人は攻撃をしていた。あの力がエレメンタルの力って事か。人が巨大なクリーパーと戦えるなんて……そんなマインディウムの力は聞いたことがない。

 俺はサンプラーの中から赤く発光する白い石を手に取った。熱い……じりじりと火傷をしてしまいそうな程に熱い。でも不思議と危険な感じはしない。それどころか、体に元気が流れ込んでくるような不思議な感覚があった。

「エレメンタル……この赤い奴もエレメンタルなんですか?」

「そうだ。エレメンタルは持ち主を選ぶ。そいつは試した限りでは誰も使えなかったんだが……君なら使えるとローディアスは考えたのだろう。何故そんな事を知っていたのかは不明だが……」

「使うって……赤く光るって事ですか?」

「その光は適合の印に過ぎない。力を使うというのは、さっきクリーパーを弾いた赤い障壁のことだ。エレメンタルは攻撃や防御のために強い力を発揮する」

「赤い障壁……さっきの赤いもやもやした奴ですか?」

「そうだ。君が直接触れなくてもそのマインディウムは力を発現した……普通では考えられないが、つまりそれほどまでに君とそのマインディウムは相性がいいという事なのだろう」

「相性がいい……? そうなのか?」

 手の中にある石は何も答えない。しかし放つ光は、確かに俺に力を与えてくれているようだった。

「あの……!」

 話し込む俺達の後ろから、いつ出てきたのかリタが声をかけてきた。

「ローディアス兄さんがこの街に来てるって……本当なんですか?」

 シュナイダーさんはリタとジト爺を見て、俺に聞いた。

「そこのお嬢さんとご老人は君の家族か?」

「はい。ローディアスが一番上で、次がリタ、そして俺。ジト爺に拾われて家族になったんです」

「ふむ……血縁ではないのか」

 血が繋がっていない……その事をシュナイダーさんは気にしているようだった。

「ローディアスを最後に確認したのは二か月ほど前だ。それ以降は足取りが分かっていない。元々潜入捜査をしていたのだが、我々仲間からも隠れるようにして動いている。一体何を考えているのか……しかし、今はローディアスよりもクリーパーどもだ。奴らは恐らく根城に戻っている。再び町を襲う前に片付けておく必要がある」

 シュナイダーさんは肩から提げたドリルを撫でつけ、そしてギガマインの方を見た。さっきのクリーパーはギガマインのどこかからやってきたはずなのだ。

「……このクリーパーの事と兄は何か関係があるんですか?」

「何故そう思う?」

「あなたは兄を追っていて、そしてクリーパーとも戦っている。まるで……」

 俺はそれ以上の言葉を言う事が出来なかった。まるでそれが本当のことになってしまうような気がして。だが、シュナイダーさんは静かな声で言った。

「……ローディアスが手引きをしている、か」

 俺は何も答えられずに、ただシュナイダーさんの目を見つめる事しかできなかった。兄さんはそんな悪い事をするような人じゃない。でも、送られてきたこのマインディウムは何なんだ? それに何故、仲間からも隠れるような真似をしているんだ? 訳の分からない事ばかりだった。

「荷物のあて先が欲深な商人であったなら、俺も疑っただろう」

 そう言い、シュナイダーは不敵に笑った。

「だが荷物は君宛に届いた。そして君はそのマインディウムに、奇跡的にも強い強度で適合している。ローディアスの真意は不明だが、これは悪意を以て為されたことではないと俺は考えている……ローディアスには何か考えがあるんだ。そして、何かの理由で姿を隠す必要がある。そういう事さ。黒幕は別にいる」

「黒幕?」

「そうさ。スライム、それもクリーパーなんてのはこんなに山から離れた所で暴れるようなもんじゃない。もしそんな事があるとすれば、それは誰かが招いたという事さ」

「どうやってそんなことを?! それに、一体何の為に?!」

「招く方法は単純だ。泥震……奴らが引き寄せられる特定の周波数があると聞いたことがある。恐らく音で招き寄せたんだ。しかし誰が何のためにとなると、街に来たばかりの俺には分らんな。街がこうなって一番得をする奴……そいつの仕業だろう」

「街が……こんなに滅茶苦茶になって得をする奴なんて……」

 俺は壊れた自分の家を見回す。斜向かいの家も壊されているし、向こうでもまだ大きな音が聞こえ続けている。みんなの街が壊されてしまっている。そんなことを喜ぶ奴なんて……!

「そんな人いないよ! この街にはそんな悪い奴はいない!」

「君にはそう見えても、世の中ってのはもっと複雑だ。街を直すためには人も金も動く。そしてスライムを片付ければ名も挙がる。どこかで誰かが得をする。そういうもんさ。さて、そのマインディウムは君が持っていてくれ。私はクリーパーを退治しに行く」

 そう言うと、シュナイダーさんはギガマインの方へ歩き出そうとした。俺はその姿を見て、躊躇ったけど、どうしても我慢できなくなって声を掛けた。

「待って!」

 シュナイダーさんは足を止め、俺の方を振り返った。

「何かな、少年」

 自分の脚が震えているのが分かった。自分にはできっこないとも思った。でも、ここで行かなければ、一生ローディアス兄ちゃんには会えないような気がした。手にしたマインディウムからの熱が俺の心を動かしていた。

「……俺も連れて行って! ローディアス兄ちゃんがいるかも知れない!」

「そこにローディアスがいるとは限らん。奴は黒幕ではないだろうし、かといってスライム退治に姿を現すとも思えん」

「でも他に手掛かりはないんだ! この三年間、ずっと探してた! ようやく見つけた手掛かりなんだ! 俺も連れて行ってください!」

「……その壊れかけのマイニングギアで行く気か?」

「フォックスはまだ壊れてない! 見た目ほどやられちゃいない! 動けます!」

「素人がついてきても邪魔なだけだ。最悪、命を落とす。次も俺がお前を守れるとは限らない」

「自分の身は……自分で守ります! 何とかします!」

 自分でも無茶苦茶なことを言っているという自覚があった。だがシュナイダーさんは俺の言葉を笑いもせず、真正面から受け止めてくれていた。そして、シュナイダーさんは小さく笑った。

「……いいだろう。来るなと言っても勝手について来る顔だ。一緒に来い」

「本当に……! いいんですか?!」

「行くと言ったのはお前だろう。それに、お前がいればローディアスも姿を見せるかもしれん。試してみる価値はある」

「……あ、ありがとうございます!」

 俺は地面にぶつかりそうなくらい頭を下げた。

「ダイロック、無茶はやめて……って言っても、あんたは行っちゃうのよね」

 リタがうっすらと涙を浮かべながら俺を見ていた。

「リタ、ごめん。でも行かなきゃ。ローディアス兄ちゃんを見つけに行くよ」

「うむ。男にはやらねばならん時がある。行け、ダイロック! わしらの分までローディアスを探してきてくれ!」

 ジト爺の優しいまなざしが俺を見ていた。俺は二人に背を向けて、流れそうになる涙をこらえていた。

「じゃあ行くぞ。そのマインディウムは持ってこい。必ず役に立つはずだ。何が待っているにせよ、な」

「はい、分かりました!」

 俺はフォックスを見上げた。お前も話は聞いていたな、フォックス? つらいだろうが、お前にはもうひと頑張りしてもらうぞ!

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