3 恐怖! 襲い掛かるクリーパー!

「ううん……何だ……鐘の音……?」

 真っ暗な部屋の中で目を開けると、遠くから響く鐘の音が聞こえた。ぼんやりとした頭でその音を聞く。

 ……半鐘だ!

 俺はがばりと身を起こして窓の外を見た。赤く燃えてはいない。しかし火事か何か、大規模な事故が起きた時にしか半鐘は鳴らさない。街で何かが起きている。

 俺は窓に駆け寄って外を見る。俺の部屋は二階だけどそんなに見通しは良くない。でも、遠くでバリバリと木の割れるような音が聞こえる。三日月の光にぼんやりと土煙が立っているのも見えた。何だ?! 一体何が起きている?

「ダイロック! ダイロック! 起きろダイロック!」

 一階からジト爺の声が聞こえる。俺は大急ぎで一階へと急ぐ。

「おお、ダイロック! 何か事故が起きている。詳しくは分らんが……近くの連中はギアで向こうに集まっとるようじゃ」

「事故って……坑道でじゃないよね? 街の中で?」

 俺達が住んでいるのはギガマインの外だ。ギガマインをくり抜いて作った居住区は補強されて崩れないようになっているけど、もし天井が落ちてきたら街にも被害が出る。

 でもここはギガマインの外だ。何かが降ってきて壊れる心配なんてないけど……一体何が起きてるんだ?

「ダイロック! 一体何がどうなってるの?!」

 リタも起きたらしく一階まで降りてきた。その顔には不安の陰がある。それはそうだろう。半鐘が鳴らされたなんて、俺は今まで聞いたことがない。せいぜい避難訓練の時だけで、本番で使用されたなんて聞いたこともない。

「どうする? うちも行く?」

 俺は外の様子を見る。すると確かにマイニングギアで音のする方に向かっている人たちが見えた。カドアさん、スウェッジさん、それにバリオン工務店もだ。

「おい、何が起きてるんだ!」

 俺は店の前を走っていく人に大声で呼びかける。

「分らん! だがクリーパーが街に出たらしい! 安全なところに避難しろってよ! ギアのある奴は全員招集だ!」

 男の人はそれだけ言って向こうに走って行ってしまった。

「クリーパー? スライムがこんな所にまで? 」

 スライムは本来、掘削した土砂に交じる泥土のことだ。ボーリングしてると泥土が溜まってロッドが抜けなくなったり、工事現場からの排水に茶色い泥の跡が付いたりする。そう言うやつの事なんだが、今言っているのは別の奴だ。

 マインディウムには不思議な力がある。それは採掘して生成しないと本来の力を発揮しないが、自然の原石状態でもごく微量に鉱精が周囲の土中に漏れ出る。それが長い時間をかけて堆積すると暗灰色の粘土のようなエネルギーの塊になる。それがスライムと呼ばれるものだ。

 それはただのエネルギーの塊じゃない。元となったマインディウムの性質を持つエネルギーの塊で、例えば動物の記憶をもつ冷却系のマインディウムだと、周囲を冷やしながら徘徊するスライムなんかになってしまう。木の補強材を燃やして食べる奴もいるし、粘液で金属を腐食させるような奴もいる。

 そう言うスライムの中でも特に、寄り集まって大きくなった奴はギャザーと呼ばれる。そして集まって動物のように俊敏に動き回るものはクリーパーと呼ばれる。

 どちらも大規模な掘削の時に現れることがある。地中に溜まっていた鉱精が一気に開放されるからだ。そうなったらマイニングギアで退治するしかない。

 でも、ギガマインの中ならクリーパーが出てもそれほどおかしくはない。しかしここはギガマインの外で、どの現場からも遠い。こんな街の中にスライムが、しかもクリーパーが出るなんて……!

 遠くで聞こえる壊れる音にも納得がいく。クリーパーが街の中で暴れまわれば建物も何もかも壊されてしまうだろう。

「どうしよう、ジト爺! 俺も行くべきかな?!」

「何を言っとる! お前はまだ免許を取っとらんじゃろうが!」

「この非常時に免許なんかどうでもいいだろ! 動かし方は分かってる! 俺だって町を守りたいんだ!」

「駄目よダイロック! うちのおんぼろギアじゃ逆にやられちゃうわよ! 行っちゃ駄目!」

 リタの言葉にジト爺が気色ばむ。

「何を言う、リタ! 型式こそ古いがあのギアはちゃんとわしが整備しておる! 馬力こそいまいちじゃが、スライム如きに遅れはとらん!」

「普段まともに操縦もしてないのにいきなり戦うなんて出来る訳ないじゃない! 土砂を積み下ろしするのとは訳が違うのよ!」

 ヒートアップする二人。でも今はそんなことを言い合っている場合じゃない。すぐそこにまで危険が迫っているかもしれないんだ!

「ああ、もう! 二人が喧嘩してどうするんだよ! 分かった! とりあえずギアに乗るよ! 万一こっちに来たら戦う。それでいい?」

「うむ……確かにこの家も守ってもらわんとな」

「ダイロック! 危なくなったらすぐに逃げるのよ!」

「よし、決まった! じゃあ早速!」

 俺は物置の方を通ってドアから隣のギア庫に移動する。始動キーを取り、ギアにかけてあるシートを引っ張って降ろす。一気に埃が舞い上がり、うちのギアの姿が露わになる。

 高さ六メートルほどの人型の重機、マイニングギア。マインディウムをエネルギーとして動く建設機械だ。手足は色んなアタッチメントに付け替えて色んな工事に対応できるが、うちのは標準のアームと二足歩行の脚がついている。奥には無限軌道型の脚もあるけど、壊れていて修理する金もないのでほったらかしだ。でもクリーパーが相手なら、小回りの利く二足歩行の方が有利だろう。

「乗りたい乗りたいとは思ってたけど、まさかこんな形で乗ることになるとはね……」

 俺は梯子をかけて右肩の上に上がる。本来は手摺のない形での条項は法律違反になるが細かい事は言っていられない。とにかく俺は乗り込んで、ギアの頭部にある操縦席に体を滑り込ませる。

「行くぞフォックス! エンジン始動だ!」

 俺は始動キーを差し込みエンジンを暖機モードにする。識別コードフォックストロット十二。略してフォックスだ。

 エンジンが徐々に熱を帯びていく。温度計でエンジン温度を確認、始動する。マインディウムのエネルギーがギア全体に流入し唸りを上げるが、まだ関節の動きが硬い。二か月ぶりの起動で、フォックスはまだ機嫌が悪いらしい。

「でもな、フォックス! 今はなんかやばそうだからお前の力を貸してくれよ!」

 俺が操縦席のエネルギーメーターを叩くと、しょうがないとばかりにフォックスのパワーがさらに上昇する。エネルギーレベル八七パーセント。これで十分な出力だ。

「しかし起動したはいいけどここで見張ってるだけか。スライムが暴れてるんなら、確かに俺じゃあちょっと手に負えないかも……」

 俺は操縦席から街の向こう側を見上げる。投光器が点けられたのか夜空が明るくなっている。火の手がないのが救いだが、音を聞く限りではバリバリと木の割れるような音が響いていて、その喧騒はまだ止みそうにはなかった。

 俺はギアの操縦はできるけど、それはあくまで建設機械としての操縦だけだ。ギアはスライムと戦うことも出来るが、そのためには高い習熟が必要になるし、手足も戦闘用の物に換装する必要がある。勢い込んで出てはみたものの、実際の所勇み足だ。冷静になって考えると無茶なことをしているわけだ。

「ちぇっ! リタにも格好いい所見せたいけど、怪我しちゃ元も子もないからな……」

 俺が手持無沙汰をしながらフォックスに座っていると、急にフォックスのエンジン出力が上昇し始めた。エネルギーレベル九二パーセント! 九〇を超えるとぼろくなった機体に負荷がかかることはフォックス自身にも分かっているはずだ。だが、フォックスもそれを承知の上でやっているのだろう。

「何かが来る……のか?! フォックス?!」

 マインディウムで動くマイニングギアは、動力となるマインディウムの特性に影響を受ける。そしてそれ以外でも、強いマインディウムの鉱精を感じると反応する場合がある。要するに、強敵の存在を感じ取っているってわけだ。

「リタ、ジト爺! 何か来るかもしれない! 家の奥に隠れてろ!」

「何ーっ?! 何かって何じゃ!」

 ジト爺の言葉に、俺は周囲に目を配りながら答える。

「知らないよ! とにかく隠れ――」

 斜向かいの家が突然爆発した――違う! 黒くドロドロした塊が屋根を叩き潰し、梁をへし折り、外壁をぶちまけながら通りに倒れ込んでいく。飛散する建材。舞い上がる砂ぼこりの中で、そのドロドロした塊はぶるりと身を震わせて縦方向に集まっていく。間違いない。こいつはスライム。それもただのスライムじゃない――。

「クリーパー……こいつが?!」

 縦に細長くなったスライムは下半分が裂けて四つ脚になる。脚が蜘蛛のように動き、そいつはその場で足踏みをし始めた。どっちが前かさえ分からないが……周囲の状況を確認しているようだった。

「くそ……本当に来ちゃった?! やるぞ、フォックス……!」

 カタカタとフォックスの操縦席が震え、何かがカチカチと音を立てていた。何の音だ? そう考えてすぐに気が付いた。それは俺の歯の音だった。俺は震えていた。初めて見るスライム、それもクリーパーにすっかりブルっちまってた。でも、ここで引き下がるわけにはいかない。

 俺はゆっくりとフォックスを前進させ、背後の家を守れる位置につく。あいつが突っ込んできたらその辺の家なんてあっと言う間におしゃかだ。守れるのは、俺とフォックスだけだ。

 クリーパーが脚の動きを止め、そして体全体を震わせた。ブルブルと空気が震え低い音が響く。泥震……スライムが立てる威嚇の音だ。

 来る――?!

 身構えた瞬間に、クリーパーが動いた。長い脚を短く縮め、そして一気に伸ばす。発条ばねのように跳躍し、前の二本脚をこちらに突き出してきた。蹴るつもりか?!

「フォックス、パンチだ!」

 俺はトルクを上げてフォックスの右拳を前に突き出す。標準のアームだがしっかりと握り込めば岩をも砕く一撃となる。スライムの蹴り脚と真正面からぶつかり、そしてすさまじい衝撃で俺とフォックスは後方に弾き飛ばされた。

「うわああぁぁ! なんて重さだ?!」

 俺は何とか踏みとどまる。すぐ後ろには家の壁で、危うくぶっ壊すところだった。スライムの比重は大体十一。鉄なんかより重いから、あれだけの速度で突っ込まれると力負けしてしまうようだ。フォックスがエネルギーレベルを上げていなかったらそのまま後ろに倒されていたかも知れない。

「くそ! やられっぱなしでたまるか! 行くぞ、フォックス!」

 エネルギーレベルをさらに上昇させ、俺とフォックスはクリーパーに向かっていく。クリーパーは前脚の一本を大きく後ろに振りかぶり、それを鞭のようにしならせて襲ってきた。

「うわ! くそ、負けるもんか!」

 長く伸びた脚の攻撃がフォックスの全身に雨あられと降り注ぐ。ボディカバーは岩石の衝突などを想定してある程度頑丈に作られているが、あくまで建設用だ。戦闘用ではないからあっという間にひしゃげて変形してしまう。

 関節だけは守る様にかばいながら、俺とフォックスは必死に前に出る。そして鞭の一撃をパンチで弾き、一気に懐に飛び込む。

「これでも食ら――」

 フォックスのパンチが当たる――そう思った瞬間にクリーパーはまた脚を縮めて姿勢を低くし避けた。そしてまた、思い切り縮んだ脚が勢いよく伸び、フォックスの機体に激しくぶつかってきた。

「――うわぁっ!」

 さっきよりも強烈な当たりだった。フォックスは姿勢を崩し、俺は踏ん張らせる事が出来なかった。地面から足が完全に浮いて後方に吹き飛ばされてしまう。

 バリバリと背後で家の壊れる音がした。玄関から客間の辺りを完全に破壊し、操縦席にも木の破片が飛んでくる。俺はなんとかフォックスを立ち上がらせようとするが、クリーパーは更に攻撃を仕掛けてくる。

 今度は前脚が浮き、後ろ脚が大きく伸びている。まるで馬が立ち上がったような姿勢……俺は咄嗟に両腕でガードした。

 強烈な踏みつけがフォックスを襲う。両腕のカバーは完全に砕かれ内部の油圧機構が剥き出しになる。エネルギーレベルが急激に低下、フォックスにかなりのダメージが入ったようだった。

 俺は反撃しようとするが、しかし再び踏みつけが襲ってくる。ボディの胸部を激しく踏みつけられ、衝撃で冷却水が噴出し始めた。

「フォックス、頑張れ……!」

 もはや俺にできるのはフォックスに声をかける事だけだった。もう完全にパワーが落ちている。このままやられるがままだ。

 フォックスが完全に破壊されてしまう。それに、俺も……!

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