2 奇妙な石

「あー疲れた……スタウンさんの説教で何十倍も疲れちゃったよ……」

 俺がぶつぶつと愚痴りながら家のドアを開けると、リタが下駄箱の掃除をしていた。

「ダイロック、おかえり!」

「ただいま~」

 リタの元気な声を聞くと元気が出るような気がするけど、スタウンさんにこってり絞られた後ではその効能も低いようだった。俺はぐったりとしたまま客間のソファに倒れ込む。

「ちょっと、土埃が付くからソファに寝ないでよ! さっさと着替えてきなさい!」

 リタがはたきを持ってきて俺の体をはたく。

「えーいいじゃん、別に。うちにお客さんなんてこないよ」

 俺はごろりと仰向けになって言う。すると奥の方から足音が聞こえた。

「客が来ないなんて縁起でも無いこと言うんじゃないよ、この馬鹿。本当にお客さんが来なくなったらどうするんだい」

 ジト爺さんが杖を突きながら家の奥から出てくる。俺は寝そべったまま視線だけ動かす。

「お客さんが来たってだーれもギア動かせないだろ? 俺はまだ十五歳になってない。爺さんは体が動かない。あーあ、やっぱり兄ちゃんがいないとなー……」

「うむ、ローディアス……今頃一体どこで何をしているのやら……」

 ジト爺さんが溜息をつく。俺とリタも一緒に溜息をついた。

 ローディアスは俺とリタの兄ちゃんだ。と言っても本当の家族じゃない。俺とリタは元々三級市民で下層都市の救貧院に住んでいたんだけど、そこが火事にあって追い出されてしまった。そこをジト爺に拾われて二級市民になる事が出来た。ローディアス兄ちゃんは二級市民だったけど孤児で、俺達と同じようにジト爺に拾われていた。で、三人そろってジト爺の子供という事になり、三年前まではローディアス兄ちゃんがうちのマイニングギアを動かして小規模の土工事を請け負ってた。だけど……三年前に現場の下見をしてくると行ったきり、兄ちゃんは帰ってきてないんだ。

 事故に遭ったりどこかで怪我している可能性も考えて俺達は結構頑張って探したんだけど、結局見つからずじまい。定期的に役所の身元不明死亡者の問い合わせもしているんだけど、そっちにも見つからない。どこかで生きているのか、それとも死んでいるのか。それさえ分からないままだ。

「あと三年。あと三年の辛抱じゃ。十五になればお前もマイニングギアを使って仕事できるようになる。それまでの我慢じゃ」

 カビが生えるほど言い聞かせられた言葉をジト爺がまた繰り返す。

「我慢はいいけど生活費がなあ……リタの手作りパンは人気だから、いっそギア売ってパン屋にでもなればいいんじゃない?」

「何を言っておる! うちは七代続くマイニングギアの老舗! そう簡単に看板を下ろすことはできん!」

「はっ! 看板なんて去年の嵐ですっとんで外れちゃったじゃないか! 神様が言ってるんだよ、もう商売替えしろって」

「ぬぬぬ……! ダイロック! この大たわけ者め!」

「おっといけね!」

 ジト爺の大上段に振りかぶった杖の一撃がソファを叩く。俺はひょいと床に身を翻し逃げる。

「ええい、待てダイロック! 今日という今日はお前の性根を叩き直してやる!」

「はいはい、今日こそね。足が痛いんだから無理すんなよ、爺さん」

 俺は適当に部屋の中を走り回って逃げる。ジト爺は右往左往しているがやがて息を切らしてソファにもたれかかる。

「もう、二人ともやめてよ! せっかく掃除したのにまた埃が立つでしょ!」

「むう……リタ! ダイロックを縛ってここに座らせろ! 今度こそそのつんつんした髪の毛を平らになるまで叩いてやる!」

「へへーん! 俺のくせっ毛はちょっとやそっとじゃ直らないよ!」

「まったくもう! 喧嘩したって一デールの得にもならないわ! そんなに力が余ってるなら内職でもしてよ」

「む、内職か。最近目がショボショボして見えにくくての、細かい作業はちょっと」

「俺もちまちました作業なんか向かないんだよな。やっぱり器が大きいからさ、ドーンと大きな仕事じゃないと!」

 両腕を大きく広げて俺が言うと、リタは俺達に向けて大きなため息をついた。

「本当にパン屋でも開業しようかしら……あ、そう言えば!」

 リタは持っていたほうきを壁に立てかけ、棚の方に歩いていった。

「ん? 何じゃリタ? 本当にパンでも焼いたのか?」

「違うわよジト爺。お昼に届け物があったでしょ。重くて汚い木箱、ダイロック宛の」

「おお、そうじゃった! すっかり忘れておったわ。ダイロック、お前宛に届け物が来たんじゃった」

「届け物? 何だろ」

 棚の前には確かに木箱が置いてあった。送り先の住所はこの家で、宛名もダイロックとなっている。しかし俺にはちっとも見当がつかなかった。

「全然心当たりがないな……。何かの材料の届け先を間違えたかな?」

「それなら早く返さないと! 中身は何なの?」

「いや、分からない……なんだろう。開けて……みるしかないか」

「うむ。生ものだったら腐ってしまうしな。返すにせよ何にせよ中身を改めた方がよいじゃろう」

「じゃあ開けるか」

 俺はバールを持ってきて木箱の蓋を留めている釘を引っこ抜いていく。中にはボロ布が入っていて、その中に何かがくるまれているようだった。指でつついてみると感触は固い。金属製の何かが入っているようだった。

「中身は何か、開けてからのお楽しみ……」

 言いながらボロ布を引っ張ってどかすと、そこには金属製の円筒が入っていた。長さは一メートルほどで、直径は二十センチほどだ。

「おう? こいつは……ボーリングのロッドじゃないかのう? 先端にビットもついとる」

「確かにロッドっぽいな……」

 地質調査であるボーリングは、金属製のロッドで地中を掘削しながら行なう。先端に付いたビットで土砂や石を削って円筒状に試料を採取することができるんだ。この箱に入っているのはそのボーリングに使うためのロッド、それも一番先端のビット付きのもののようだった。

 俺は後端に指をかけてロッドを持ち上げてみる。するとかなりずっしりとした重さがあった。

「随分重いな。中身が詰まったままなのかな?」

「そうよ、私じゃ運べなかったから届けに来た人に頼んでここにおいてもらったの。土が詰まってるって事?」

 リタの質問に少し考え、俺は答えた。

「多分、ね。でもそうだとすると、分析用の試料が間違ってうちに届いたって事?」

「かも知れんな。どこの現場のものじゃ? 何か書いてはないか?」

 ジト爺に言われ改めてロッドを確認するが、特にどこの現場のものかをあらわすような表記はなかった。でも、不思議な事に気付いた。

「……なんだこれ、あったかいぞ?」

 ロッドの真ん中あたりに触れると微かに温かい。気のせいかと反対の手でも触ってみるが、やはりほのかな熱を感じた。

「酸化してるのか? 掘削時の熱がまだ残ってるって事は無いよな?」

「うむ、少なくとも昼から六時間は経っとるからそれはないじゃろう。マインディウムかもしれん。ちょっと中を見てみよう」

「いいのかな……でもま、マインディウムだったら危険かもしれないし……」

 ギガマインで産出するマインディウムには色々な性質がある。熱や冷気を帯びたもの、電気を発生させたり特定の物質を吸着したり分解したりする性質を持つものがある。高い熱を帯びたものの中には蒸気機関に使えるほど強い物もあるが、もしそんな強いマインディウムだったら取り扱いには注意だ。木箱なんかに入れて置いたら火事になってしまう。

 もっとも、ほのかに温かいだけだからそんなに心配する必要はないだろう。それでも万一という事があるから、中身は確認しておいた方がいい。

 ロッドの内部には試料採取用の別の円筒、サンプラーが入っている。サンプラーを引き抜き内部のビニール袋を外に出していくと、内部の採取された土、試料が姿を現す。

 それは何の変哲もない濃い茶色の礫交じり土砂だった。そして試料の中央には異質な、白い拳大の石が混ざっていた。

「これ、なんか変だな……」

 俺は出てきた試料を指でなぞる。土がほぐれている……これは妙だった。

「試料ならもっと密実な状態で詰まってるはずだ。でもこれは……ほぐした土を入れたみたいに見える」

「うむ、確かに」

 ジト爺も身を乗り出して確認する。

「採取時に乱れたのとも違う。これは確かに……一度出した土を戻したように見えるの。しかし何のために?」

「間違えて出しちゃったから戻した、とか?」

「そのうえ宛先を間違えてダイロックにしてしまった? ミスにミスが重なったとは……いささか考えにくいのう。しかしそれしかないか……ミステリーじゃの」

「ねえ、ダイロック。その土の中に何か混ざってない?」

「何かって白い石のこと?」

「そうじゃなくて端の方。土の中に白いものが見えない?」

「端っこ……?」

 リタに言われて端の方を見てみると、確かに白い何かが混ざっていた。俺は試料の中に手を入れてその白い何かを摘まみだす。

「紙……十五TNって書いてある……? 十五番のトンネルってこと?」

「普通に考えるとそうじゃの。しかしギガマイン王国のトンネルは十四番までしかない。次のトンネルはまだ計画中のはずじゃが……」

「そこの試料ってことかな? もう! 訳が分からないぜ! 何でそんなものが俺宛に届くんだ!」

 俺は頭を掻きむしる。解けない宿題を延々とやらされているような気分だった。一体誰がこんなものを俺宛に送ってきたんだ?

「その白い石はただの石? マインディウムなの?」

「そうそう、その確認をしないと」

 俺は試料の真ん中の石をビニール越しに掴む。途端に指先に焼けるような熱さが生じた。

「あっち! 何だこれ! マインディウムだよ、多分!」

「何、熱いのか? 加熱用のマインディウムかの? どれどれ……」

 今度はジト爺が白い石を指の背で突っつく。何度か触れてから、ジト爺は首を傾げた。

「ふむ……? 熱くはないな……」

 そう言ってジト爺はゆっくりとした動きで石を掴んだ。

「……熱くない」

「本当? 俺の指は真っ赤に……腫れてない?! 何でだ? さっきあんなに熱かったのに?!」

「静電気でも起きたのかのう? 電気を帯びた石なのかも知れん」

「年寄りは感覚が鈍くなるからさ、ジト爺が鈍感って可能性は?」

「やかましいわ! 指先の感覚はしっかりしておる! この石は熱くも冷たくもない! リタ、お前も触ってみろ!」

「え、えぇ~……ちょっと怖いんだけど……」

 そう言いながらリタは指先でつんとジト爺がもつ白い石に触れた。それを何度か繰り返し、指先を石にピタリとくっつける。

「……熱くはないわ。普通の温度……って感じ」

「えぇ~?! 何だよ俺が熱かったのは?!」

「最初だけ静電気が溜まっていたのかもな。表面が白いのはマインディウムが劣化して白化したのかも知れん。とりあえず危険はないようだが……明日運送屋に聞いて荷物の出所を確認せんといかんな」

「ふーん……なんか釈然としないなあ」

 俺はまだ痺れた感覚のある指先をふーふーと息で冷やす。さっき感じたのは静電気じゃなかった……でも、二人が熱くないって言うんなら熱くないんだろう。まったく変な石だ。でもマインディウムはそもそも不思議な石だから、そんなこともあるのかもしれない。

「あーなんかすっごい腹減った。リタ、今日の飯は?」

「あんたの大好きな豆と肉のスープよ」

「げっ! カスみたいな肉の欠片しか入ってない豆だらけスープかよ?! うげー!」

 塩気のある土臭いスープ。俺の大嫌いなメニューだ。

「なんと罰当たりな! 食えるだけありがたいと思え! わしの年金じゃぞ!」

「そうよ。文句があるならダイロックがもっと仕事して稼いで来てよ! 私だって好きで作ってるんじゃないの!」

「とほほ。貧乏はつれえなあ……」

 スタウンさんに絞られ、今度はリタに胃袋まで絞られる気分。でも今日はエランドに会う事が出来たから、きっといい日だ。楽しい夢を見られることだろう。

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