エレメンタルマイナー 建設工事への道

登美川ステファニイ

1 夢はマイスター

 超巨大鉱山、ギガマイン。その直径は一〇〇〇キロにも達し、標高は推定二百キロと言われている。

 その内部には豊富な鉱産資源が存在し、麓には数多くの国がある。その中でも最大の国、ギガマイン王国が俺の住んでいる国だ。

 今も毎日ギガマインの内側を掘削し国土を広げ、新たなる資源を見つけるために大勢の人が働いている。

 その中でも花形となるのは、やっぱり掘削屋だ。今日も巨大な三連ドリルが唸りを上げる。取り付けられたメタルビットはどれだけ硬い岩石でも砕き削り突き進んでいく。掘ることは生きる事。国を豊かに栄えさせ、そして生活する人々に恵みをもたらす。土砂を運んだり坑道が崩れないように補助工法を施工する仕事もあるけど、俺はやっぱり掘削屋になりたい。

 人型重機、マイニングギアにドリルをつけて、現場の最先端で力を奮う。切り開くのはたくさんの人の未来だ。

 いつかは自分のマイニングギアを手に入れて、俺も色んな現場で働きたい。そしてこう呼ばれるんだ。特別上級技術者エクストラマイスターと――。


「おい、何をにやつきながらさぼってんだ、ダイロック! さっさと材料の買い出しに行けって!」

 怒声と共に頭にコツンと硬いものが降ってきて、俺は現実に引き戻される。スタウンさんが俺の頭を赤白の測量ポールで叩いたのだ。

「ビットも在庫が少ねえ! トンパックもねえし、沈殿槽の凝集剤だって数が少ない! 早めに買っとけって言ってるだろいつも!」

 鼻息の荒いスタウンさんに、俺は軽く頭を下げながら答える。全く、ちょっと厳しすぎるんだよな、俺に対して。

「あー……すいません。まだ少し余裕があるかと思って……」

「余裕がなくなってからじゃ遅いんだよ! いつも言ってるだろ! ネジの一本だって、足りなきゃ現場全部が止まる事だってあるんだぞ! さっさと買いに行け、こいつめ!」

 スタウンさんは俺を睨みながら現場に戻っていった。俺はその背中を眺める。そしてその先にある現場を。

 ここは八番資源トンネルの第十二期工事の現場だ。主に鉄や銀などの金属資源、それと少量だが鉱精結晶マインディウムも取れる。八番資源トンネルのマインディウムは低温の性質を持つ結晶で、重機や車両の冷却に使える。最近では住居の冷房として使う技術も開発されていて、今後も大きな需要が見込まれている。

 請け負っているのはトマス重機工業で創立八十年の歴史ある大会社だ。普通の規模の建設会社の場合は共同企業体ジョイントベンチャーを組んで数社で請け負うことも多いが、トマス重機工業くらいになると単独でも十分施工できる。

 何と言ってもすごいのは特別製のドリルマシンだ。直径十二メートルの円盤に大小合わせて一二〇ものドリルビットが取り付けられ、それで一気に岩盤を掘り進んでいく。性能的には一日当たり四〇メートルの掘進が可能で、これはギガマイン王国でも一番のスピードだ。

 そんなマシンの動く現場では、職人みんなが誇りを持って働いている。俺達が掘ればその分王国は豊かになり、国民である俺達の生活も良くなっていく。それが俺達の誇りなんだ。

 しかし俺の仕事はと言えば……。

「あーあ、早く雑用以外の仕事をさせてもらえないかな? 早く大人になりたい……」

 俺はダイロック。まだ一二歳の子供だから、外業は任せてもらえないんだ。だからせめて現場に近い所で働けるようにと材料の補充の仕事を任せてもらってるけど、来る日も来る日も買い物の毎日。現場に近いと言っても、ヘルメットは貰えないから現場事務所より奥には進めない。毎日歯がゆい思いをして遠目から眺めるだけの毎日さ。

 一五歳になればマイニングギアの免許が取れるから、そうなれば現場で働くことも出来る。あと三年……あと三年もある。今の俺にとってはあまりにも長い年月。かといって勝手に現場に入ったらみんなに迷惑がかかる。就業年齢制限に関する法律ははちゃんと守らないとね。


「えーっと、凝集剤は買ったから、あとはビットが二種類か。それと新しい敷き鉄板も注文しておかないと……」

 俺はギガマインの外に出て市場で買い物をしていた。ミニローダーを運転し、買ったものを荷台に積んで次から次に店をはしごする。あと数軒で今日の買い出しは終わりだ。

「あれ……? あー参ったな。なんか渋滞してら。事故でもあったのか?」

 通りを進んでいると人垣が出来ていた。中心は通りの反対側……王国の入札事務所がある場所だった。

「新規事業の入札情報でも出たのかな? それにしてもすごい人だ……」

 徐行しながら通ろうと思ったが通りはほとんど人で埋めつくされていた。その後ろを通り抜けるのは不可能ではなさそうだが、万一接触したら事故になる。ここは一旦止まって様子を見ることにした。それに、一体何が起きたのか興味があるしね。

「新規トンネルの入札情報が開示されましたが、やはり単独で施工するのでしょうか?」

「マインディウムの新たな検知システムを開発したとの噂もありますが事実ですか?」

「今回の技術提案も新技術を導入する予定なのでしょうか?」

 雑踏の中でいくつかの質問が聞こえた。工事に関する内容……新規事業に関する物らしいけど、一体誰に聞いてるんだ? 俺はローダーの座席の上に上がって背伸びをする。大勢の人が囲んでいるその中心には一人の男がいた。あれは……エランドだ!

「すげえ! 本物のエランドじゃん!」

 エランドといえばエランド建設の社長にして特別上級技術者エクストラマイスターでもある男だ。まだ三十代とエクストラマイスターにしては若い方だが、八年前に新しいマインディウム鉱脈を発見し一躍有名になった。その後も新しい鉱脈や新技術の開発を行ない王国の建設業界に新風を巻き起こし続けている。上司にしたいマイスターのアンケートではここ数年一位となっており人気も高い。かく言う俺もエランドのファンで、部屋には記事の載ってる雑誌が何冊もある。

「夢は見るだけじゃなく、自分で勝ち取るものだ……」

 これはエランドのコメントの中で一番好きな言葉だ。エランドは文字通り夢をつかみ取りマイスターとなったんだ。俺もいつかエランドみたいなマイスターに……。

「おっ、口だけダイロック! 今日も仕事さぼってんのか?」

「何だと!?」

 足元から聞こえた声に視線を下ろすと、そこにはビリーがいた。げっ、嫌な奴に見つかっちゃった。

「こんな所にボロローダーなんか停めるなよ。街の美観を損なうだろ!」

 にやにやと意地の悪い笑みを浮かべながらビリーが言う。何でこいつはいつも俺に突っかかってくるんだ?

「こんなに人がいちゃ走れないだろうが。ちゃんと目ぇついてんのか、ビリー」

 俺は座席から降りてビリーを睨みつける。

「へへ、お前今月の建設少年買ったか?」

「建設少年? いや……買えなかった」

 月刊建設少年は子供向けの建設業界雑誌だ。子供向けではあるが、最新の工法の説明や技術者のインタビューなどが載っており内容は充実している。俺も毎月買っているんだけど、今月号は売り切れで手に入らなかった。

「へへ、だろうな。貧乏なダイロック君じゃ手に入れられないよな? ほら、今月号の付録だぜ!」

 得意げにビリーが取り出したのは小さな手帳だった。表紙にはエランド建設のロゴがある。

「あーっ! それはエランドの建設手帳! 何でお前が持ってるんだよ!」

「ばーか! 買ったからに決まってるだろ! うちの父さんに頼んで買ってもらったんだ! 定価の十倍だったけど安い買い物さ!」

「定価の十倍?! 転売屋のいいカモじゃないか……ちょっとその手帳を見せろ!」

 俺が手帳を取ろうとするとビリーはさっと手を引っ込める。

「見せるわけないだろ? 貧乏なダイロックは先月号でも読んでな! それにしてもお前、相変わらずこの貧乏くさいバッジを持ってんのか?」

 俺が首にかけているバッジをビリーがぐいと引っ張る。

「触るなよ、ビリー! これは俺の大事な物なんだ!」

「ふん! 何が大事なものだ! こんなもんこうしてやる!」

 ビリーが力を入れて引っ張るとバッジの紐が切れ取れてしまった。そしてビリーはバッジを頭上に掲げる。

「ははっ! こんな何年も前の付録を後生大事に持ってるなんてな! この王国でもお前くらいの門じゃないか、貧乏ダイロック!」

「くそ! やめろビリー! そのバッジを返せ!」

 ビリーは俺より身長が高い。何とか取り返そうとするがあと数センチが届かなかった。

 バッジは三年ほど前の建設少年の付録だったものだ。君も特別上級技術者になれる! とか何とか書いてあったように思う。ローディアス兄ちゃんが買ってくれて、俺はうれしくてずっと身につけるようになったのだ。

 今の俺は当時よりは大人になり、このバッジも少し子供っぽいとは思っているが、これは兄ちゃんとの思い出が詰まった大事なものだった。他人に、特にビリーなんかにとやかく言われる筋合いなんかない。

「へへっ! やなこった! こんなものを大事にしてるからお前はいつまでも子供なんだよ! こんなもんこうしてやる!」

 そう言い、ビリーが俺のバッジを地面に投げつけようとする。

「――それはやめた方がいいな」

 誰かがビリーの腕を掴んで止めた。突然のことにびっくりすると、更にびっくりすることがそこで起きていた。

「エ、エランド?! どうしてここに?!」

 そう聞いたのはビリーだった。だが俺も同じ気持ちだった。道の反対側にいたのは見えたが、まさかこっちの方に来るとは。しかもビリーの腕をつかんで止めているとは。ちょっと理解のできない状況だった。

「向こうからも君たちの喧嘩の様子が見えたんでね。しかし人の大事なものを奪って壊そうだなんて、そんな事はやめた方がいいな」

 エランドはビリーの手からバッジを取り返すと俺に向かって差し出した。俺は恐る恐る手を伸ばす。

「あ、ありがとうございます……エランドさん」

「気にするな。技術者はみんなの範とならねばならない。現場でも、街の中でも」

 差し出されたエランドの手はごつごつとして硬そうに見えた。それに爪の間には土が詰まっている。いくら洗っても取れない施工の跡がそこにあった。これがマイスターの手なんだ……俺は何だか感動してしまった。

「君の名前は?」

「えっ、俺……?! 俺は……ダイロックです」

「ダイロック君。そのバッジはおもちゃかも知れないが、きっと君の信念は本物だろう。夢は見るだけじゃなく、自分で勝ち取るものだ。いつか君が本物の技術者になることを祈ってるよ」

 エランドは微笑みながら言った。周りでは記者がパシャパシャと写真を撮っている。まるで本で読むようなことが、今俺の身に起こっている。ちょっと信じられないことだった。頬をつねった方がいいかも知れない。

「それに、君」

「ひゃいっ?!」

 呼びかけられたビリーが怯えるように答えた。本物のエランドを前にして、流石のビリーも圧倒されているようだった。

「その手帳は確か建設少年の付録だったな……。その手帳に人のものを壊すなとは書いていないが、それは当然すぎることだからだ。少しでも建設業に進む気があるなら、いや、立派に大人になるためには、その幼稚ないたずらを改めた方がいい。君自身の為にもならない」

「は、はい……すいません……」

 ビリーは顔を真っ赤にして俯いてしまった。ざまあみろ、いい気味だ!

「では、失礼するよ。またどこかの現場で会おう、ダイロック君」

「はい、エランドさん……」

 エランドさんは記者と人垣を引き連れながら移動していった。俺はまだ、どこか夢を見ているような気分でその背中を見送った。

 そんなこんなで時間が遅くなり、スタウンさんにこっぴどく怒られたのは言うまでもない事だった。

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