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「はい、これ納品分です。予約っていってた子たちには、ちゃんとヴィジョン・レターは届きましたか?」

 肩に下げていた大きめの袋をそのまま本屋の店主に手渡しながら尋ねた。すると受け取ってはもらえたのだが、質問に答える声が聞こえない。どうかしたのだろうか、と顔を覗き込めば、どこか困ったような表情だった。……商品を渡して困ったような顔をしている。え、なに、なんでだ、もしかしてこんな大量に商品いらなかったのか……⁉︎

「お前、昨日は本当に寝ていないのか」

 その声は心配しているといったような暗い声だった。

「ん、あー……でも、さっきちょっと寝ましたよ。それで起きて、ここに届けにきました」

 笑いながら言ったところで、店主はやり切れぬと言った顔で僕を見ていた。そして僕の肩に手を乗せていう。

「何よりも大事なのは健康に生きることだ。仕事に飲まれて体を壊してはいかん。一日に店に出す商品の量はこちらで調整しよう。だからあまり無理をするんじゃないぞ」

 そう言って、そのまま頭を撫でてきた。

 昔はよく、本を買いに来てこうして頭を撫でてもらった気がする。小さい頃から本が好きだったから、体調がいい時は母に連れてもらってよくこの店に来ていたのだ。本を買うたびにこの人は僕の頭を撫でて笑いかけてくれていた気がする。僕が書いた本を置いて欲しいとお願いした時も、頭を一度撫でてくれたっけ。

 ……。

「む、無理はしませんが子ども扱いしないでください!もう立派な大人ですから!」

「わたしからしてみればその辺の子どもと変わらんよ」

 そりゃあおじいさんと比べたら!なんて言ったら怒られそうだからそこで黙った。

 そして、横目でヴィジョン・レターが置かれる木の箱を見る。何一つ置かれていないその箱を寂しく思って、店主に渡したはずのその袋を掴んで引き寄せた。

「ねぇ、早く置きましょうよ!僕手伝いますから」

 仕方ないと笑われつつも、店主と一緒に袋の中のヴィジョン・レターを飾っていく。十個ほど置いたところで一度ストップをかけられ、あとは様子を見ながら店先に出していくとのことだった。話ごとに紐の色を変えようとしう事だったので、箱の中は多少彩りが増えたように見える。加えてさっき手伝ってくれた人形の紐の結び方がとても綺麗だったので、とても見栄えがよかった。

「よし、じゃあまた今度来ます!お店の方、よろしくお願いしますね」

「あぁ分かった。とにかく、体を壊すんじゃないぞ、セラ」

 はい、と返事をして顔を上げると、店主は何かに気づいたように表情を変える。僕の後ろを見ていたので僕も振り返ると、そこに少女がいた。僕よりも少しだけ年下というような、手に買い物かごを下げた少女だ。そしてその子は、僕を見ている。

「……あの、あなたは今セラと呼ばれていましたか」

 少女の言葉に頷く。そして視線をヴィジョン・レターに移した。

「……昨日、弟が家にこれと同じものを持ってきたんです。雪の話だと言って……」

 あぁ、まさに昨日この店の前でヴィジョン・レターを買ってくれたあの少年の姉なのか。僕が頷いたのを見て、少女は更に言う。

「これは、あなたが書いたものなんですか?」

「……うん、そうだよ。僕が書いて、森の奥に薬屋があるでしょう?そこの錬金術師が作った薬で、幻影を作ったんだ」

 もしかして、この子も興味を持ってくれたんだろうか。今なら新しく書いたのものがたくさんあるよ……そう声をかけようとしたのだが、少女は僕の言葉に静かに笑って、目を細めた。

「弟から見せてもらってその文章を読んだ時、すごく懐かしい気持ちになったんです。昔に読んだことのある、お気に入りの本と似ていたから。その本を書いた人の名前、『セラ』って書いてありました。あなたはあの物語を書いたセラさんと、同じセラさん?」

 一瞬、何を言われているのか分からなかった。何故なら僕の書いた本は何一つ売れずに、大体が手元に戻ってきてしまっていたから。でも確かに、確かに記憶の奥底を辿れば……一つだけ売れた話があったような気がした。

 クジラと共に、海を旅する少女の話を。

「……もしかして、『果ての貝がら』?」

「そう!まさにそれです。やっぱりあなたが書いたんだ!」

 少女は嬉しそうに僕の手を取って、握手をするように大袈裟に振った。その勢いに負けて転びそうになるけれど、どうにか耐えて少女と目を合わせる。

「私、本当にあのお話が好きだったの!でもなかなか本屋とか来れる時間なくて……。ねぇ、セラさんは新しくこういう物語を作るようになったの?本はもう作っていないの?」

 ずいと顔を近寄らせて、勢いよく僕に問い詰める。なんだかその様子に口が回らず、言葉が出てこなかった。彼女の勢いと僕の挙動不審さを見て店主は盛大に笑って、それならと呟いた。

「まだわたしの店に置いてある彼の作品がある。見ていくといい」

 言って、店主は店に入っていく。僕の本が置かれてある棚を目指して行ったので、少女に案内するつもりなのだろう。少女もその様子を見て、本棚の方に駆け寄ろうとした。が、思い至ったように足を止めて、また僕の手を取る。

「私あのクジラのお話、『求めていたものはとても近くにあった』っていうの、すごく好きです。私もよく思い知らされるの、ないものをねだって一人で落ち込むけれど、隠れているだけで求めているものは意外と近くにある、って!また、あなたに会いたいです。その時は本の感想をお伝えします。あの羊皮紙もとても素敵でした。頑張ってくださいね!」

 これでもかと言うくらい満面の笑みを僕に見せて、また店内に走っていった。

 ……なんだか、嵐のような子だと感じた。クジラの話、あれは確か僕が彼女と同じ年頃の時にかいた話だ。五年も前だろうか、ただ書きたいと思ったものを書いただけの話。あの時は店主に本が売れたと言われて、結構喜んだっけ。その後は全く売れなかったから、そんな事実も正直気にしていなかった。

 ……僕の本を、求めてくれる子がいるんだ。

「……ふふ、あははッ!」

 何故か笑いが込み上げてくる。おかしいのではなく、嬉しいのだ。自分の口角が自然と上がって、にやけた顔が止まらない。嬉しい、そう単純に嬉しいんだ。

 僕はそのまま駆け出した。最近走ってばっかりだ。このまま走って家まで帰ろう。空気をたくさん吸って、肩で息をして、苦しくなっても走って帰るんだ。店主には無理をするなって言われたけど、あんな笑顔で頑張ってって言ってくれる人もいるんだもの!

 あぁ本当に嬉しい、僕がやってたこと無駄じゃなかった!森に入って、光苔の中走って、その場でくるりと回ってみたりした。あぁ、もうこのままジェイドの家に行ってしまおうか?嬉しかったんだと話せば聞いてくれるだろうか。あぁでも薬を作ると言っていた、なら邪魔するわけには……

「ッ——」

 そこで足がふらつき、ゆっくりと尻餅をつく。あぁ、調子に乗りすぎたかな?バランスを崩してこけてしまった……と思ったのだが、違う。バランスが崩れて転んだのは確かだけど、それは足がもつれたからじゃない。

 ……若干、地面が揺れている。本当に若干だ、多分誰も気づかないレベルの揺れだ。小さい頃からベッドの上での生活がおおかったので、少しでも地面が揺れていると分かってしまうのだ。

 ……地震だろうか。まぁこれくらいの揺れだったら本棚から本が落ちてくることもないだろうし、薬屋の瓶が上から降ってくることもないだろうけど……。考えているうちに揺れは収まる。なんだか少し、気味が悪い。

「……帰ろう」

 立ち上がって、少しだけ早足にして、その日は家に帰った。

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