7
最初にヴィジョン・レターを人の目に晒してから数ヶ月が経った。俺とセラの作品は見事成功し、この街のみならず別の都市から観光で来た人たちの手にも渡るほどとなった。この田舎街を観光、と言うよりもヴィジョン・レターを目的として来る人もいた。収入もだいぶあり、互いに半分ずつ分けたといても相当の額稼いだことになる。しばらく薬屋を閉じても生活していけるぐらいだったが、さすがにそんなことはしなかった。あくまで本業は薬屋なのだから。セラも大層喜んで、金貨を二枚ほどポケットに入れる。
「欲しいもんでもあるのか?」
「ちょっと良い羊皮紙と筆記具」
「ふッ」
「ジェイドさんだってお財布に金貨入れてるじゃないか、何を買うんだい?」
「調合器材と高価な素材」
ブレないな、とお互いに声を出して笑った。どちらも大した欲はなく、仕事バカなのかもしれない。
その日は二人で街に出た。その、ちょっと良いお互いの仕事道具を取り寄せてもらっていたので、その受け取りに行くのである。街に行くだけで、最近はちょっとした有名人だった。俺は元々薬屋として顔が通っていたが、あれからセラを「小説家」として認知する人が増えて何かと声をかけられるようになったのだ。なにより、当初の目的だったヴィジョン・レターを通してセラの本が誰かの目に触れればいい、という願いが見事成就していた。あれをきっかけにセラの本は売れるようになり、あれだけ作業場に山積みになっていた本がだんだん姿を消していっていたのだ。古い本だったがあまり気にされず、読んでみたいと声が上がるたび本屋に持っていき、気づけばその本は売れている。そしてその本の感想を店主伝いにセラは聞き続け、嬉しそうに満足そうに笑っていた。本当、当初の目的を果たせてよかったと思う。
俺はと言えば、直接ヴィジョン・レターに関係はないが特別魔女と仲良くなってしまった。あの時冒険者が間違って持ってきた素材たちを、思いつきといえど魔女の元に送ってよかったと思う。まぁあれが関心を寄せたのは俺の薬の方だったわけだけど、そのきっかけがなければいつまでも薬を渡すことがなかっただろうし。彼女が手に入れた珍しい素材や魔具なんかを時々流してもらい、治療薬のグレードを少し高くすることにも成功した。そして魔女とは、俺が作る薬とマジックシームw物々交換する、という契約が生まれた。まぁそれがなければヴィジョン・レターは作れないし、魔女も俺の薬が一番自分にあっているのだとか。……っていうか良い加減射止めろよ、いつまで惚れ薬使ってるんだ。それ本当に大丈夫なのか。
街に出て一度解散し、互いの目的の店へと向かう。雑貨屋とは名ばかりの、ちょっと変わった機材や医療器具なんかを取り寄せ物好きに売っているその店の主人は、俺の姿を認めるとにやりと口角を上げて手を振った。
「ようジェイド、届いてるぞ」
「わーい」
主人は一度倉庫の扉を開けて姿を消し、そこそこの大きさの木箱を持って帰ってきた。カウンターに乗せて中身の確認をしろと手招きしてくる。
「お前最近懐が暖かそうじゃねぇか。どうだ、他にも何かいらんか」
「いらん。おーガラスの薄いビーカーだぁいいねぇ」
箱の中だけをしっかり確認し、後ろに並んである商品なんかは何一つ目もくれずに金貨を差し出した。主人はつまらなそうに舌打ちをして、釣り銭を手渡してきた。
「たくよ、たまには意味のない工芸品でも無駄遣いしろってんだ。良い加減あの辺の小物どうにかしないと壊れちまう」
小物?と言えば主人は後ろの棚を顎で示した。振り返れば、なるほど雑貨屋さんと言えなくもないブリキの小物や木工の人形など色々な飾り物が置かれてあった。どれも古そうには見えないが、なぜ壊れると言うのだろうか。
「お前の店は大丈夫か?瓶とか色々置いてんだろ?」
「……大丈夫って何がだ?何かあるのか」
言えば驚いた顔をした。だが本当に心当たりがない。何かあったか?
「何って、最近やたらと地震が多いだろう。今はまだ弱い揺れかもしれないが、この前その微妙な揺れが続いたせいであの小物たちが一斉に落ちたんだ。重い他の商品なら問題ないんだが、あれだけ軽いと少しの揺れで落ちちまう」
言われ、理屈はわかった。それで言ってしまえば、俺の店にある薬だなんだは元々棚から落ちないように返しがついている。それこそ落ちたら危ないと感じるものは全部引き出し付きの棚にしまってあった。
「そうか、地震があったのか。なーんにも気づかん」
「鈍感だものなぁお前は。まぁ損害がないならいいさ」
おう、と話を切り上げて木箱を持ち上げた。微妙に重いなと感じながらも、背中でドアを押し開けて店を後にする。さて、残る高価な素材はいつもの冒険者に買い付けを頼んであるので、俺の用事は終わりである。セラならきっと本屋にでもいるだろう……と思って向かえば、手に紙袋を下げて店主と話しているその姿があった。また、人が置いていった本の感想でも聞いているのだろう。遠くから見るだけでも大層嬉しそうにしているのがわかった。
「ようじいさん、今日も元気そうだな」
両手で木箱を抱えているために片手も上げられないが、店主は気付き俺に軽く手を振った。
「お陰さまで。お前も随分と調子が良さそうじゃないか」
木箱を主張すると、店主は納得がいったように頷く。俺が新しい機材を手に入れた時テンションがあがるということを彼は知っていた。
「これで、治療薬も幾分か良いものに変わりそうだ。じいさんも体調崩したら連絡寄越せよ、薬届けにきてやる」
「それは頼もしいな」
からからと笑い、俺もふざけて笑った。話に入ってこなかったセラはずうっと嬉しそうにニコニコ笑っている。よほど良い感想が聞けたようだ。
「さて、用事終わったなら次分のヴィジョン・レター作りに帰らなきゃな。セラの用は終わったのか?」
「……え?あ、うん!終わった!大丈夫!」
上の空なのか、慌てて返答する。そして店主に頭を下げた方と思うと、軽い足取りで森の方へ歩いていった。きっと次はどんな話を書こうかとでも考えているんだろう。俺も店主に軽く頭を下げて、セラのあとを追った。
鼻歌混じりに歩くセラの横を、ただ何も言わずに歩いた。
その鼻歌の中に低い地鳴りの様な音が聞こえた気がしたが、気のせいだろうと歩き続ける。
「リーダー、まだ行くんスか?そこから先はもう川しかないッスよ」
レストクリフから西、崖沿いに進んでいくとそこには南から流れている大きな川があった。対岸までの距離も十数メートルあり、横断するには街からだいぶ離れたたった一本の橋を渡らなければいけない。その橋を渡るつもりもないのか、我らがチームリーダーはとにかく崖に沿って川の方へ向かって歩いていった。
「……ふむ、目視できる範囲では確認できる異物はないな」
街で多数の依頼を請け負う冒険者は、お使いの他にも治安維持というものがあった。街の外で危険な獣がいればそれの退治に行くことがある。今回俺がリーダーと同僚二人でこんなところにいるのはそういう理由があった。
「異物?なにか異常があったんですか?」
同僚はリーダーに疑問を投げかけた。するとリーダーは一度うつむき顎に手を当てたが、やむおえんというように俺たち二人を見据える。
「これはまだ公になっていないんだがな。近頃この近辺で正体不明の鳴き声と思われる怪音が確認されている。ここのところ、微弱ではあるが地震も発生しているだろう?それの、」
その時、耳をつんざく何かの音が俺たちを襲った。
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