1章 冒険者になりたい!5

 冒険者を許可するための試験として実施しているアイラとの手合わせは50回を超えた。

 当時5歳だったアイラも6歳を過ぎて、目に見えて成長しているのを実感する。


 徐々に学んで強くなっている気配はあるもののこちらとしても別に負けるつもりがないため未だに届かない。


 そろそろ諦めて欲しいけど1年以上経っても勝負を挑んでくるアイラの熱量にセカイも応えなきゃいけない気がしていた。


「そろそろ許してあげたらいいじゃないか」


 日中は壊れ捨てられた講堂に冒険者志望の子供たちを集めて魔法を教える教室を開いている。

 午前の部と午後の部の間の昼休憩中、講堂の机でゆっくりしてたらオベロンはフラフラと飛んできてセカイの肩に乗りそう言い出した。


「ダメだ」

「こうやって冒険者志望の子供に魔法を教えてるのにアイラはダメなのか」


「ここの子供はそうしなきゃ幸せになるチャンスがない子たちばかりだろ。だから教えるけどアイラは違う。母親が帰ってくれば戻れる」


 そうだ。この外側に住んでる孤児なんかはそうしなきゃチャンスがない。冒険者は危険と隣り合わせな代わりに一番お金もいいし引退後の進路も豊富。


 だからセカイだって孤児になった時に冒険者を目指したんだ。


「それに冒険者なんて危ないだろ。ここまで執着するとなるとまたなんか危なっかしいことしそうだし」

「お前の嫁だって大して変わらないだろうに」


 オベロンはあえて「お前の嫁」という表現をする。


 ゼラとの関係性は2人の関係者以外には秘匿された。そもそも孤児と由緒ある貴族のアンリエット家の娘が結婚なんてことは隠したかったらしく、もともと知ってる人間が少ないため情報封鎖は簡単だった。


「あっ! いたいた! セカイ!」


 魔獣災害でボロボロになった講堂の窓ではない穴からこちらを覗き手を振る男。


 いわゆる貧困地域と呼ばれる外側の地域ではさも浮くであろう小綺麗な黒いスーツを着た男は、その穴をヒョイと乗り越え満面の笑みでこちらに歩いてくる。

 金色の髪をオールバックにして、浅黒く焼けた肌と体格の良さがスーツに合っていて胸を張っていなくても大胸筋が盛り上がっている。


「アルフか」


 彼はアルフレッド・オリバー。オリバー家というアンリエット家の付き人を任される家系の男で、ゼラの付き人をしていた男だ。

 彼のガハハという感じではないがヘラヘラとした軽薄そうな雰囲気は、カッチリしたスーツやアンリエット家の付き人という役割と相反していた。


「アルフかってなんだよー。久しぶりに会ったのに」


「主人がいない付き人なんてプラプラしてるから会うことはまぁあるだろ」

「セカイは冷たいなぁ」


 アルフはゼラの付き人。そう、つまり今は主人がいないのだ。

 オリバー家というのはアンリエット家に生涯を共にして歩むという強い繋がりを持っているが、それはその家の人間も同じだ。


 オリバー家の人間は1人のアンリエット家の付き人として一生を使う。主人の鞍替えはない。死ぬまで共にするのだ。


 なのでゼラのいない今、この男は暇なのである。


「別にプラプラしてるだけじゃないんだぜ? 今は息子のリネルがアリナ様の付き人をしてるからその指導役だ」


「アリナ……っ!」

「アリナ様は元気だぜぇ。健康とかも問題なし」


 しししっと子供のように笑ってセカイに話しかけるアルフ。

 プラプラしてるチャランポランではあるけれど嘘をつくタイプの人間じゃないから信用できる。


「元気ならよかった。オベロンは中央で仕事してるのにそういうの言わないから……」

「ボクから言うのはフェアじゃないからな。あくまでこの問題の外部の存在だ」


 多分王都中央のアンリエット家の事情、貴族事情に詳しいのはオベロンだ。


 オベロンはこの貧困地域や中央王都で医者をしている。全治の妖精と言われるほどの回復魔法の使い手であるが、気軽に魔法を使わずに薬を出したりして泳がせながら情報を集めてくれている。


 しかしながらその集めた情報はさっきみたいに「外部の存在だから」とこちらに流すことはない。


 まぁ何も言わないということは何もないってことだからセカイも気にしていないし、ただでさえ貧困地域で数少ない医者の手伝いをしてくれているのだから深く聞いてオベロンに情報収集役をさせるのは流石に申し訳なかった。


「オベロン様ならもっと深く伝えられるのに。それにアリスホームのヒーラーで全治の妖精なんでしょう? チマチマ薬なんて出してないでどーんとやっちゃえばいいのに」


 ただアルフはそう無遠慮に言って爆発するようなジェスチャーを見せる。

 無遠慮な様子を見せるアルフにかの全治の妖精様はどんな顔をするのだろう。

 ただ肩に視線を送るのは難しくオベロンがどんな表情をしてたか見ることが出来なかった。

 まぁ見なくても渋い顔なのは分かる。


「ボクはあくまで妖精だ。人間でも魔獣でもないマナの化身であり中立的な存在なんだ。知らない人間相手にそこまでする義理はない」


 普段のキンキンした高い声ではない低い声でオベロンはダルそうに返す。

 オベロン、というより妖精という存在は基本的に人前に姿を現すことはない。


 見ることは出来ても干渉しないし、こちらから干渉しようとしてもその場から消えて逃げてしまう。


 あまり妖精というのは人間に好意的ではないらしい。


「でもオベロン様って妖精の中でも比較的人間寄りじゃないっすか?」

「ボクはゼラの味方だ。ゼラに言われたから王都で偉そうにしてるくせにボクにはヘラヘラと媚び諂う汚らしい貴族相手にも医者の真似事をしてるんだ」


 話す度にイライラした様子を募らせていくオベロンと、全くもって意に介さない軽薄なアルフ。


 あの子供もろともセカイ達を追い出したカチカチのアンリエット家、その付き人を排出する由緒正しきオリバー家の人間とは思えぬチャラさ。


 ただ彼を見てるとゼラの付き人であると言う理由は分かる。

 竜を殺してその肉を食ったとか、オベロンを虫取り網で捕まえたとか、小さい頃からヤンチャというかぶっ飛んだエピソードが多いゼラだ。


 由緒正しくない、くらいの人間じゃないとついていけない。

 だから由緒正しくない孤児のセカイのことを1人の友人として扱ってくれた。


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