1章 冒険者になりたい!4
「どうしたらいいと思う? レイン」
アイラは隣に座っているレインにそんな感じの愚痴を漏らした。
「アイラお姉ちゃんが分かりやすすぎるんだと思うよ」
パパが近くの建物で魔法教室を開いてる時や仕事で家にいないときは、フェイ院長の孤児院にお世話になっている。特にパパに負けた時は駆け込んでそうやって相談するのが定番になっていた。
レインはいつも孤児院の前広場で遊んでる子供を見守りながらベンチで本を読んでいた。
冒険のおとぎ話ばっかり読んでるアイラには難しい医術や料理の本を読み込んでいて「孤児院の役に立ちたい」といつも言っていた。
正直、レインは年が1つ下だから「アイラお姉ちゃん」と慕ってくれるけど、レインの方がお姉ちゃんみたいだなといつも思う。
「分かりやすいかなぁ」
「そうだよ。遊んでる時も危ないことを考えてる時は顔に出てるもん」
「えー……」
「ほら、今もそんなはずないのに。と思ってるでしょ」
するとレインは本から目を離してこちらを見た。
宝石のような青い瞳がこちらを向けながら、ほっぺを膨らませて今のアイラの表情を真似してみせた。
「あーーもうっ! 妹は黙りなさいっ!」
アイラは図星だったのを隠すようにレインの髪をわしゃわしゃかき回した。
スルリと指通りのいい綺麗な金色の髪を自分の跳ねっ毛と同じようにしてやる!って勢いで思いっきり。
「うわぁっ! お姉ちゃんっやめっ、もうー!」
するとレインもアイラの顔をうにうにこねくり回す
一人っ子のアイラにとってレインは可愛い妹で、レインにとってのアイラも同じようなものだった。
レインは歳上の子供に対しては「お姉ちゃん」「お兄ちゃん」と呼ぶけれど、2人は姉妹だと誓い合ったから子供の中ではアイラが一番距離が近い。
「あれ、何やってんの2人とも」
すると綺麗に梳かされた長い金髪の女の人がダウナー気味に話しかけてきた。
セインちゃんだ。
「あ! セインお姉ちゃん!」
レインは嬉しそうに声色を明るくし、目を輝かせた。
セインちゃんもまた、レインの「お姉ちゃん」だった。
セインちゃんはアイラの10個上の16歳、孤児院のフェイ院長の子供で最近冒険者デビューをしたらしい。
腕には落書きのような派手な絵を描いていて、耳には牛飼いのとこにいる牛よりも量の多いピアス。アイラはセインちゃんを見て、パパから言われた「破天荒」の意味を知った。
「よっこいしょ」
「セインお姉ちゃん帰ってきたんだね!」
「うん、まだ駆け出しの初級冒険者だからね。外に長くいれないんだ」
アイラとの間にスペースを作り、そこにセインちゃんを座らせて嬉々として喋るレイン。
ただセインちゃんはそんな彼女と少し違って、声は低めで静か。ダウナーな雰囲気があるけれど言葉遣いに優しさを感じる。
露出の多い格好をして座る時に腰に下げていた鞘付きの短剣を膝に置いてレインの話を聞いている、見た目は派手な冒険者! って感じのセインちゃん。
でもトゲトゲしい感じはしない。
小さい頃からヤンチャで見た目は派手で怖かったけど凄く優しくて面倒見がいい、この孤児院の子供たちはそんなセインちゃんのことが大好きだった。
特にレインは名前が似ているからということでセインちゃんによく遊んでもらってたし、去年セインちゃんが中央の冒険者学校に行く時まで「レインのお姉ちゃん」をしていた。
そのお姉ちゃんの後任として引き継いだのがアイラだった。
「じゃあもっと帰って来ればいいのに……」
「はははっ、まぁ中央にいないと冒険者の依頼は受けられないからね」
そう言うとレインはガッカリだと言わんばかりに肩を落とした。
セインちゃんは中央の寮に住み冒険者学校に1年通って冒険者になった。中央に行ってからはほとんど帰って来なかったからレインもかなり寂しそうにしていた。
「ねぇねぇセインちゃん! 冒険者楽しい?」
「ん? 楽しいよ。セカイさんは元気?」
「元気だけど……冒険者になっちゃダメって言われた」
ぶーたれてセインちゃんにも同じように愚痴ってみると、セインちゃんも「わかるわかる」と静かに同意してくれた
「アタシも言われたよ。『そんな危ないことしなくても孤児院の運営は出来るでしょ!』って。そっち系?」
「うん、そっち系」
ハハっと静かにカラカラ乾いた笑いをするセインちゃんに同じように返すアイラだったけど、フェイ院長とセインちゃんの喧嘩を見ると同じように笑うのは難しかった。
フェイ院長は優しい人だった。いつもニコニコ穏やかで怒るところなんて見たことがない。
でも、セインちゃんと喧嘩したのを見たことがある。
フェイ院長は今まで見たことない顔をして感情という感情が爆発させていた。「バーカ!」というセインちゃんの悪口に対し、「なんで言うこと聞いてくれないの! 心配してるのに!」とフライパンから何から色々なものを投げまくった。
パパが言うには『ひすてりー』と言うらしい。
このアッシェ地区、というか王都の周りを囲む孤児たちの楽園である貧困地区の子供は
・商人
・冒険者
・孤児院や地区にある教室の手伝い
・農業や牛飼い
ここらへんの職業になるのが定番で、セインちゃんは冒険者になろうとしていた。
ただ、パパと一緒でフェイ院長はそれを許さなかった。
理由もパパと一緒で危ないから。
中央に行ってしまうまで、孤児院の手伝いを一緒にしたいフェイ院長と冒険者になりたいセインちゃんは毎日大喧嘩していた。
ある日は孤児院の子供でも分かるくらいトゲトゲすぎる言葉を投げつけて中指を立てるセインちゃんに対して、フェイ院長は物を投げて怒りながらギャン泣いた。
最初パパにその様子を話したときはどっちが子供なのか分からないと困惑していたのをよく覚えてる。
「セインちゃんはどうやって許してもらったの?」
「んー、許してもらってないかな。たまに帰ってきたら喧嘩になっちゃうの知ってるでしょ?」
そういえばセインちゃんは学校の長い休みの日に何度か帰ってきたけれど、その度に前ほどではないけど言い合いをしていた。
許されてなかったのかぁ
「アイラお姉ちゃんね? セカイさんに勝ったら冒険者許してもらえるんだけど勝てないんだって」
今度はレインはこっちも見て!っと言わんばかりに腕を引っ張って説明する。
「なんだ、許してもらえるんじゃん……って思ったけど、セカイさんに勝つのか……」
「触ったら勝ちなんだけど触れないんだって」
「あー……」
それを聞くとセインちゃんはポンっと頭を撫でて何か諦めたような表情でこっちを見た。
「どうしたの?」
「アタシさ、セカイさんに習ったことはないんだけどさ、セカイさんがこの地域に越して来た日に魔獣が入ってきてね。その時に戦ってるところを見たことあるんだ」
「そうなの?」
「うん、その時は冒険者ってすごいんだなー! って思ったけど、冒険者になってから思い返すとさ、正直……別格って感じ」
その時の光景を思い出してるのか、目線を遠くにやってセインちゃんはそう言った。
「どういうこと?」
「アタシもセカイさんのことはよく知らないけど、冒険者になったから強さくらいは分かるんだよ。多分外側の貧困地区の中では一番強い……いやきっと中央でもセカイさんと戦って勝てる人は少ないと思うよ」
嘘をついてるとは思えなかった。あのアリスホームのオベロンもパパは優秀な冒険者だって言ってたし。
でもレインとアイラのように、パパと特別に仲が良いわけでもないセインちゃんの言葉が一番本当っぽく聞こえた。
それを聞くとパパが凄い人で誇らしい! って気持ちと、冒険者になれないかもしれないってガッカリした気持ちが同時にきた。
「じゃあ勝てないかな? 冒険者になれない?」
その答えを聞くのは凄い怖かった。けど聞かずにはいられなかった。
「んーどうかな」
「セインお姉ちゃんなら勝てる?」
レインも興味津々と言わんばかりにそれを聞く
「んー……触ったら勝ちなんだよね? それならまぁ勝てるかな」
セインちゃんはそう言うと左手でレインの頭を、右手でアイラの頭をポンと軽く叩き立ち上がった。
「えっ!? ほんと!? どうやんの!?」
勝てると聞いて嬉しくなり飛び上がってセインちゃんに食ってかかる。
そんなアイラをハイハイと制しながら手のひらをコチラに向けてセインちゃんは鞘付きの短剣を腰に装備し直した。
「ねぇねぇ! どうやんの!?」
「わたしも知りたい! セインお姉ちゃん!」
今度はこちらむけてシーっと静かにするよう促し、少し屈んで視線を合わせるとセインちゃんは口を開いた。
「秘密」
「「えっ?」」
「自分で考えな。それも冒険者にとって必要なことだよ」
「「えーーーーっ!」」
2人で声を合わせてしまう
セインちゃんは優しく微笑んでそう言うけど、アイラは当然納得できない。
「本当にセインちゃん勝てるの? 嘘言ってない?」
「まぁアタシが絶対勝てるかって言ったら分からないけど、アタシがアイラの立場だったら絶対勝てると思うよ」
「でもどう倒すか言えないんでしょ?」
「その辺も考えられないと知らない魔獣が出てきた時に大変だよ」
「ケチー、パパは魔獣じゃないもん」
ぶー垂れていると流石に可哀想と思ったのか、セインちゃんはアイラの頭を撫でる。
アイラとレインの大好きな優しく、温かい声と視線をこちらに向ける。
「アイラ、セカイさんは優しい?」
「えっ? うん! すっごく優しいよ!」
「じゃあ勝てるよ。アタシたちは子供だからね。ちょっと無茶をしても優しいセカイさんなら絶対助けてくれるよ。がんばってね」
そう言って笑うとセインちゃんは孤児院に入っていった。
勝ち方を考えるレインとアイラの背中越しにまた静かにフェイ院長とセインちゃんの言い合いが聞こえた。
それにしても「助けてくれる」ってどういうことだろ。
そのうち勝たせてくれるから諦めるなってことなのかな。
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