1章 冒険者になりたい!2

 セカイはギョッとした。


 5歳のアイラがなにやら詠唱をしたと思えば氷の中級魔法を放ってきたのだ。


 5歳なんて低級の魔法すら使えるか使えないかってとこなのに、それを飛び越えてる。


 まだコントロールが甘くこちらに当たるようなものでもないが魔法の質量だけ見れば一人前の中級冒険者くらいの威力はある。


「驚いたな。俺より教師に向いてるよオベロン」

「ボクはただ普通のことを教えただけだよ」


 コントロールの甘い氷塊をその場から動かず体を捻ったりして避けていると目の前からアイラの姿が消えていた。


 後ろか。


「よそ見してたら触っちゃうからねっ!」


 予想通り後ろから声が聞こえた。


「速っ……!」


 声をかけちゃだめだ。まぁ気配で分かってたけれどアイラはかなり速いな。あの一瞬で回り込む瞬発力とスピードはゼラみたいだ。

 しばらくこれほどまでの速度を出す存在と相対していなかった。


 とにかくセカイは右足を軸に身体を回し、目測5歩以上ある距離を1歩で詰めようとするアイラに正対する。


「遅いよっ! あたしの勝ち……えっ!?」


 アイラはパクパクと口を開き、その光景を信じられないと言わんばかりに見つめていた。

 グーパーと手のひらを開いたり閉じたりを繰り返し、時々腕に力を込めるがセカイには届かない。そういう魔法だ。


「ひょろひょろで弱そうなんじゃなかった?」


 危なかった……一瞬でも遅かったら捕まっていた。

 ただセカイはそんな焦りを隠し、口角を少し上げて娘にかけるには少しばかり意地が悪い言葉を口にする。


「なんで……っ! んっ……無詠唱なのに魔法……? 届かないっ!」

「なんでだと思う? 理由は下にある」


 セカイは優しく教えるように足元を指差すと、彼女は見えない障壁を突破しようとこちらに手を伸ばしたまま、見上げた視線をゆっくり下に降ろす。


「なにこれ……文字……?」


 土に書いた魔法式を見てアイラは目を細めてそれがなんで書いてあるか読もうとした。


「魔法式だよ。オベロンから習ってないの?」

「知らない。教わってない」


 そう言うと「クッ」と小さく息を吐いてようやく目の前にある障壁から距離を取る。


 たった一歩でぐんっと後ろに下がり、魔法使いの適正距離、お互いが槍を使っても届かないくらいの距離で警戒をしている。


「法式魔法、文字列に魔力を流して起動する魔法だよ。オベロンそのくらいは教えとかないとダメじゃない?」


「いや、あーっ……アイラは直情的なタイプなんだから感覚で覚えられるやつからのがいいだろ」


 オベロンは腰に手を当てて色々と言い訳を考えた結果そう言ってセカイの足元の魔法式を指差す。


「というか、いつの間に魔法式を書いたんだ」

「さあね」


 連れ出された時に足で障壁魔法の魔法式を書いておいた。正直アイラの運動神経や敏捷性は遊び相手のレインちゃんから聞いてただけで見たことなかったから危なかった。


 ここまでゼラに近い運動能力をしてるとは思わなかった。そのうち壁も駆け上がるな。


 セカイはそんな冒険者の素質をいかんなく受け継いだアイラをゼラに似てると褒めるべきなのか、冒険者になってほしくないから咎めるべきなのか分からずモヤモヤとした気持ちを心に浮かべた。


 ただ誇らしくはあるので悪い気分ではない。


「まだ時間あるから! オベロンあと何刻!」

「え? あ、ボクが数えるのか?」

「当たり前でしょ!」


 アイラは思ったより上手くいかないことに少しイライラを募らせてるみたいで、それをオベロンにぶつけて落ち着けようとしていた。


 少し可哀想な気がするが教師をするなら生徒の感情くらいは受け止めなきゃなとセカイは憐れみの視線をオベロンに向ける。


「セカイ! なんだよその目! あー、えっとぉ……じゃあ2刻だよ! あと2刻!」


「適当に決めたな……」

「まだまだぁ!」


 アイラはその後も5刻ほど粘って見せたが結局セカイに触ることはできなかった。

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