第11話 夜の小さなプラットホームで

 私が清潔だったら。

 どうして感動してはいけないのだろう、どうして私の感覚を殺さなければならないのだろう、私、おぞましいですか、あなたと、一緒にいては、いけない、ごめんなさい、私、

 あなたが私の名前を呼んで、呼びかけて、私! 私は! ただ嬉しかった、あなたが私を見つけて、私の名前を呼んで、俯いて、あなたに気づかなかった私、が気がつくように、何事でもないかのように、高い声で、私の名を呼んで。私もあなたの名前を呼び返して! 夜の小さなプラットホームで、すれちがいざまに、私を呼んで、手を振って、初冬の涼しい風の中で微笑んで。

 私はずっとこれだけを望んできたのに。それを望んで、ここまで、あなたに会ってきたわけではなかったのに、突然あなたから、それを与えられて、私は、あなたにとっては、そんな大きなものじゃないのに、

 涙を流さないようにしてきました。そのために、こんな素敵な、こんな幸福な、夢を、こんなに特別なものを、何も、感じないように、して、そうして、溶け込めるように、この有り難さに感動しないように! して、私は、皆さんと一緒に居られるように、私は、この気持ち、殺して、

 私が私を殺す、私、癒やされて、忘れて殺し殺されることが癒やされることだと、癒やされてゆくための唯一の道だと、私、好きなんです。好きだったんです。

 あなたと私が今ここにいて、この瞬間、この時を、この場所で、私の目の前で、こんなにも大切なあなたが、今ここ、同じ場所にいる、同じ時を共にしている、あなたが私を見ている、あなたが私を見るでもなく見ている、優しい声をかけて、あなたにとっては小さな、声、

 目を背ける私、目をそらす私、非礼を繰り返す私。

 私、こんな小さなもので、良かったんです、私には小さくないんです、私のすべての望みはここにあっただけだったんです。小さくなんかなかったんです。

 ごめんなさい、私、好きで、ごめんなさい、私、汚れているからさ、気持ちが激しすぎてさ、汚さないように、私、汚れているってこと、忘れたりなんかしてて。いつも胸に氷水が流れているようでさ、それ、忘れてて、ごめんなさい。そうしないと、ぎくしゃくしてさ、迷惑かけるからさ。変だな。

 悲しくて。幸せであることを忘れるくらい幸せになって、幸せを当たり前だと、忘れて、感謝もせず、好きだとも、何も感じないように、みぞおちの奥を、いつも切ってちぎるように殺して、そうやって、ようやく殺しきれたから、穏やかで、幸せに、苦しくて、ぼんやりと、胸や身体が鈍く丸く広がってにじみ二重にも三重にもぼやけ、痛みだけは感じるでしょうけれど、触れても知覚できるものは何もなくなるようできていたのです。

 痛い。重い。痛くて。ぼんやりしていると私は動けなくなっていました。ぼんやりしてにじんだ胸はむき出しになって、触れると出血し、神経を割かれるようでとても痛いのです。

 私、弱いんですね、痛くって、汚れていて。どちらでも傷つけて、不都合で、うざったくて、うっとうしくて、感じても、感じていなくても、あなたに悪い事していたんですね。でも、やっぱり、幸せを当たり前だと、私の望みをすべて殺して、ぼんやりした私のほうが、まだましだったのかな、そうしているうちに、あなたが優しくなってきた気がするから。

 でもそうしているとね、私、私の気持ちを嫌がって、消していくとね。だって、私、本当は、あなたのこと、こんなに好きだったのだから。その一滴が、私には、こんなに大きな、すべての幸せの望みの果てなんだよって。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る