第5話 堰を切って流れ流し込む熱

 早くあの子が帰ってきてくれないかな、と思う。寂しい、早く、会いたい。私の作った食事を、唸って、心から美味しそうに食べてくれる、あのくしゃくしゃの笑顔。私が泣いている時、苦しい時、嬉しい時も、いつも、いつまでも側にいて、話を聴き、私が悲しい時は悲しみ、笑っている時は笑い、泣いている時は手を握り、苦しければ、私が眠るまでさすっていてくれる、あの優しさ。そんな人、いなかった。頑固で、聞き分けがなくて、わがままで、私の言うことを聞かなくて、すぐ落ち込んで、うじうじして、情けなくて、くだらないことで悩んで、勝手に慌てて、どうしようもないなこいつと、うんざりして、殺したくなることもあるけど、それでも好きなの。愛しているから。大好き。可愛い。大好きなの。何もかもが好き。報われたと思った。あの子に会えて。恭くんが家へ来てくれて、良かった。私が生まれてきた意味はここにあったんだなとわかった。あの子が私を愛してくれているのもわかってる。生まれてきてよかった。今まで、悲しかった。私、何で生きているのかなって思っていた。つらくて、悲しくて、許せなくて、皆、最低だった。やっぱり神様はいたんだ。見ていたんだ。あれだけつらかったから、幸せがもらえたんだよね。これからその分の幸せがもらえるんだよね。人生山あり谷ありだって。だから、怖い。幸せになると、その後必ず不幸が来るから。怖い。それでも好き。怖いくらい幸せ。私の人生どうしてこんなことになっちゃったのかなって、わからなくて、やりきれなかったけど、今は、仕事をしている時だって、いつだって恭くんのことを考えてる。私、なんでここにいるのかな、なんでこんなことをしているのかなって、本当は、あの時も、あの時も、あの時もあの時もあの時も、他の皆は、笑って、楽しそうに、すべてが出来て、私だけ全部、できなかった、させてもらえなかった、私だけ、ひどくて、私には、あの時も、あの時も、そのまま何かが出来ていたはず、そんな未来だってあったはずなのに、いつも、わからなくて。皆、何度も、私のこと好きだって言って。でも、皆、クズで、駄目だった。虚しくて、わからなくて。いつも泣いてた。なんでここにいるんだろう、私。生きるために食べているのか、食べるために生きているのか、なんのために生きているのか、ただ、疲れた。でも今は、生きていける、生きる意味がある、こんな、いつも同じ、狭いここで、くだらない、つまんない気持ち悪くてバカで頭悪いおっさんとかに笑顔で愛想よくしてたって、毎日おんなじこと繰り返していたって、頑張ったら、今日も頑張ったよって言えば、言わなくても、頑張ったねって、いつも本当によく頑張っているよねって、恭くんが言ってくれるから。あの子のためだったら死ねる。あの子のために生きてる。なんだってしてあげるし、してあげてきた。だって愛しているから。愛してる。恭くんがいると、部屋の空気が、急に柔らかくなって優しくなって、私は何でも言え、何でもでき、私は飽きるまでここにいるんだ、と思う。いつまでもこれが続けばいいし、そんなことはないんだろうなって、いつかあの子はどっかに行って幸せになって、私のこと忘れちゃうんだろうなって、流石にわかるけど、少なくともそんなの今じゃない。恭くんがいないなんて考えられないし、したくない。早く、会いたい。早く、思いっきり抱きしめてほしい。私も思いっきり抱きしめて、キスして、触って。嫌がって逃げるだろうな。笑ってしまう。結局後で、あの時嫌がったりして悪かったな、とか一人で後悔してるくせに。バレてないと思って。優しいな。早く、会いたい。もう待ちきれない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る