第4話 一つだけ持っている真実

 言えないことがある。私は……。その一言ですべてが説明できる。それ以上、書くことなんて一つもないのに。

 身体にこびりついた恐怖。この恐怖を取り除きたいと思っているだけだったんです。逃げ場がないのは自分の体からは逃れることができないからです。

 いつでも恐怖や暴力から逃れたかった。人という全存在を毀損するような暴力によって誰かが蹂躙されることも、嘘のような真実性にも、地球や世界、宇宙の完全な無意思、冷血、地球が人権なんてものを知らないことも、宇宙に漂うようなあの異常な静けさ、自分しか存在しないこと、自分しか知らないことも、そしてそれを伝えることができないことも、すべて、耐えられなかった。いつでも皮膚の脆さ、人体の脆さ、ただでさえ脆いのに、皮膚もなく、いつでも内側をむき出しにして、風にさらされ、グロテスクに体液を垂れ流して生き続け、醜く取り乱しているものを見ると、人は顔をしかめ背けるか、もしくは嗜虐性が掻き立てられるらしく、いつでも、人が決して傷つけられてはならないところ、赤、黒、取り返しの付かないところ、がぐちゃぐちゃにされていきました。それでも、そのまますぐには死ねないのです。

 人間はグロテスクなものには耐えることができない。私が哀れな子ども時代のすべてを使って探した一つの小さな真実、それは、人には耐えることのできない苦しみがあるということでした。私は誰よりもものを知りません、私は何も学びませんでした、誰からも教えられず、何もわからず、何が正しいか知りたくて、一つだけ、これだけは自分の手にした真実だと、拠って立つことができる真実だと、確かだと、他の誰から何を言われても、力強く、はっきりと揺るがずにいられると思えた真実。それは人は苦しみの大きさがある量を超えると、取り返しがつかないほど壊れるということだけでした。

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