第4話

「おはよう」

「うわ、出た」

「山賊みたいに言うなよ」

 登校してきた柳田くんは不満そうな口ぶりで自分の席に座った。私はやっぱり振り返ることができない。

 昨日の舞子の台詞が頭の中を駆け巡っている。一度それを受け入れてしまえば、もはやそうとしか考えられなくなっていた。ヤバい。これはヤバいよ。

 頭の中は沸騰しそうなくらい熱いけれど、頭のどこかに他よりも少しだけ冷静に状況を見極める別の自分もいた。

 これがカスタムタイプの真髄だ。今の自分が使い物にならなければ、他の自分を使えばいい。

 そのかろうじて平静を保っている私が、ショート寸前の私に言った。

 挨拶してくれたのに返さない私も相当ヤバいんじゃない?

「……おはよ」

「おう」

 うわ無愛想な感じかっこいい。

 唯一冷静だった自分も陥落した。これはもうダメかもしれない。

 もっと話したい、と思った。けど私はこれ以上話を続けられない。それは挨拶しただけで息切れしちゃってるからじゃなく。

 どんな風に話しかければいいのかわからなかった。どんなテンションで、どんな言葉遣いで、どんな表情で話しかければいいかわからない。

 正解がわからなかった。

 どのタイプの私なら、彼に気に入ってもらえるんだろう。


***


「ところで舞子って告白したことある?」

「そんな赤裸々な話を『しめじの天ぷら食べたことある?』くらいのノリで聞かないでよ」

「しめじの天ぷらって美味しいの?」

「食べたことないから知らない」

 昼下がりの喧騒をBGMにして、舞子は手に持ったマンゴーミルクを飲んだ。ストローから口を離すと、きゅぽ、と栓の抜けたような音がする。

「でも告白はしたことあるよ」

「あるの⁉︎」

 あまりの衝撃に机の上に置いたほうじ茶オレを倒しそうになった。すんでのところでグラつくパックを捕まえる。

 それを横目に、舞子は自分のストローを指先でいじりながら頷いた。

「そりゃあ華の女子高生ですので」

「マジか。舞子はそういうのないと思ってた」

「なにそれ悪口?」

「いえいえとんでもございません」

「あたしだって人を好きになることくらいあるって」

「まあそっか。え、それでどんな感じだった?」

「どんな感じって……うーん」

 腕を組んで考え込む彼女。舞子はいつもわかりやすい。

 考えてるときは腕を組むし、楽しいときはめいっぱい笑うし、怒ったときは鬼の形相になる。彼女の身体は心をそのまま映し出すモニターのようだ。

 私にはそれが少し羨ましかった。

「うん」

 少しの間考えてから彼女はひとつ頷く。

 そして腕を外して、私の質問に答えをくれた。


「こわかった」


 そのたった一言だけを置いて、彼女は再びマンゴーミルクのストローを咥えた。喉がゆっくりと上下しているのが見える。

 その答えはなんだか意外だった。彼女にこわいものなんてないと思ってたから。

「こわいの?」

「うん、すごく」

「なんで?」

「だってフラれるかもしれないじゃん」

 舞子はごくっと喉を鳴らした。それから小さく息を吐く。

「フラれたら嫌われるかもしれない。嫌われなくても気まずくなるかもしれない。もう話してもらえなくなるかもしれない。そもそも結果がどうあれ、いつも通りには戻れないしね。告白ってそんなにキラキラしたもんじゃないよ」

 緩く歪んで形の変わったパックを机の上に置いた。不安定に揺れながらも天板の上に直立する。よく見ると、その角は潰れていた。

「告白って、破壊だもん」

 その言葉の指先が、私の心の深いところに触れた。少し痛くて、息が止まる。私はほうじ茶オレを一口飲んで、失くした息を取り戻した。

「……現代アートみたいね」

「一理ある」

 ふふ、と空気が抜けるように彼女は笑った。

 窓の外を見れば桜が揺れている。その枝葉には緑の割合がずいぶん増えてきたように思う。春ももう終わるのかもしれない。

「でも、なんでそんなこわいのに告白できるの?」

「さっき言ったじゃん」

 舞子は照れくさそうに笑った。頬がほんのり桜色に染まっている。

 ぺこ、とパックの形が戻った音が聞こえた。

「好きだからだよ」

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