第2話
「またフラれた……」
「そりゃフラれるよ」
ストローから口を離した
「なんでそんな風に言い切れるのよ」
「だってなんかこわいもん、
「付き合った人の理想の彼女になろうとしただけなのに?」
「まあその心がけは良いんだけど、心がけだけで良かったかな」
舞子はそう言って再びストローを咥えた。バナナミルクのパックが少し凹んで、元に戻る。
それから口を離して「ふぁ」とジュースを飲んだからなのか、またため息をついたのかよくわからない声を出した。
「にしても杏菜って人に合わせるのはうまいのに、彼氏に合わせるのはなんでそんなに下手なんだろうね」
「なんか難しいんだよねえ。今回だって彼が私のことたくさん知りたいって言うから教えようとしただけなのに」
「もっとゆっくり知っていきたかったんじゃない?」
「そういう詳細な要望はあらかじめ正確に伝えてもらわないと!」
「なにこのビジネス感」
べ、と舞子は苦いものを吐き出すように舌を出した。大人にはなりたいけど社会人にはなりたくない、が彼女の口癖だ。その気持ちはわからなくもなかった。
窓の外に広がる青空とグラウンドを眺める。よく晴れた昼休憩の校庭ではたくさんの生徒がサッカーをしたり草むらに寝転んだりしていた。
ふとグラウンドの端に目をやると、二人の男女が満開の桜を見上げているのが見える。カップルだろうか。お花見でもしているのかもしれない。
「付き合うってなんなんだろうね」
視線を戻して、机の上の抹茶オレを見つめた。先ほど自販機で買ったものだ。
味は美味しいけど、最近はフラれるたびにこれを飲んでいるのでなんだか嫌な思い出になりそうだった。
「……杏菜さあ、もっと我儘になっていいんじゃない?」
「どゆこと?」
机を挟んだ先で肩肘をつく親友を見る。舞子も私を見ていた。
「もっと自分を出すっていうかさあ。じゃあもしもの話だけど、ありのままの君がいい、って言われたらどうするの?」
「ありのままってなに?」
「え、うーん……」
腕を組んで考え込む彼女。それをよそに、私はストローを咥える。
そろそろ憶えてきた味を吸い込みながら、先程のお花見カップルを思い浮かべた。仲睦まじく桜を見上げる二人。
あの二人は、本当にありのままなんだろうか。
「難しいなあ」
予鈴が鳴る。
サッカーをしていた生徒たちが慌てて校舎に戻ってくるのが見えた。
***
私の中にはいくつかのカスタムタイプがある。それらは状況に応じて使い分けられ、大きく分類するなら場所によって変わる。
家モードの私、学校モードの私、お出かけモードの私。
それぞれの場所によって、性格も喋り方も話す内容も違う私が現れる。そんな仕様になっていた。
「ロボットみたいだね」
そんな風に舞子は言うけれど、きっとほとんどの人がそうしているに違いないと私は思っていた。舞子だって私の前ではこんな感じだけど、愛犬のチャコの前ではデレデレで赤ちゃん言葉になったりする。そういうことだ。
「あんた今あたしの恥部を晒したでしょ」
「舞子ってもしかして心読めるの?」
「親友なめんな」
デコピンされた。超痛い。
私の前の席で授業を受けているはずなのにどうしてわかったんだろう。そして先生の目をかいくぐる計算され尽くしたデコピン。我が親友ながらおそろしい。
「また何か悪いこと思ったよね?」
「今日も舞子の髪綺麗だなって思っただけだよ」
「ならよし」
危なかった。我が親友がちょろくて良かった。二回もあんな威力のデコピン受けたら死んじゃうかもしれない。
「――ぷっ」
唐突に後ろから破裂音が聞こえた。
先生に見つからないようにこっそり振り返ると、後ろの席で
「すげえ威力だったな」
「見てたの⁉︎」
「見えなかったけど聞こえた」
柳田くんはボリュームの落とした声でまた笑った。舞子のデコピンの衝撃音が彼にまで聞こえていたらしい。どんな威力よ。
「あ」
「ん?」
つん、と彼の人差し指が私の額に触れる。ひやりとした指先にどきりとした。
「赤くなってる」
「え、うそ!」
思ったより大きい声が出てしまった。先生がこちらを向いて「おい、授業に集中しろよー」と注意を受けたので私は慌てて姿勢を前に戻す。何やってんのよ、と言うように舞子が横目でこちらを見た。
「ごめんって」
小声で謝りながら、私は自分の額に手を遣る。彼の触れた箇所が熱い。
……これは、恥ずかしかっただけだよ。
収まる気配のない胸の高鳴りにそんな言い訳をした。
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