第二章 金剛令嬢
「私の携帯食料しか無いので、たいした食事は準備できないが……」
そういいながら、ハリスさんはてきぱきと食事の準備にとりかかった。
近くの木に寄りかけていたカバンから固形燃料と焚き木の用具を取り出し、既に寄せ集めていた木々を中にくべてマッチで火を点け、網を焚き木の上に設置した。続いて袋の中から魚の干物を出し、網の上で炙り始める。あたりに、魚の脂がはぜる音と食欲をそそる香りが漂い始めた。
「焼きあがるまで、これを」
思わず涎が迸りそうになったわたしにハリスさんがドライフルーツ数個と錫製のカップを手渡し、水筒から水を注いでくれた。
まずは、水を一口。甘露だ。身体の全細胞が、まるで雨季を待ち望んでいた農家の皆さんのように喜んでいる。続いて、乾燥させたイチジクと李を手に取ると、わたしはそれらを丁寧に裂き、子竜たちに差し出した。
「ごはんだよ。美味しいよ。食べてごらん」
子竜たちは互いの顔とわたしの顔を何度も見比べると、やがて、おそるおそるドライフルーツに口を伸ばした。
子竜たちの両目から流星が飛んだ。もちろん、本当に星が飛び出たわけではないが、子竜たちの目の輝きが格段に増したようだ。おそらく、相当気に入ったに違いない。もう少しくれ、と頭を押しながらせがむ子竜たちに追加でフルーツを与えると、わたしはひとつまみほど残ったものを口に入れた。凝縮された甘酸っぱい味が、舌を通って脳に幸福を運んでくれた。
「自分もお腹が減っていただろうに。先に竜たちにあげるなんて、感心したよ」
そう言いながら、わたしたちの食事の様子を楽しげに見ていたハリスさんが、焼きあがった干物を渡してくれた。
あちあちと呟きつつ、ふうふうと息を吹きかけて冷ましながら、こちらも一口サイズに裂き、待ちきれない様子の竜たちに与えていく。正直、わたしだって今すぐにでもかぶりつきたいのだが、ここは我慢だ。まずはわたしがごはんをくれる、つまり、信頼できる存在だということを竜たちに理解してもらわなければならない。ごはんのやり方なら、お手の物だ。バランスよく順番にごはんをまわし、三頭とも口をいっぱいにしたところで、わたしは残りの干物を口に入れた。美味い。白米がほしい。ご飯、三杯は余裕で行けそうだ。
「すまないが、一人旅だからカップは一つしかないんだ。わたしにも、もらえるかな」
「あ、すいません。お返しします。あの、ハリスさんは食べないんですか?」
わたしのごはんの与え方を感心だと褒めてくれたハリスさんは、そういえば、食べ物を口にしていない。
「うん。それだけしかなかったからね。君たちに全部あげた」
「そ、そんな!」
「いいんだ。私はグルメだからね。正直、携帯食料はあまり口にあわないんだよ」
ぐうううぅぅぅぅぅ。
ハリスさんのお腹がバリトンのようになった。
「まあ、口ではそう言ってもお腹は正直みたいだけどね」
そう言って、ハリスさんは、ばつが悪そうに照れ笑いを浮かべた。
「でも、わたしたちだけ食べて、ハリスさんはごはんを食べないだなんて。何処かにごはん、無いかな……。せめて、果物とか、野草とか……」
申し訳ない気持ちでわたしは周囲を見渡したが、あいにく、果物がなっていような樹も、柔らかそうな草も無い。ふと、わたしは足元の竜たちが互いに顔を見合わせていることに気が付いた。目くばせで何かをしゃべっているように見える。
「どうしたの?まだ、ごはんが欲しいの?」
わたしがそう語りかけた時だった。
まるで傘を開いたかのような音が次々にしたかと思うと、竜たちが次々に空へと飛び立っていく。傘を開けるような音は、翼を広げた音だったのだ。
「ま、待って!何処行くの!?」
思わず悲鳴を上げてしまったが、わたしの絶叫など意に介することなく、竜たちは遺跡をぐるりと囲む森の中に、一匹、また一匹と消えていく。
一陣の冷たい風が吹き抜け、まるでその風に足を払われたかのように、わたしはぺたりと地面に崩れ落ちた。
「そ、そんな……。さ、探さないと!」
「いや、下手に動かない方がいい」
思わず立ち上がり、走り出しそうになったわたしをハリスさんが押しとどめた。
「竜には帰巣本能がある。下手に動くよりここで帰りを待った方が得策だ。いろは君も私も疲れている。無駄に動いて体力を消耗させるのは避けた方がいい」
「で、でも。迷子になっちゃったらどうします……?」
「その心配はない。何故なら、彼らは飛べるからね。わたしたちが彼らを探すより、彼らがわたしたちを探す方が簡単だ。大丈夫だよ。竜たちがいろは君を信頼し、君がいる場所を巣だと認識しているのなら、彼らは必ず戻ってくる。今は、信じて待とうじゃないか」
ハリスさんはゆっくりと傍らの大樹に向かい、樹を背にして腰を下ろした。
ハリスさんが信じるのに、わたしが疑ってしまっては意味がない。わたしもハリスさんの近くの樹に背中を預ける。
日差しがだんだん強くなってきた。木陰がつくる涼しさが心地よい。
うん、と手足を伸ばしたわたしの視線の先に座るハリスさんが、懐から文庫サイズのノートと鉛筆を出し、なにやら書き始めた。
「今日起きた出来事を書き留めている。私は旅人であり、紀行作家だからね」
わたしの表情から質問を先読みしたハリスさんが、先んじて問いに答えてくれた。
なるほど。アウトドアに精通していたので旅人なのは理解できるし、やたらと竜に詳しいのも作家だからに違いない。
「ところで、いろは君。竜たちが戻ってきたら、どうするつもりだい?ここで育てるのか?」
わたしは首を静かに横に振った。
もうすでに、竜たちを連れて行く場所は決めてある。
「人里離れた場所で育てたら、竜たちは人間のことを理解できません。竜と人間が仲良くなるためには、人間が住んでいる場所で育てる必要があります」
「ほう。つまり?」
「街に行きます。そこで、たくさんの人たちが訪れてくれるお店を開こうと思います」
ハリスさんの顔に、奇妙に歪んだ笑顔が浮かんだ。
「正気か?もうすでに竜を見かけなくなってから、三百年が経とうとしている。人々の記憶から竜の存在は消えかかっているが、それでも竜に対する恐怖や偏見は根強い。竜と人との歴史は戦いの歴史だ。すんなり受け入れてくれると思うかい?」
「最初はうまくいかないと思いますが……きっとどうにかなると思います。わたしは迷い猫を保護して、猫と人間が楽しい時間を過ごせるような場所を提供する仕事をしていましたが、街には猫が嫌いな人間もいっぱいいました。それでもお店をやってこられたのは、どんな思いを抱いていても、みんなが受け入れてくれた証だと思います」
わたしは姿勢を正して、ハリスさんに向き合った。
「今までの竜と人との歴史が戦いだったのなら、それを塗り替えるためには竜も人も変わる必要があります。そのためにも、竜と人とが繋がりあえる場所と、お互いが出会う機会を設けるべきだと思うんです。わたしにそのお手伝いができるなら、全力を尽くします」
ノートと鉛筆を懐にしまうと、ハリスさんはゆっくりと目を閉じた。
「いい考えだ。険しい道かもしれないが……同時に楽しい道でもある」
「ええ。きっと、楽しいですよ」
「自分が進む道は難しいかどうかではなく、楽しいかどうかで決めるべきだ。楽しそうな道を進めば困難すらも楽しさに変わる。私もそうやって旅先を決めてきた。……いいだろう。私も君の計画に乗るよ」
「ありがとうござい……」
わたしの感謝の言葉が終わる前に、ハリスさんは眼を見開き、右手を前に突き出してわたしの言動を制した。
「そこから動かない方がいい」
「え……?」
困惑と疑問で固まるわたしの上から……。
「はいはいはいはいそのままそのままそのままそのままそのままでよろしくてよ!!!」
空から絶叫が降ってきた。
そして、びっくりしたわたしが何事かと空を見上げるより前に、何かが地面に落下した。
バクつく心臓を押さえながら、ゆっくりと、視線を下に向けていく。
もうもうと上がった土煙の中から、真紅のドレスが現れた。
女性だ。
うつ伏せに倒れているため、流れるような金髪に覆われた先の顔を窺いしることはできないが、見た所、まだ歳はそれほど進んでいない。少女のようだ。
もろに地面に叩きつけられたせいか、少女は身動きひとつしない。
ひょっとして、死んでしまったのだろうか?
まさか、人が墜落死する場面に出食わるとは思わなかった。
思わず、背筋に寒気が走ったわたしの頭上から、今度は悲鳴ではなく羽音が降りてきた。
竜たちだ!
ちゃんと三頭いる!
竜たちは臥し横たわる少女の傍らに寄り添い、そのうちの赤い子竜がわたしの方に向き直った。
「いろは!ごはん!たべろ!」
「いや、人間は食べちゃダメでしょ……ってちょっと待てえええええ!!!」
し、しゃべった!?!?
「……おなか。ごはん。たべる」
青い子がのんびりとした声で鷹揚にしゃべった。
「ごはん!おいしい!いろは!」
白い子がぴょんぴょん跳ねながら元気に騒いでいる。
「さっきも言ったが、竜は知能が高い。人間の言葉はすぐ覚える。おそらく、彼らの場合は人間の三歳児程度の知能は持ち合わせているはずだ」
なるほど、先ほど口をもごもごさせていたのは人間の言葉をしゃべろうとしていたのか。意味不明な発音の羅列だったが、その数分後に人間の言葉を単語レベルで発することができるようになるとは驚異的な成長速度だ。
子竜たちは覚えたての言葉をつかえるのが嬉しいらしく、ずっとごはんごはんと騒いでいたが、その騒々しさが少女の意識を手繰り寄せたのか、微動だにしなかった少女の右手人差し指が、ぴくりと動いた。
「ふんぬ!」
山が引っくり返るような凄まじい掛け声と共に、竜巻でも起こしそうな勢いで少女が身を起こす。
立ち込めた粉塵を鼻息で吹き飛ばしながら、少女はドレスについた土埃をはたき始めた。
身長はわたしと同じくらいみたいだから、百六十五センチ前後だろう。細く、しなやかな体つきであり、手足もすらりと美しく伸びている。
「ふう。受身をしなければ、即死でしたわね……」
いや、してないでしょ。思いっきり顔面から地面に突撃してたし。
だが、大地に痛撃を与えたその顔は、土にまみれているものの、まるで生きる人形のように愛らしい。
息を呑むような美少女だ。登場シーンがあまりにエンターテイメント過ぎたが。
絶句するわたしと、少女の眼がぱちりとあった。
「あ、あの。大丈夫でしたか?」
としか、わたしには言いようが無い。大丈夫か否かはわからないが、こういう場面ではそれしか聞きようがないのだ。
だが、わたしのお定まりの問いかけに、美少女は優雅な笑みで答えた。
「鍛えておりますので、大事ありませぬ。ご心配なく。そちらこそ、大事なくて何よりでした。わたくしは無事ですが、あなたがたに激突したら大事ゆえ……ああ、可愛い子たち」
愛らしい笑みを浮かべながら、令嬢が赤い子竜の頭を右手で撫でた。
あ。その撫で方は。
犬の頭の撫で方だ。竜は猫の撫で方の方を喜ぶ。
ということは……危ない!
だが、わたしの静止は間に合わず、赤い子竜はガブリと令嬢の手に噛みついた。
あ、あわわわわわわあわわわ。
思わず、あまりの光景に、わたしは両手で目と口を交互に隠す。
ところが、青ざめて言葉も出なくなったわたしと自らに噛みついた子竜など意に介さず、令嬢は天使のような笑みを浮かべながら、一方の左手で子竜の頭をわしわしと撫でた。
「元気があってよろしい。さしものわたくしも今度ばかりは命を投げ捨てるところでしたが、そなたらの働きで助かりました。感謝いたします」
い、いったいに何が起こったんだ……?
「とりあえず、何が起こったかを聞く前に、竜の撫で方を教えてやったらどうだ?」
わたしの心中を見透かしたようなハリスさんの言葉を受けて、わたしは令嬢にジェスチャーを伴い、猫、いや、竜の撫で方をレクチャーする。
「頭全体を撫でるんじゃなくて、額を優しく……。耳の後ろにそって、そうですそうです」
よくよく見ると、令嬢の手からは血の一滴も流れていない。赤い子竜も歯を立てず、甘噛みをしているようだ。
ふむむと頷きながら、令嬢が子竜の額から耳の後ろにかけて指を這わせる。
固唾を呑んで見守っていたが、撫で方に満足がいったのか、それとも思う存分甘噛みできたかのか、子竜はようやく口を離した。
令嬢の笑顔が華やかに咲きこぼれる。
「わたくしの命の恩人たちとようやく仲良くなれたようですね!嬉しい限りです」
「い、命の恩人ですか……?」
人というより竜だけど。
「竜の羽音と貴女の声が聴こえたので落ちてくるのがわかったが、犠牲を一人でも減らすために、こちらも手をださなかった。悪く思わないでほしい」
「英断です。わたくしもそう伝えながら落ちました。誰一人、大事なくてなにより」
さらりと怖ろしいことを言うハリスさんもハリスさんだが、眉一つ動かすことなく応えるこの令嬢もすごい。いや、普通、この令嬢は大事あってもおかしくないはずだが……。
唖然とするわたしの前で、ハリスさんが恭しく腰を下げ、令嬢に一礼をする。
「金剛令嬢ジュケイヌ様とお見受けしました。ご無礼をお許しください。私はハリスと申します。しがない旅人ですが、以後、お見知りおきを」
「かまいませぬ。以後、よろしく」
金剛?令嬢?
とうてい結びつかない単語の連続に面食らうわたしに、ジュケイヌ令嬢がふわりと向き直った。日本人なわたしには西洋風の礼の仕方などわからないので、とりあえず、日本式にお辞儀をしてみる。
「止来いろは、です」
「いろは。良い名です。この竜たちの飼い主ですか?」
「い、いいえ。飼い主ではありません。……友だちです」
わたしの返答にジュケイヌは穏やかにほほ笑んだ。
「そうですか。友、ですか。わたくしはあなたの友に救われました。心より感謝の意を伝えます」
身分の高そうな女性がここまで心を尽くしてくれるなんて、さぞかし、たいへんな目にあったのだろう。
「あの、この子たちと、いったい何が?」
「わたくしの領土であるこの地が、ここ数か月、旱魃に襲われたのです。この地に雨を降らせるため、わたくしは古来より当家に伝わる熊殺しの儀を決意しました」
「く、くま?」
「ええ。熊です。熊を百頭、殺すのです」
思わず漏れたわたしの変な問いかけに、令嬢は事も無げにそう答えつつ、つい、と優美に背後の山を指さした。
「かの山に巣食う熊を殺すために、単身、乗り込みました。九十九頭を屠った後、熊たちの親玉と思しき巨熊と頂上にて合いまみえ、一昼夜に及び死闘を繰り広げた後に、ついにとどめを刺したのですが、疲労のため足を滑らせ滑落……わたくしもここまでと覚悟いたしました」
令嬢は腰を下ろすと周りをうろうろしていた赤色と白色の子竜たちの額を、今度は猫スタイルの撫で方で撫でまわした。
「落下中にこの子たちがわたくしの身体をくわえて助けてくださったのです。そして、ここまで運んでくれました」
助けてくれたのではなくて餌を調達しただけだし、運んだのではく落としただけなのだが、ここは黙っておこう。
「あなたがこの子たちの友ならば、どうかわたくしを友と呼んでくださいませ」
静かに首を垂れる令嬢に、わたしは思いっきり慌てふためく。
「いやいやいやいや!困ります!いいえ、こちらこそお願いします!!!」
「ありがとうございます!わたくしのことはジュケイヌと呼んでくださいませ!遠慮はいりません!」
ジュケイヌは輝かしい笑顔を見せながら立ち上がると、先ほどまで竜たちを撫でていた手でわたしの両手を握った。
赤い子竜に噛まれてもノーダメージの手だっただけに、握りつぶされるのではと一瞬たじろいだが、その手は思いの外、柔らかく、温かだった。思わず、頬が赤くなる。
「わたくしに出来ることであれば、何でもおっしゃってくださいましね」
天使のように微笑むジュケイヌの横で、ハリスさんが何か思いついたかのような、小悪魔めいた笑みを浮かべた。
「それではジュケイヌ殿。あなたの新たな友となったいろはの友である私から申し出がございます」
いつの間にか、ハリスさんが友になっていた。まあ、いいけど。
「実はこのいろは、そして、子竜たちの居場所を探しています。いろはは理由あって、この地まで流されてきました。竜たちもまた、不可解な理由により目覚めたばかりです。どうか、彼女たちに安住の場所を与えていただきたく」
「まあ!そういうことでしたら、早く言っていただけたらよかったのに!」
ジュケイヌはにっこりと笑うと、ハリスさんの手を取った。
「わかりました。わたくしの父である侯爵に取り計らいます。決して失望はさせません。明日正午、首都イーマの中央広場にてお会いしましょう。それでは、皆様、ごきげんよう」
わたしたちに一礼すると、ジュケイヌはドレスの裾をひるがえし、スタスタと森の方に歩み去っていく。
「あ、あの!歩いて帰るんですか!?」
「さようですが、何か?」
驚くわたしに涼しい顔で答えながら、ジュケイヌは森の中に消えていった。
「ごはん!」
「おなかすいた~!」
「……たべないの?」
わたしの足元に群がりながら、竜たちが口々に不満を漏らす。
「あ、あのね。人間は食べちゃだめなの」
三頭を抱き寄せて身体を撫でながら、わたしは優しく声をかける。
「でも、いろは。おなか、へってる」
「いろは、おなか、からっぽ。わたしも、おなか、からっぽ」
「……みんな、おなか、すいてる」
「お腹は減ってるけど、友だちは食べちゃダメ」
「?」
三頭が不思議そうな顔でわたしを見上げた。
「友だち。この世でいちばん、たいせつなものだよ」
わかってくれただろうか。
わかってほしい。
彼らを、より強く抱きしめる。
今はわからなくてもいいから。
どうか。
「プギャアアアアアアアアアアアアアアアア!」
すてきなシーンを台無しにするような雄叫びが、突然、空にこだました。
思わず見上げた先で、茶色い塊がこちらに向かって飛んでくる。
最初はボールかと思ったが、こちらに近づくにつれ、それはより大きさをまし、ドラム缶程の大きさになった後、わたしたちが座っている数メートル先で落下した。
大猪だ。顔は無残にひしゃげ、四肢が惨たらしく折れ曲がっていることから、おそらく、すでに息絶えている。
「ジュケイヌに飛ばされたようだな。かわいそうだが、彼女を襲ったのが運のつきだ」
ぽつりとつぶやきながら、ハリスさんはずるずると猪を木の下に引きずっていったかと思うと、手際よく猪の手足にロープを縛り、樹につるし上げ、懐から短剣を取り出した。
「あ、あの。ひょっとして」
「ひょっとするもなにも、やることはひとつ。こいつをさばく」
「ごはん!おちた!」
「ごはん!さばく!」
「……たべよう」
竜たちのテンションが一気に上がった。
「もうそろそろ陽が傾く。無人の野にうごめく百獣すら恐れをなして逃げる金剛令嬢ならいざ知らず、我々では夜の森を下手に動くと危険だ。今日はここで一泊し、夜が明けた後に街に降りよう。ああ、しばらくこっちは見ない方がいい」
言うが早いか、ハリスさんの短刀が猪の喉の喰いこみ、赤黒い血の間欠泉が吹き上がる。
竜たちの歓声を遠くに聞きながら、わたしの意識は遥か彼方に飛んでいった。
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