第15話 平坦でない旅路(2)
夕刻、乗合馬車は宿場町に入った。そこで一旦解散し、翌朝に再集合となる。
御者と馬は厩舎のある宿泊施設に向かい、客は各々で宿をとる。宿場町だけあり、通りには旅客用の宿が並んでいる。物見遊山で財布の紐が緩くなるのを狙った悪所を、観光名所にするような町もある。
この宿場町はピットブルクに近く、外出で需要が満たされるためか、露骨な悪所は無いようだ。シェイマスは大通りに面した旅籠――食事つきの宿――に、個室二つでチェックインした。
例えば気心が知れた冒険者たちなら、男女混合でも大部屋を取り、経費削減する場合もあるだろう。他にも素泊まりで雑魚寝用の広間を提供するような宿もある。巡礼のグループや、少人数の旅人が不便を承知で使用する安宿だ。
どのような宿であれ、表通りに軒を連ねているなら、公序良俗に反する事はご法度だろう。が、やはり最終的な安全の確立は、自分自身の心がけ次第だった。
アーヤも取材で多少の出入りはあるので、旅の作法は心得ている。いざとなれば【発炎】の魔法の小杖、という発想が出るあたり、自分の身は自分で守るという認識が板に付いていた。
それで左手に火傷を負っているあたり、シェイマスに言わせれば『生兵法は怪我のもと』なのではあるが。
その二人が日も暮れて、夜の帳が下りた頃合い、宿の一階の食堂で顔を合わせていたのは、当然ながら色気のある話ではない。本来なら出発前にやっておく筈だった、これからのすり合わせを行っているのだった。
「さて、今回の目的ですが」
シェイマスは改まって言った。木椀に盛られたふかした芋を皿にとると、薄皮をフォークで器用にこそいでいた。
「翠玉の塔の調査団がカナル村の湖底からミスリルを回収するのか。それはミスリル鉱滓なのか。さらに未登録のミスリル精錬施設から流出した物なのか。この辺りを確かめます」
剥いた芋を一口大に切り、テーブル備え付けの塩と酢で味を調えてから口に運ぶ。アーヤは彼が酢をどばどばと振り掛けるのに、うへぇと頬を引き攣らせつつ、
「ミスリルの回収は張り込みになるとして、未登録の精錬所って、どう調べるんです?」
彼女は手ずから芋の皮を剥き、真ん中にナイフで切れ目を入れると、付け合わせの削った
「それに、こういう場合は密造って言うんですか?そういうの、すぐに尻尾を掴めるものじゃないと思いますよ」
「そりゃ今でも動いている施設なら、国も絡むような大ごとだろうね」
国と聞いてアーヤはギョッとなったが、シェイマスの言い様から、もう稼働していない雰囲気を察する。だいたい、そんなスキャンダルなら、総勢二名で当たるような仕事では無い。と言うより、検分役にアーヤが連れてこられている以上、もう粗方の筋道は立っているのでは無いか。
鍛冶師ギルドでブレンダン・ギルド長に”真の銀のお役目”の話を持ち掛けられた時だって、妙に芝居掛かっていて余裕があった。
段々と自分に向けられる目が、胡散臭いものを見る目になっている事に気付いたシェイマスは、咳払いをしてから、
「おほん。まぁ、あたる場所に目当ては着いているんだ……ところで、アーヤ君の魔法の杖だが、記録に使えるのはどれくらい持って来ている?」
「【記録】なら風景を一枚の絵みたいに残します。それが三回分。あとは会話を残しておける【録音】で、そっちは四回分。あ、一回で棒香が一本燃え尽きるくらいの時間ですね」
「了解。では一回分は引き揚げたミスリルに使うとして、あと一回は明後日には案内できるだろう」
「……めちゃめちゃ見当ついてるじゃないですかっ」
「記録上の話だがね」
言いつつ、シェイマスは手荷物の道具袋に入れていた羊皮紙を取り出した。
「食事中だが、ここで開いても?」
「どうぞ。日中は寝てるばっかりで仕事もしてませんし」
「そういうの、損な考え方だよ?」
シェイマスは同族嫌悪的に眉を顰めつつ、食卓に羊皮紙に書き込んだ地図を開く。カナル村を含む街道周辺の簡素な地図だった。街道に宿場町、農村と森林、山の連なりと、その間を通る川。大まかな位置関係は書かれている。
ドワーフのガラス加工と冶金で作られた機材で測量した地図は、それ自体が美術品と見紛う精緻な仕上がりになるという。この地図はそれと比べるべくもないが、山野を歩く山師が使うものだけあり、必要充分な精度はあるのだろう。
アーヤはむしろ地図の内容より、羊皮紙と言う古めかしい記録媒体の方に目を惹かれる。
「羊皮紙ですかー、珍しいですね。紙は高いと言っても、ピットブルクじゃ街だけあって、もう紙が主流ですものね」
「なめした羊の皮だからなぁ。どう足掻いても、生産性じゃ紙に勝てないよ。でも丈夫だからね、俺達みたいな山歩きをする者には丁度良い」
シェイマスは羊の皮に刻まれた地図から、明日に到着予定の宿場町を指さす。それから街の北側に広がっている山地を切ってカナル村へと続く山道をなぞり、途中で西へ折れて、険しい岩山のギザギザの線で止まった。
アーヤの記憶に、カナル村の湖畔で見た岩壁のような山々が思い返された。シェイマスの指が離れると、地図には小さな四角形と文字が記されている。
「えぇと……光明神殿の修行場?」
アーヤは首を傾げた。
「あの辺にそんな場所、あるんですか?山道に分岐あったかな……麓の街だって、もっと巡礼者や、それ向きの宿泊所とか、あっても良さそうですけど」
「古い時代の物で、今では使われていないようだ」
「それ、もう遺跡って呼びませんか?」
苦笑しつつ、そういえばカナル村の神殿も光明神だったと気付く。半年前には原因不明だったカナル村の”呪い”を、覆面をして看病していた神官の姿が思い出された。
山村や農村では本来、光明神よりも地母神への信仰が盛んだ。五穀豊穣の実りも司る地母神の方が、より実生活に即しているからだった。
アーヤがその考えを口にすると、シェイマスはさもありなんと頷いた。
「イイじゃないか。光明神殿の影響力が強いってことだ」
「強いと、どうだって言うんです?」
アーヤはふかし芋に手を伸ばしながら訊ねる。
シェイマスは相変わらず、芋にドバドバと酢を振り掛けながら目を細めた。
「先の戦で魔王に手傷を負わせ、休戦の後押しとなったと言われるのが勇者だ。彼らの最大の後援者が光明神殿。勇者の徒党は、神殿が用意したミスリルの武具で完全武装していた」
「……あの、鉱石屋さん、『1は2である。2は3である。ゆえに1と2は同様である』って言いきるのは、人を騙す手口ですからね?」
「えぇい失礼なっ。勇者の武具の件、”鉄と火の洞”のドワーフは関わってないんだよ。ほら、これならミスリルと光明神殿に繋がりが出来るだろ」
彼の言葉の意味するところに気付き、アーヤは声をひそめた。
「勇者様御一行の武具が”協約”違反の密造品だった、って事ですか?!神託を受けて発見されたー、とか神殿が吹聴してませんでしたっけ?」
「託宣なんて、ありがたみを出すためのもんじゃないかね。捜索している間に、人の通わぬ山の奥で造っていたんじゃないのか――その辺りが、俺がここにいる根拠なのは確かだよ」
その託宣をさっき、うたたね中に授かったのだが、有難みは感じないのでアーヤは口を閉じる。納得をして貰えたと思ったシェイマスは、羊皮紙を丸めて手荷物に戻した。
「明後日は少しキツ目の山歩きになるかも知れない。覚悟はしておいてくれ」
空恐ろしい事を言われた訳だが、ちょうど料理もやってきたので、仕事の話もそこまでになった。木椀に鳥肉と根菜が入った煮込み《シチュー》と、丸くて大きな田舎パンだった。
温かな食事で腹がくちくなれば、後は眠るだけだ。宿場町の宿としては満点だろうが、アーヤとしては眠ってしまう前に躰を湯で拭うとか、少しでも髪の油を落とすとか、乙女の尊厳的に必須なお勤めが残っていたので、早々に部屋へ戻る。
一方、シェイマスはこれから向かう山の話や、目的地の修行場の話を少しでも集めておきたかったので、食堂に残って蒸留酒を注文――もちろん経費で――し、しばらく店の人間と話し込んでいた。
ふと、窓の外を同行した冒険者たちが連れ立って歩いてゆくのが見えて、夜の店でもあるのだろうか、と首をひねった。
~ ~ ~ ~
翌朝、アーヤ達は宿場町の大通りで乗合馬車に合流する。追加の客はおらず、中年男性と初老の商人、それに警備兼用の冒険者の二名のままだ。
御者に促されて荷車の幌に入ると、冒険者たちと目が合う。多少なりとも打ち解けたのか、彼らはアーヤに”にやり”と笑いかけた。野卑た笑みで、正直、居心地が悪かった。
いやいや、笑顔が苦手な人達かも知れないし。そう考え、甚だ失礼な考えを打ち消して、今日もゴトゴトと揺れるだろう椅子に腰を落ち着ける。
やがて二頭立ての幌馬車がゆっくりと動き出した。
風景は相変わらず、平原に切り拓かれた街道をゆるゆると行く。というか、昨日よりも速度が落ちている気がした。
御者に尋ねてみると、なんでも積み荷が増えているらしい。昨夜のうちに周辺の農村から買い込まれた麦の袋が多数積み込まれていた。
貨客の少ない路線の分、貨物を運んで利益にしているのだろう。増えた重量に馬たちは息を切らせ、鈍行の旅が続いた。途中、川べりで休息を取り、馬に水をやる。と言っても、馬は気まぐれなので、すぐさま水をがぶ飲みするという訳でもない。御者がなだめすかし、ブラッシングなどをしつつ、ご機嫌取りをしているのが印象的だった。
幸い馬の機嫌は大して損われていなかったようで、二頭はそれなりの時間をかけて水を飲んだ後、大人しく仕事に戻ってくれた。
草原を越え、小さな丘を登り、街道筋の農村を行き過ぎる。ピットブルクから遠くなると、いよいよ道も悪くなってきた。道幅は狭まり、両手には林。道は小石が目立ち、コンデイションが悪い。
車輪が乗り上げると横転しかねないので、御者は馬の歩みを更に緩める。
「この道、こんなに悪かったか?」
そう彼が漏らしたのを耳にして、シェイマスは訝しげに目を細めた。
と、林の中ほどで木陰から影が二つ、躍り出た。ちょうど馬車の前後を塞ぐ形だ。どちらも小型の丸楯と手斧で武装していた。革鎧を着こみ、その上に頭から外套を被って顔が見えない。
強盗の類だろう、御者は慌てて叫んだ。
「ぼ、冒険者さん、お願いします!!」
「おぉーう」
間延びした返事をした用心棒の冒険者二人は、手荷物から小楯を今頃のように取り出し始めた。
ひどい怠慢にアーヤの目が思わず点になっていると、シェイマスが耳打ちする。
「目くらましの類はある?」
「! は、はいっ」
魔法の小杖の事だろう。すぐに腰の
「必要なら、躊躇うな」
そう言うや、荷馬車から後方へ飛び降りた。
退路を断っていた強盗は、あっと口を開ける。まさか、すぐさま打って出てくる奴がいるとは思っていなかった。
シェイマスが飛び降りた勢いのまま、あの鉈を上から叩きつける。
昨日は迷宮で長剣に姿を変えていたが、丸一日経ったら鉈に戻っていた。もっとも、荒々しい扱いは今の方が様になっている。
派手な音をさせて小楯を弾き、返す刃が手斧を持つ右腕を撃った。
「ぎゃっ?!」
厚い鉈の刃はなめし革を深々と断ち切り、鮮血が飛沫になって散った。強盗は悲鳴をあげて手斧を取り落とし、怪我を押さえてうずくまる。
シェイマスはすぐさま踵を返し、馬車の右側を通って前方に立つ強盗へ殺到した。
相手の楯を持つ側から接近する事になるが、一気呵成に攻め立てられれば、意識は守勢に持ってゆかれる。
戦闘を決するのは攻勢の意志だ。強盗は襲撃に有利な隘路で奇襲し、馬車を行くも退くも出来ない状況に追い詰めた筈だったが、素早い反撃に初手の有利は失われていた。
前方を塞ぐ強盗も仲間の悲鳴に思わず楯を構える。妥当な挙動であったが、そこへ飛んでくるのは勢いをつけたシェイマスの大振りだった。
不用意に構えた木製の小楯を、鉈の刃が半ばまで斬り割る。そして楯を革バンドで固定していた腕へと食い込んだ。
「うわわっ!?」
楯が壊された上に出血した衝撃で戦意が揺らいだところへ、シェイマスの靴底が腹へと突き刺さる。容赦のない前蹴りに体制が崩れて引っくり返り、そいつは痛みに悶絶した。
『こいつら、二人ばかりで何をする気――』
シェイマスの疑問を遮って、その答えが背後から聞こえてきた。アーヤの戸惑うような声だった。
「えっ?!あぁっ……」
驚いて振り返ると、あの冒険者二名がアーヤと御者に剣を突き付けていた。
『こいつら、グルだったのか?!さては昨夜見たのも、仲間と落ち合うため?……いや、しかしなぁ』
シェイマスは焦りよりも呆れを感じた。鉈の血振りをして油断なく身構えて、
「……お前ら、こんな場末の乗合馬車を襲ったって、まともな稼ぎにゃならんぞ?」
「うるせぇ!そこのジジイが商人だって言ってたろうがッ!!」
唐突に話の中心にされた初老の商人の肩が、驚きと怯えで跳ね上がった。なお、中年男性は完全にすくみ上がっている。
「ほ、ほんの小商いじゃぞっ!?」
「うるせぇ、うるせぇッ!!さっさと有り金出しやがれ!」
「ひえぇぇぇ……」
老商人が怯えているのを目の当たりにしたアーヤは、憤りに頭が熱くなるのを覚える。突きつけられた剣先の鈍い輝きの圧力に抗い、キッと睨みつけていた。
その視線に気付いた冒険者は、あの野卑た笑みを浮かべた。
「お?何だよ、文句あるか?お前だって人買いに売り飛ばしゃ、それなりの金になるんだからな?」
”それなり”呼ばわりは乙女的には傷つくものがあるが、売り飛ばすというのも身がすくむワードだ。拳を握り締め、精一杯の威勢を目に込めて、足が震えないように踏ん張る。
それがまた、彼らには良からぬ刺激になるのだが。
「聞かん気が強ぇなぁ。いいぜ、どうせ人買いと連絡つくまで、俺たちが色々と世話してやるんだからなぁ」
「真っ平ごめんです、この卑怯者ども!」
「おぉん?」
冒険者の声が凄みを帯び、剣の先端が頬に触れた。少しでも力の加減を誤れば、皮膚が破れて血が滴るだろう。
が、アーヤは怯まない。王国週報での研修で、
今のアーヤが確信を持てるのは『戦闘は専門じゃない』と言った、この取材の相棒である男の信用の置けなさであった。つまり――
「あなた達、人質を取っても無駄ですよ。なにしろ、あっちの彼は昨日もゴブリンを四匹、あっという間に斬り伏せた凄腕なんですから!凄い魔剣も持ってるんですからっ!」
冒険者たちの視線がアーヤの指さすシェイマスへ集まる。
当のシェイマスは冒険者たちが何やらアーヤと険悪なムードになったのを幸い、いつ不意を打とうかと様子を窺っていたので、目論見が外れた。思わず『え?』という顔になる。
その様は人質を取っている分、余裕のある冒険者達には、なんとも滑稽に映った。
「魔法の剣!ナタがかよッ!?こいつぁイイ、おい、この女を見張ってろよッ!」
仲間に言い置いて、冒険者の片割れは荷馬車から飛び降りてくる。剣は用心深くシェイマスに向けたままだ。小ぶりな剣とは言え、鉈と比べれば戦闘用という強みがある。
「二人とも油断しやがって、情けねぇ。おい、お前――」
そいつがそれ以上言うより早く、シェイマスの”魔剣”が下から撥ね上がり、構えていた剣身を斬り飛ばしていた。今度はそやつが『え』という顔になり、シェイマスは手首を返すや、鉈の背の方を頭頂部へ叩きつけた。
その場に崩れ落ちる冒険者を見る彼の目は、申し訳なさそうだ。
「うん、まぁ、魔法の武器ではあるんだよ、この
安心と信頼の切れ味だ。なんとも呆気なく無力化されたのを目の当たりにして、幌の中に残った一味の最後の一人が、あんぐりと口を開いた程だった。
と、その鼻先に間髪入れずにアーヤは魔法の小杖を差し入れ、
「輝きは疾く、鋭く!」
起動のワードを口にして小杖の先端の水晶をなぞると、その言葉の通り、鋭い閃光がほとばしる。一瞬、幌の中が明るくなる程の光量だった。
「あああああああッ!!」
冒険者は目を押さえて悶絶する。歴戦の戦士も不覚を取る【閃光】の魔術、それと同様の効果を再現した魔法の杖だ。
アーヤは剣を突きつけられた時点で、これを使って切り抜ける事も考えていた。が、目をやられた二人が幌の中で暴れたら手に負えないので、一人になる機を窺っていたのだ。
そして嬉しい誤算として、初老の商人が何処から出したのか棍棒でもって冒険者の頭を殴りつけ、一発で昏倒させてしまった。
「行商しとれば、これくらいはあるのでねぇ」
老行商人は事も無げに言ったものだった。
『はぇぇ~』
アーヤは人畜無害そうだった彼の、思わぬ年の功に感心した。それから頬に触れて、傷がない事を確かめ、思い出したように安堵の溜め息を吐いた。
馬車の外では早くも御者とシェイマスが、強盗達を縄で縛り始めている。手傷の応急処置もしていたが、御者は憤慨していて手荒なようで、強盗達は呻くこと仕切りだった。
「まったく!護衛は馬借ギルドの紹介じゃなかったのか!このゴロツキ冒険者どもめっ」
今にも殴る蹴るの暴行を始まりそうだ。想わずシェイマスがなだめる剣呑さだった。強盗達も青い顔で、されるがままになっている。
まるで荒事が終わってからの方が修羅場のようだ。アーヤはそんな風に感じると、腰のポーチからメモ用の雑紙の束とペンを取り出して馬車から下りる。
「鉱石屋さんっ!」
「アーヤ君、怪我は……無さそうだ――」
「どうして昨日の剣を使わなかったんですか!?このまま記録を本局に送っても、見所が無いって言われちゃいますよっ」
いきなり非難がましく詰め寄られたもので、シェイマスは困った顔をした。
「こう……何と言うか……最初は互いの無事を喜ぶとか、さぁ?」
「鉱石屋さんが自己申告から不当に強さの事を抜いてるのは、ここまでの事で良ぉく理解してますので、その辺は別に」
「俺は君が刃物を突き付けられてた事を言っているんだがなぁ……」
「そんな事より!やっぱり、どうして、あの剣を使わなかったんです?このままじゃ”風の声”に採用されても、放送の語り出しが『王国週報の記者が強盗事件の現場に居合わせましたが、ナタ男が解決しました』……これじゃ夏の怪奇事件枠ですよ」
あ、そういう枠があるのね。シェイマスは知りたくもない事実に微妙な顔になった。
それも今し方、自身が剣を突きつけられて脅された体験をネタにしようと言うのだから、肝の太さに恐れ入る。
シェイマスは若干、引きながら、自分の腰に吊った鉈をポンと叩いた。鞘も鉈も正真正銘の魔法の道具であり、本来ならそれなりの貴重品だ。
「怪奇ナタ男が剣を使わない理由はね、こいつが剣の姿をしているのは半日程度だからさ。しかも再使用には丸一日の魔力の蓄積が必要で――」
「どーして、そんな微妙な制約のある武器を使っているんですかっ!あー、もー、戦士の誇りはないのかー」
アーヤは猛烈な抗議をした。事件報道のネタの当てが外れた腹いせだろうか。折角なのでシェイマスは口を尖らせ、減らず口を返した。
「戦士じゃないですー、山師ですー。山歩きにはナタや山刀の方が便利なんですー」
「何か苛つく物言いっ!?もう語り出しは偏屈ナタ男にしようかしら……」
「……ただ強力なだけの魔法の武具なんて、滅多にありますかいっ。だいたいヘンテコな福効果があったり、効果自体が微妙だったりするんだよ。そして冒険者は拾い物の吟味なんてする余裕はないからな」
シェイマスが世知辛い事を言う。アーヤも冒険者ギルドの二階に間借りしているので、その辺の機微は多少なりとも理解していた。
「そりゃあ存じていますよ。わたしの【閃光】の杖だって、一回使ったら一週間は魔力充電が必要ですし」
「おい、さりげなく重大事項をブッ混んできたよ、このお嬢さん。そっちこそ、とんだ不良品じゃないか」
「そんな事はどうでも良いんですよ。今は重要な事じゃない」
「よぅし、俺の目を見てもう一回、同じこと言いなさい」
「いやですー、それに危険な行程になった原因は、鉱石屋さんにあると思いまーす」
「えぇい、小賢しい物言いを――」
「あのぉっ!!」
と、堪え切れず口をはさんだのは御者だった。
「そろそろ、出発したいんでぇ……」
「「ア、ハイ」」
二人は声を揃えて頷いた。
『休憩は終わりですか?』
そう言わんばかりに馬がいななく。彼らは彼らで、目の前で剣戟があろうとも我関せず、草を食みながら再出発の鞭を待っていた。
それから縛り上げた強盗達もいそいそと荷馬車に積み込まれ、馬たちはゆっくりと歩き出した。
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