第12話 ダンジョン再び(2)

 迷宮に降り立つとアーヤは微かに息苦しさを覚えた。

 まだ包帯を巻かれた左手を握りこむ。大丈夫、痛くないし、ちゃんと動く。怖い事なんて、ない。


 可愛らしい勇気を振り絞り、アーヤは足の裏の感触を確かめ直した。自分の足で迷宮に立っていて、瞳には階段降りてすぐのエントランスが映っていた。

 腰の雑嚢ポーチに手を挿し入れ、【持続光】の魔法の小杖を取り出す。

 前回の失敗を踏まえて雑嚢の中を小部屋に仕切り、緊急用と普段使い用の小杖を分割していた。


「光よ」


 【持続光】の小杖を起動。それから手元を照らし、肩掛けカバンの紐を短く調整する。荷物がぶらつかないようにして、それから腰のナイフの鞘の座りも確かめた。思い立ったら、すぐに抜けるよう心がける。皮ベストと外套もなけなしの防具だが、着用に乱れがないか確かめた。

 今日は魔物がうろつく層に足を踏み入れる事になる。アーヤは心の中で彼女なりの戦闘準備を終え、同行者に目を向ける。


 シェイマスもちょうど、装具の点検を終えたようだ。厚手の服の上に着込んだ革鎧のベルトの締りを直し、大きな背嚢を背負い込む。

 彼の革鎧はアーヤのベストのような、革製品として防御力が期待できる、というレベルのものではない。完全な戦闘用で、なめし皮を張り合わせて厚みを出し、油類で煮込んで加工している。革製品の柔軟さは失われて、叩けば木板のような硬質の音と手応えが返ってきた。


 更に鎧の所々を体のラインに合わせて手直しし、動きを制限しないように工夫してあった。また、革板にくすんだ色の鋲や金属片を打ち込み、刃物が接したら反らすような仕組みもある。

 鋲打ち革鎧スタテッド・レザーアーマーという類の、手の込んだ革鎧だ。

 煮固めた革鎧は鉄よりも安価で、加工しやすく、加えて軽量と、なんとも冒険者好みの品だが、おそらくシェイマスの鎧はかなり金がかかっている。


 不思議なのは戦闘が得意な冒険者ではない、等と本人が言っている事だが、アーヤも戦いの経験や訓練は乏しいので、その矛盾には気付かなかった。かわりに、


「あ、そういえば!鉱石屋さん、昨日、なんか何もないところから、鉈を出してませんでした?」


 色町から尾行つけて来たヤクザ者の度肝を抜いて、その隙に逃げ出した、あの一撃の事だった。記者的にはそちらの方が興味が湧いた。


「よく見てるねぇ……」


 シェイマスは言外に『あ、やべ』という雰囲気をにじませながら、ベルトに吊るしている鉈の鞘を握って捻った。するとぽこん、と気の抜けた音がして、中に刃が入っているとは思えない雑な挙動で鞘が抜けた。というか、鞘の中には刃が入っていなかった。

 残ったのは武器の柄だけで、それは昨日、アーヤが見た短杖バトンのような状態に相違なかった。彼女の表情が驚いたり、不思議そうになったり、ころころと変わる。


「え?あれ?」


「種明かしをするとだね……」


 シェイマスが柄を握って武器を引き抜く動作をする。と、アーヤには何も無いところから、急に鉈の刃が生えてきたように見えた。

 注視すると縦長の銀の輪から刃が伸びている。それが本当の鞘で、さっき捥ぎ取ったのは見せかけなのだ。

 魔法の道具なのだろう。彼は刃を輪に押し戻し、鞘を付け直した。


「”見えざる鞘”って言ってね、時々、迷宮とか遺跡で見つかる、あまり珍しくもない、魔法の品だよ。輪っかの向こうが倉庫にいなっていてね……」


「それ、わたしの魔法の小杖がまとめて収まったりは……」


「しないんだなぁ、それが。あくまで入るのは一つという仕組み」


「なぁんだ。ちょっと微妙な性能ですねー」


『君のその魔法の小杖の事かなー』と、喉元まで出かかった言葉を、何とか飲み込む。

 アーヤは種明かしされて、気も済んだようだった。余分な追及が無く、シェイマスは胸を撫でおろす。

 なにしろ”見えざる鞘”は珍しい物ではないが、重量が無くなる類でもないので、迷宮で戦闘を主目的にする冒険者には需要がない。が、街中で活動するどちらかと言えばグレーな依頼だったり、もっと後ろ暗かったりする職種の方には、武器の携帯手段としてバッチリと合致する。


 シェイマスもブレンダンギルド長の密偵みたいなものと考えれば、”見えざる鞘”や手の込んだ軽量鎧を有難く使用する職種な訳で、また、それをわざわざ吹聴する密偵もいないだろう。

 アーヤにはそういう職種のデリケートな心情に、気付けるだけの経験はなかった。目下の不思議が一つ解決したので気を良くし、


「じゃあ改めて、出発しますか」


「へいへい……」


 そんな密偵は彼女から顔を反らし、ほっとした表情を隠した。


~ ~ ~ ~


 迷宮は見た目こそ洞窟だが、壁面は所々が淡い輝きを発している。お陰で何とか行動出来るが、無灯火では手作業など色々と不便なので、めいめいが光源を用意する。     

 アーヤは魔法の小杖が放つ【持続光】の輝きであり、シェイマスは手に下げたカンテラの火だった。


 魔術師が行使する本来の【持続光】は丸一日、徒党の周りを眩い白光で照すのだが、彼女の魔法の道具は戦時急造品なので、光の加減は淡い橙色だ。

 だが火加減で揺らぐカンテラの明かりよりは、常に一定量の発光がある魔法の道具の方が心強い。そう考えてしまうのは、アーヤ自身がやはり不安や恐怖を感じているからなのだろう。


 ここは既に地下二階。闇の神々の眷属モンスターが徘徊する、危険な区画に入っているはずだが、迷宮内は静まり返っている。二人の足音さえ、視界の先の闇の中へ吸い込まれるようだ。

 と言うのも、深い階層でモンスター相手に稼ぎをあげるようなベテラン冒険者が、既にこの階の主要道を通過、掃討を終えているのだ。


「それで安心って訳じゃないんだけどね」


 シェイマスは先導しながら、そう言った。彼らが進んでいるのは、嵐のように冒険者が掛け抜けた道ではなく、別方角へ伸びている枝道だった。

 たまに下っ端冒険者へ安全確認の依頼が出るが、基本は放置されている道だ。迷宮最深部に存在する”核”から遠く、その影響も小さいとかで、大した化け物が湧かないのが理由だ。

 この放置気味の枝道の先が、ピットブルクの郊外までつながっていた。なんでも戦時中はこの枝道を伝い、モンスターが人類勢の側面を衝いて来たらしい。


「はー、歴史的遺構なんですかぁ」


 経緯を聞いたアーヤの反応には勘ぐるような調子があった。


「でも、警邏神官に知ってる人がいたら……」


「大丈夫だろ。光明神信徒は真面目だからね、冒険者の兼業なんていないよ。戦神や賭博神の神官なら、いざ知らずね」


 そういえば芝居や絵草紙に出てくるような英雄譚の神官たちは、勇ましい戦の神の信徒ばかりだ。冒険者で神官なんて根無し草は、そういう人々なのだろう。そう納得すると黙々と足を動かす。


 枝道は幾つかのカーブと小部屋を経て、直進に変わった。

 迷宮の”核”が作り替えたという天然の洞窟風の壁面が、何かの道具で削られていた。土木工事によって掘られた隧道だった。ここまでの迷宮と比べると狭いが、人二人が隣り合って歩けるだけの道幅はあり、見上げるだけの天井の高さも確保してあった。

 アーヤは顔をしかめて天上を杖の灯りで照らす。


「これ、誰が掘ったんでしょう?」


小鬼コブリン豚鬼オーク、はたまた鈍巨人トロール


 シェイマスが口にしたのは闇の神々の加護を受けた人型種族だった。人間を含む光側の五大種族と敵対し、およそ野蛮で残忍な性情とされている。

 また中立神の加護を受けた人型種族と引っくるめ、亜人とも呼ばれた。


 このカテゴライズも人間からの目線であるのは否めないのだが、闇の神々の亜人たちは迷宮にあっては、その”核”から生み出される存在でもあるため、生物学を研究する賢者たちが頭を抱えているのも事実だった。

 そしてその名を耳にしてアーヤが怖気に襲われたのは、戦後生まれの若者として普通の反応だ。直接見た事は無く、戦時中に広まった陰惨なエピソードが一人歩きしている。


「……いるんですか、亜人」


「少し潜ると、同じ種族で群れを作ってるそうだよ。やつらは鉄の装備を持っているから、臨時収入になるとか。作りは悪いからクズ鉄扱いらしいね」


「……このまえ、やけに安い揚焼鍋フライパンを下町で見つけたんですけど」


「鋳つぶして作り直せば、鉄は鉄だよ」


「やっぱり、調理器具はちゃんとした店のやつを買います……」


 顔をしかめつつ隧道の壁を観察する。

 岩肌はかなり整っていた。ただ掘り進むだけでなく、広くて大きな鉄板のような物で凹凸をこそいで整えてあった。どれほどの労力でならしたのだろう。アーヤは空恐ろしいものを感じながら、壁面の削られた平坦部分を人差し指で触れてみる。


「……あれ?」


 感触に違和感があった。指先を魔法の明かりで照らすと、砂粒が付着している。小杖の柄でこそいで見れば、岩肌は一見硬くはあるが、力を籠めれば傷がつく。柄の先にもたくさんの砂がこびり付いた。


「これ、岩かと思ったら、砂の粒が圧し固まってるだけ……?」


「そりゃ砂岩といって、岩ではあるんだよ」


 シェイマスが説明をしながら、壁の隅に転がっている小石を拾いあげる。握りしめるとボロリと崩れ、細かな破片が地面に散らばった。


「岩と石と砂の違いは、粒の大きさに過ぎないんだ。山の岩肌が風雨に曝されて、脆くなって谷底へ落ちる。そこで砕けて、あるいは洪水に運ばれて、川を下りながら転がり、削られる。海へ出る頃には小石か、もっと小さな砂粒になって、一面の砂浜になる」


「あの……」


「それには長命な森妖精エルフの一生よりも永い時間が掛かっていて……」


「あの、あのっ!海って見た事無いんです!だから一面の砂浜って、どんな風なのかサッパリでして……」


「山育ちぃッ!?」


 シェイマスは驚くべき告白に天を仰いだ。しばし喉の奥の方で唸るような声を出していたが、大きくため息をつくと、とてもやさしい顔になっていた。


「うん、それで砂なんだけどね、長い時間をかけて大きな力で締め固めると、塊りに戻るんだよ」


「それが砂岩なんですね!」アーヤは忖度した。「でも不思議ですね。海まで行った砂が、どうして内陸のピットブルクで、岩になっているんでしょう?」


「実は判らないんだ。始原の巨人だの、その末裔だのが砂を握り固めてこしらえた、なんて神学者は言うがね……そもそも岩が砂へと変わる事だって、地母神や鍛冶神が大地をそうあれかしと定めた筈なのに、変化してゆく事など在り得るのか……」


 それを風化浸食で生じた砂が、水や風に流されて堆積し、途方もない時間をかけて推し固められて変成した後、地殻変動などにより地上に現れた――と考えるのが地学であるが、はたして神という超自然の力の担い手が存在する幻想世界で、同じ事が起きたのかと問われると、これが難しい。


 神が大陸を配し、地形を決めたというのなら、地下でプレート運動は行われていない可能性もある。そうなると岩石の成因の一つである圧力の幾らかは、存在しない事にもなる。

 幻想世界での地学とは、地球科学としての地学とは別物となる。


「あるいは迷宮がつくられる時に”核”の影響範囲の物質が抽出され、熱や圧力による変化を受けて再配置されるのかも知れない。鉄や銅そのものが出土する事とは――」


 ふと気付くと早口になったシェイマスを、反応に困った犬猫のような目をしたアーヤが見ていた。


「……砂岩はもとが砂だから、加工しやすいのです」


「はい、分かりましたです」


 ぎくしゃくとした遣り取りで終えた二人は、また歩き始める。

 砂の浮いた足元からザリザリと耳に障る音がする。先ほどとうって変わり黙ってしまった二人には、殊更、よく聞こえた。沈黙も含め、まぁまぁ居心地が悪い。


 学の薄いアーヤが悪いのか、賢者でもないのに講釈を垂れたシェイマスが大人気ないのか。

 とりあえずコニーには、髭を剃っただけじゃ紳士にはならない、そう伝えようと心に決めるアーヤだった。

 だからと言って紳士な時間が終わった訳でもないだろうが、不意にシェイマスがアーヤの右手を握ってきたので、彼女は驚いて小さな悲鳴を上げる。


「ひゃっ?!」


「すまない、だが静かに……」


 そう断りながら、彼は片手でアーヤの右手を下げさせて、もう片手で魔法の小杖の光を包み隠す。


「明かりは一端、仕舞ってくれないか」


 シェイマスは真剣な表情で隧道の先を見据えていた。いつの間にか彼のカンテラも遮光板が下され、明かりが足元だけを照らすように変えられていた。

 只ならぬ様子にアーヤの不意の鼓動の高鳴りも引っ込んで、腰の雑嚢ポーチに魔法の明かりを押し込む。


「何か、ありました?」


「声が……」


 声?他の冒険者でもいるのだろうか。闇の中で耳を澄ますと――それ自体、ちょっとした度胸が必要だったが――微かに、闇の向こうから何かの鳴き声が聞こえた。


 アーヤの記憶に照らし合わせると、夜中に突然鳴き出す夜烏か、はたまた藪に潜む吠え鹿と呼ばれる小柄な四足動物の鳴き声のようだ。

 甲高く、気障りで、森で迷ったときに聞こうものなら、驚く事が請け合いのやつだった。

 が、ああいう鳥獣が地下に住んでいるとは聞いたことがない。


「ぎゃあぎゃあと、何かが鳴いてるような……」


「ああ、ありゃあ、おそらく小鬼ゴブリンだ」


「……さっきいるって口に出したからぁーッ」


 この、段々とツッコミが容赦なくなってきてるなぁ――シェイマスの眉間に深い皺が刻まれた。


~ ~ ~ ~


 小鬼ゴブリンとは闇の神々の加護を受けた人型種族であり、人類種の敵対者である。

 彼らは小柄で、背丈は人間の子供程度であるが、猫背で姿勢が悪いので更にもう一回り小さく見られた。

 口は耳まで裂けて鋭い歯が並び、突き出た鷲鼻の嗅覚は鋭い。目は薄黄色に濁って日光に弱いが、逆に闇の中では夜目が利く。頭髪は無く、全身は薄暗い緑色。およそ人間的な美醜には優れていない。


 臆病さと好奇心の高さを併せ持つのだが、知能自体は低いとされる。だがそれは精神の歯止めが利かない事にも通じ、おそろしく残忍に振る舞うとも言われた。

 当然の如く、敵対する人類種には蛇蝎の如く嫌われている。

 その姿が隧道の先の闇の奥に、五体、うっすらと見えた。アーヤは息を呑む。


「ど、どうします?」


「見たところ、弓矢は無さそうだが……」


 すぐ傍でシェイマスが目を細めている。二人は隧道の隅にうずくまって光源を隠し、息をひそめて様子を窺っていた。


 彼の言う通り、自然環境下のゴブリンは弓矢も使う。そうして狩猟した獣の毛皮をまとい、防御力も確保している。主な武器は打製石器の斧や手槍で、動植物由来の毒も利用した。また、盗品や死体から奪った人間の武器を使う者までいる。

 彼らも知的生命体であった。戦いとなれば、自分が考えるのと同じように、相手もまた考える。それは少数で相手取るには、まったく侮れない戦力となった。


 ただし迷宮で”核”から生み出されたゴブリン――亜人たちがどう振る舞うのか、その研究はあまり進んでいない。迷宮をフィールドワークの場所に選ぶ武闘派の賢者など珍しく、冒険者は情報を重視すると言えども、危険を冒してまでそれを漁ろうとは思わない。結果、各地の冒険者ギルドが個別に、細々と、体験談を収集しているのが精々だ。

 その中で練られたメソッドの一つが、


「先行して発見出来たからな、カンテラの灯りを向けて目を眩ませ、一気に叩く」


 そう言って準備に入ろうとしたシェイマスの左腕を、驚いたアーヤは握りしめて止める。


「ちょっと!?杜撰すぎませんか?!鉱石屋さん、戦闘がお仕事じゃないんでしょうッ!?」


「まー、主なお仕事じゃないなぁ」


小鬼ゴブリンを侮ったら酷いことになる……伊達に冒険者ギルドの二階にはいません、噂話はたくさん聞いているんですから!」


 曰く、気鋭のルーキー達がゴブリンの巣穴に入って帰ってこない。経験を積んだ鉄級冒険者が、多数のゴブリン相手に不覚をとる。そして、そういう話を嘲笑い、ゴブリンを侮る冒険者が、いつからかギルドに現れなくなる。

 ゴブリンに関する都市伝説だ。この人類領域に入り込んだ敵対者に関する認識は、実に様々だった。


 奴らを侮るなと戒める一方で、芝居の英雄譚などでは斬られ役。先の戦争の帰還兵などは子供たちにその恐ろしさを語って聞かせるが、冒険者が街道の外れで不期遭遇戦となればアッサリと討ち取られたりする。


 かと思えば当世風の絵草子だと、ゴブリンを舐めて掛かった冒険者が迎える悲惨な末路の残酷物や、見目麗しい女騎士が彼らに筆舌に尽くしがたい目にあわされる特殊な用途向けが流行だったりもする。

 アーヤはふと脳裏にゴブリン文学の変遷について調べたらネタになるかも、なんて浮かんだが、現実逃避だと気付いて振り払う。


「ともかく、確証はあるんですよねッ?!」


 強く念を押すのも、彼女の中では今の自分たちは迷宮を通り抜けようとする一般人であり、物語の冒頭でゴブリンの餌食になる犠牲者の方だからだ。

 その点ではグレーっぽいお仕事のシェイマスは、擬装が出来ていると安心して良いのだろうか。彼は微笑んで答えた。


「大丈夫、俺を信じろ」


「それ、行方不明になる冒険者のお定まりの台詞ぅ!?」


「そう言われるとグゥの音も出ないねぇ……ま、あれだよ、俺にもキミのような便利な魔法の道具があるのさ」


 そう言いながら、考えを改めるつもりは無いのだろう、シェイマスが背嚢を背から降ろして身を軽くする。今にも駆け出しそうな雰囲気にアーヤはもう一度、彼の腕に力を籠めた。


「ちょ、ちょっと!?」


「安心なさいって。俺は魔物モンスター駆除を生業にしていないけれど、やれない訳じゃないんだ」


「強いって事なんですか?!」


「アーヤ君がジト目で”うそつき”呼ばわりするくらいには?」


 アーヤは唖然として、手から力が抜ける。この男は以前に上司であるブレンダンの前でうそつきと茶化したことを持ち出して、ここぞとばかりに茶化し返したのだ。

 彼女の指からするりとシェイマスの腕が抜けて、隧道を駆け出す。

 遅れてアーヤの中に怒りというか、気恥ずかしさというか、何ともハッキリしないものが沸き立つのだが、気配を殺している手前、声を荒げる訳にもゆかない。


『やっぱり、うそつきー!』


 だから心の中で、思いっきり背中に向かって言ってやった。

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