第11話 ダンジョン再び(1)
時間的には未だ朝の冒険者ギルド名物、醜い仕事の奪い合いが続いてる筈だった。が、受付け受理を待つ窓口の列は見事にコニーの前だけガラ空きであり、両隣の受付嬢たちが正に貼り付けた笑顔で長蛇の列を捌いていた。
代わりに彼女の前にいるのが、
「なぁ、ええ加減に教えてくれへんかー。光明神様の御用の筋やからー」
特徴的な言葉遣いは、警邏神官長のヤヴィエであった。
冒険者は戦乱の名残を相手にした私営の武装集団であり、ヤヴィエのような人間には犯罪者と似たり寄ったりに見える。実際、たたけばホコリの出るグレーゾーンな仕事をしていたり、軽犯罪ていどなら現地の判断と言い張る輩も混じっていた。
こうなると真面目にやっている冒険者も、類が及ぶのを避けたいもの。誰しも彼と関わり合いたくは無く、自分の受付をとっとと済ませ、仕事に出ようとしていた。
おかげでコニー以外の受付嬢は、これまでにない効率で受付け業務をこなしていた。執拗な問い合わせや、説明の不備を突っ込まれることがない。
依頼内容が書かれているのは主に木簡だ。紙の費用は高いので、よほど細かな告知が必須でないと使われない。水性インクで書かれ、後で洗って使いまわされる。なので掃除が楽なように、書かれているのは最低限だ。
だから本来は受付け窓口で口頭質問が長引く。
依頼をどう完遂するかは、各冒険者の責任施工法方式である。つまり施主となって計画・下準備・施工を行わねばならない。冒険者ギルドが持っている情報を引き抜き、予測される困難を予測して、必要とあらば譲歩を引き出させる。
歴戦の冒険者パーティーとなると高度な判断力を備えた施工業者、あるいは自己完結した戦闘工兵といった趣があった。
それがまぁ、すぐに依頼を受けて飛び出して行くのだから、後は現場でどうにかするのだろう。
人材派遣業の末端は何処でも地獄であった。
そして図らずもその地獄を量産する原因となっているのは、光明神の使途たらんとするヤヴィエであるのだが、彼はそういう処に気が回るわけもなく、
「なぁー、魔術師殺しの重要参考人なシェイマス・タガートのやつの行方が、昨日から知れんのや。なんぞギルドで仕事、受けとるんかぁー?」
と受付窓口に上体を預け、
当のコニーは引き攣りつつある営業スマイルでもって、根気よく対応を続け、
「守秘義務がありますので、依頼に関する情報は第三者に開示できません。鉄級冒険者のタガート氏に関しては、先ほどからお答えしています通り、当ギルドからの依頼を現在受けておりません」
「そおかー、そこを何とか、なぁ~?」
中年男性の上目遣いという精神的苦痛に耐えつつ、コニーに次第に『こいつの顔面に拳ぶち込んだら、どこまでめり込むかしら』と下町娘っぽい思考が浮かんでくる。溶けた鉄のように、ぐつぐつと。
そういう塩梅の中、何も知らずに冒険者ギルドの一階に現れたのがアーヤであり、コニーの助けを求める視線にも察しがついた。ついたのだが――
「わたしにどうしろと?」
これに尽きた。
しかし何の不幸か、彼女が信奉――本人同意なし――するのは、かつての闇の神々の一柱、
まさに光明神の天啓があったかのごとく、ヤヴィエは振り返った。
人の波が割れるように、いや最初からそこに人は並んでいなかったので、彼は劇的に宿敵と会合する。
「よぉー!背教者のアーヤ・カーソンやないけぇ!?」
いやがおうにも集まる視線。アーヤ的にはいきなりの理不尽な注目に思わず画風が変わるとか、ギャグ顔になって吐血するとか、それくらいのショック。
なにしろ天下の警察組織である光明神の警邏神官長に、直々に背教者呼ばわりだ。そして冒険者は命を張った荒事であるためか、やたらと信心深いのがいる。
神官、司祭、北方の神女、
そういう人たちからの視線が、痛い。さらにヤヴィエの追撃も容赦がない。
「お前の留置場仲間のタガートのやつなー、昨日っから姿くらましてんのや。何か知らへん?」
留置場に背教者のコンボで、アーヤの社会的信用が危機的状況だった。悪評が広まれば普通の人が取材に応じてくれなくなる。
唐突な事にアーヤは心の中でさめざめと泣きながら、いかにも弱々しく答えた。
「存じ上げませんよぉ。親しい間柄でもないですから」
確かにここ数日、非常に濃い時間を過ごした間柄ではあるが、鍛冶師ギルドに騙されて連れて行かれたのは忘れていない。行き先を知らないのは噓ではあるが。
シェイマスは昨日からカナル村行きの準備をしているだろうし、ともすればこうなる事を見越して、鍛冶師ギルドのまわりに潜んでいるのかも知れなかった。
が、少なくとも本人同意のない信仰を理由に留置場にぶち込まれた身としては、取材協力者を”売る”理由にはならない。もちろん記者的にも”情報源の秘匿”とは重大事だ。
もっとも、それが警邏神官に通じるとも思ってはいない。
彼らには法の上に信仰があるので、アーヤとは信条の対決になるだろう。
なお性質が悪い――もとい、問題を難しくするのは、神々が実在し、影響力を行使す幻想世界において、信仰心の比重は必然と高くなる。たいして職業倫理とは、この場合の集団の信仰と比べると、あくまで個人の信条に過ぎない。
『ま、その辺り、わたしは背教者らしいですので』
アッサリ、サッパリ、都合よく、レッテルを受け入れつつ、アーヤはコニーのために助け舟を出す。
「でも、後ろ暗い隠し事してる人なら、こんな冒険者が多い時間にはいないと思いますよ?」
「んな事ぁー、分かっとるわいッ!!見つからんのやから、ギルドみたいな太い線を張ってるんじゃッ!」
「素人考えですけど、
「翠玉の塔が調査団が優先とか何とか言うて、非協力的なんじゃ!それよりもタガートのやつじゃい!鍛冶師ギルドなんぞ引っ張り出しおってからに。あいつらも非協力的やし、やっぱり、土の下に住んどるようなのは駄目やな!」
『あー、案の定ぉ……』
案の定、シェイマスが身元引受人として鍛冶師ギルド長という街の重鎮を引っ張り出した事で、ヤヴィエの心証は捻じれに捻じれていた。
これからの事を考えるとアーヤの胃はキリキリと痛んだが、日頃から横暴な警邏神官の暴言は、今回はよい方向にはたらいたようで、
「あぁん?」
ドスの利いた声が何処からか聞こえた。
「なんやぁ?」
売り言葉に買い言葉で、ヤヴィエも機嫌悪そうな声を出して振り返る。が、冒険者たちの中に混じる、背が低く恰幅の良い人々の誰かが口にしたようで、特定ができない。皆、ドワーフだ。彼らが自分たちの種族への侮辱と受け取り、ヒリついた空気を放っている。
ヤヴィエは最初「おぉ、文句あっか」と悪態をついたが、すぐに彼の見てないところで重々しい音がたった。ドワーフの誰かが重厚な丸楯を取りこぼし、床に落とした音だった。
そっちを睨みつけたヤヴィエの背後で、今度は金床のような極悪な先端をした戦闘用ハンマーが転がって重々しい音をたてる。
続いて誰かが床を踏み鳴らした。
もうドワーフ以外の人間も混じってるようで、誰の仕業か判らない。規則正しく踏み鳴らされる複数の重い音に、ヤヴィエは身の危険を感じずにはおれなかった。
なお、コニーは涼しい顔をして推移を見守っているし、他の受付嬢も粛々と業務を続けていた。止めるつもりなど、サラサラないようだ。
ヤヴィエは緊張に眉と頬をひくつかせ、足早にギルドの出口に向かう。
「こんなトコいられるかッ!別ん場所を探すわッ!!」
捨て台詞を残して逃げ帰る警邏神官長に、冒険者たちは鬨の声をあげて見送った。
コニーはほぅと一息ついて、アーヤへ向かって握り拳の親指を立てる。
アーヤも親指立てて微笑んでから、二階の王国週報の支局に向かった。もう冒険者たちはコニーの前にも殺到をはじめ、新しい人の濁流が出来上がっていた。
~ ~ ~ ~
警邏神官長のヤヴィエがヘソを曲げ、シェイマスを探すのに躍起になっている。これは彼に同行し、カナル村へ取材へ行こうとしている矢先に、まったく嬉しくない状況だった。
そもそも今、彼は何処で何をしているのか。今日の午後に一旦、鍛冶師ギルドで顔を合わせる約束だったが、もっと早く警邏神官の動きを伝えられないものか。
柳眉を寄せてピットブルク支局の扉を開くと、
「やぁ、お邪魔してるよ」
シェイマスが来客用の丸椅子で足を組んで寛ぎ、茶を飲んでいた。
反射的にアーヤは出張道具の入った大きなショルダーバッグをぶん投げていた。
「うっがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
お茶のカップを持ったシェイマスは、律儀に顔面で受け止める。
「うぷっ……熱烈だなぁ、いやはや」
「人がッ!どうしようかとッ!!悩んでるときにッ!!」
ずんずんと彼の前まで歩き、バッグを返してもらう。いちおう、シェイマスも困った顔をしており、
「いや、俺も昨日から警邏神官に身辺を探られていると解ったからね、キミと早く合流しておこうと考えたわけだよ?」
「ヤヴィエ神官長、まだ鉱石屋さんを疑ってましたよ。留置場から身元引け請け人の権力で出所したから……」
ジト目をシェイマスに向けつつ、デスクの上の水晶版も確認する。昨日の出来事を本局に連絡していた。そこで早くも、編集長から返信が来ている。ドワーフの秘事絡みの事とか、今のところはぼやかしていたのだが、
『”真の銀のお役目”の事ですね。高い精度の調査を行い、報道の根拠にもなる事でしょう。ぜひ同行して記録を持ち帰って下さい』
『……なんで知ってるの?』
ずばり突いてくる編集長に若干ひきつつ、アーヤは水晶版の端にある×の字に触れ、魔法通信端末を停止させる。顔を上げるとシェイマスが不思議そうにこっちを見ていた。
夜中まで準備をしていたのか、それとも警邏神官の目を掻い潜っていたのか、疲労の色が見える。少なくとも髭を剃る暇は無かったらしく、また無精髭が伸び始めていた。
「どうかしたかい?」
「……そういえば、鉱石屋さんも鍛冶師ギルド長も、ウチの編集長を知ってるみたいな口ぶりでしたよね……」
「俺は直接は知らないな。ブレンダンギルド長から聞いた事があるんだ。何でも先の戦の最中に、”
「え?!ブレンダンギルド長って、従軍経験者なんですか!?けっこうなお歳じゃ……あー、
「あまり老人呼ばわりは止めてやってくれないか。この前も当時の
『戦斧って』
先ほど一階でもドワーフの誰かが手にし、床を打ち鳴らしていた。両刃の大きな斧だ。両方を合わせれば人の胴回りよりも大きな刃渡りになり、当然、とても重い。小柄な体に筋肉の詰まったドワーフや、大兵で力自慢の人間でないと、とうてい振り回せるものでない。
だが人類種の対立者であり、闇の神々の眷属である
そういうのは人の通わぬ山野や、迷宮の深部をうろついているのだが、幸運にも山育ちのアーヤはお目に掛った事がない。
「あんな大きな刃物、狭い迷宮で役に立つんでしょうかね」
ふと口にした素朴な疑問に、シェイマスは鷹揚な語りで乗って来る。
「おや、カーソン君は迷宮の深部での激闘をご存じないかね?」
「日銭稼ぎに薬草摘みに行ってた程度ですよ。
「そうかー、それなら上手くすれば、これから見られるかも知れないぞ」
「んーーーーーー……」
アーヤはとりあえず目だけ笑ってない笑顔で、もう一度ショルダーバッグを振り上げた。慌ててシェイマスは茶のカップを机の上に避難させる。
「暴力はよくないぞ!」
「わたしも暴力とは無縁に生きていたんですけど、それがどうして、冒険者の戦いが見れる、みたいな話しになるんです?」
「うん、それが警邏神官の人海戦術を、少ぉし軽く見積もっていたようでね――」
少しの部分を強調した彼は壁際まで歩くと、窓を僅かに押し開いて外を指さした。隙間からアーヤが外を覗き見ると冒険者ギルドの前の通りに、光明神の入信者とわかる白いローブ姿が数名、入れ替わり立ち代わり、行き来しているのが目に入る。
「……完全に張り込まれてるじゃないですかぁー!?」
「さっきコニー君に裏口の話は聞いたので、ギルドから抜け出るのは可能なんだ。が、あの調子では、分神殿や在家信者さん達にも動員かけてそうでね」
思わぬコニーの口の軽さというか、チョロさというかに一抹の不安を覚えたが、今はとりあえず不問として、アーヤはショルダーバッグを開き、以前から出張用にまとめていた荷物を次々と詰め込みだした。
「これ、明日まで待っていたら、街から出られなくなりますよ。もう今日のうちに出発しましょう」
「何という積極果敢。実はどう切り出すか考えていたんだが、そう言って貰えると有難い」
「……それで、わたしが聞きたいのは、さっきの暴力の世界へのお誘いなんですけど?」
アーヤの旅支度が早々に済みそうなのを見て、シェイマスも部屋の隅に固めていた荷物に手を伸ばす。革鎧一式に大きな背嚢と外套。油類で煮固めた革の足甲をブーツに宛て、ベルトで固定しながら、
「このまま、目の前の大通りで乗合馬車をつかまえると、警邏神官に見つかりそうだ。なので街外れの停留所で乗ろうと思う」
「まぁ!てっきり今の流れだと、その警邏神官の列を殴り倒しそうな雰囲気でしたけど」
感嘆符を口にして微笑むアーヤであったが、相変わらず目が笑っていない。『警戒されてるなぁ』と苦笑するシェイマスだった。
「あぁ、ちょうど町外れに出る裏道をひとつ知っているんだ。迷宮の中にあるんだがね――」
「んーーーー……」
アーヤはとりあえず重くなったショルダーバッグを投げ付けていた。
~ ~ ~ ~
冒険者ギルドの裏口から、外套のフードを目深にかぶったアーヤとシェイマスが出てくる。いかにも人目をはばかる風で、すぐに雑踏の奥へ消える。
”真の銀のお役目”なんて大任で出発するのに、まことに不安な滑り出しとなった。
シェイマスの先導で裏路地を縫うように進むが、まったく何処で知ったのか、確かに人通りなんてない。というかゴミや私財が狭い道にはみ出たり、積み上がったりで、まともに移動できる雰囲気でない。
身をひるがえし、跨いで、悪態をついて、それから大きなごみをシェイマスに手を引いてもらって越える。大人の気遣いというやつだろうか、彼は妙なところで察しが良く、手を貸してくる。
男慣れしてないアーヤは密かにフードの下で頬を熱くしていたが、ちょっと考えると結局はシェイマスの都合に振り回されているだけなので、努めて微妙な顔に戻す。
出がけにコニーに出張の事を伝えた際の遣り取りが思い出された。
『え?タガートさんと……うぅん、鉱石屋さんと、二人でッ!?』
『とりあえずコニーが面食いなのは分かったから、誰かに騙される前に、その判り易すぎるの、どうにかしよっか?』
『だって、二人で、でしょ?』
『ええ、二人で、お仕事』
お仕事を強調したのを思い出し、顔を振って頬の熱を冷やした。
裏路地を歩いたせいで、通りをまっすぐ歩くよりは時間がかかった。そのぶん人目にはつかず、迷宮の入口に到着する頃には、受け付け待ちの冒険者の待機列も掃けていた。
二人は警邏神官の目を逃れて、素早く迷宮の衛兵に冒険者の登録証を見せると、地下へと滑り込む。
ところが、彼らが見えなくなったところで、衛兵は詰所の同僚を呼び出していた。
「おぉい、誰か光明神の分神殿に行ってくれ。連絡のあった冒険者だ」
「あいよ、了解。でも連絡して、どうなるんだ?まさか神官連中、迷宮にまで追って行かないよな?」
「それなら冒険者登録を確認しないとな。まぁ、街中とは勝手が違うことくらい、解ってるだろ。この辺で、出てくるまで張り込むんじゃないか?」
「……それじゃ俺たちが気を抜けないじゃないか!」
その衛兵は迷惑そうにぼやいた。
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