第6話 ピットブルク捜査網(1)

 ヤヴィエ警邏神官長は不機嫌そうにアーヤの独房の鉄格子を開くと、


「おう、背教者ぁ、まったく、いらん手間ぁ増やすなや!」


 取り上げていた雑嚢ポーチを返しながら、分厚い紋章学の本のページを開いて突きつけた。満遍なく凹凸のない白い高級紙には、様々な家紋や旗印、それに聖印が描かれ、来歴なども載せてある。


 そのページには波紋の重なりのような、連続した曲線が描かれてあった。

 見覚えがある。彼女のナイフの柄本に彫られている意匠だ。それを確かめるように、ヤヴィエがナイフの鯉口を切り、その彫り物を露出させた。


「こいつに相違、御座いませんかねぇっ!?」


「はい、それですね」


 頷いたアーヤは、これまで全く気にしていなかった意匠について書かれた頁に目を通し、


「うぇっ……」


 変な呻きと、眩暈を覚えた。

 静寂しじまの神。闇の中立神の聖印。


 神々が何の御用か光と闇に分かれて相争い、その構図は遥か後世のこの大陸でも、王国と魔王に形を変えて続いていた。何とも気の長い話だが、付き合いきれないと思った神々も当然いた。そういった神々は光にも闇にもつかず、位階や立場も捨て、中立神というあやふやなままで世界を彷徨い、あるいは何処かで眠りについているという。

 例えば、アーヤの実家の山郷とかにも、一柱。


「もと闇の諸神ですかぁ……」


「知らんかったんかい、呑気な奴やな」


 何しろ狭い村社会で、神と言えばその『静寂の神』である。区別をつける必要もないし、祭事を取り仕切る神官でもなければ、掘り下げる必要性もなかった。

 それでも光明神にとっては、敵一派に属していた神の加護を受けている道具だ。自分の膝元に入れるつもりはないのだろう。


 アーヤがあずかり知らなくとも、とばっちりでしかなくても。まして村の事とか口走れば、さらなる面倒が降り掛かりそうだ。ここは大人しく、拾い物という今の状況のまま、黙っておくに限る。

 ヤヴィエも名もない元闇の下位神なんて、手柄にならなそうな事に関わる気など毛頭なく、ナイフはあっさりと返却された。アーヤもきょとんとして、思わず、


「あれ、没収とかじゃ……?」


「没収したら倉庫行きやぞ。呪われそうな道具、増やしたかないわ。ともかく、これでおんどれの邪教の疑いは晴れたさかいな、さっさと帰り」


 犬猫を追っ払う様に手をばたつかせたヤヴィエだったが、分厚い本を持って来てわざわざ確認したり、少なくともアーヤ本人に手荒な真似はしなかったりと、法の番人としての教育は行き届いている。これであの一方的な性格がなければ。

 アーヤはポーチとナイフを腰に巻き直しながら、そう考えていた。


 少しは見直されているヤヴィエ神官長であったが、そんな事は知る由もなく、今度は鉱石屋の独房の前で早速の暴言を吐く。


「おい、お前!野良犬冒険者ふぜいが、どんな伝手であんな身元引受人を連れて来やがった!?」


 どういう事だろう。

 釣られて隣りの独房を覗き見ると、やはりあの山賊風の姿の鉱石屋がいた。つい今しがたまで壁越しに会話をしていたが、見た目の印象などそうそう変わるものでもない。

 というか、一晩経過しているので、無精ひげもいっそう伸び、山賊どころか蛮族に片足を突っ込んでいた。


 アーヤはヤヴィエ神官長に要らぬ勘繰りをされないよう、彼の目を盗んで会釈する。すると鉱石屋も同じように思ったのだろう、目礼を返された。


 鉱石屋が何をしてヤヴィエに一杯食わせる反応を引き出したのか、結局は解らず仕舞だった。何しろアーヤは先程の扱いそのまま、野良の犬猫の如く留置場から追い出され、夕闇迫る官庁街へ放り出されてしまった。


 安堵と疲労の混じった溜め息一つ吐き、役場や各神殿から帰宅する人々の列に混じって歩き出す。と言っても、まだ賃貸の集合住宅に直帰という訳にもゆかない。

 多少なりとも本局に調査の進捗を報告しなければならないだろう。あまり口煩く言われない――その程度の期待度――地方局の仕事とはいえ、好き勝手やり過ぎれば年毎の契約時にお役御免されてしまう。


 個人所有の魔法道具である時計は高価で、まだまだ一般的でない。神殿の鐘が時を告げ、昼の仕事は日が落ちれば終わりだが、その辺りのゆるさゆえ、定時や残業という概念もない。だからこれからの作業は、我々の言葉で言うサービス残業であった。


「夕飯までには終わるかなぁ……」


 漠然とした調査の手ごたえから、何とも力ない呟きになった。


 ~ ~ ~ ~


 お酒は大人になってからとは言うが、幻想世界は医療技術や公衆衛生の未発達などから寿命は短くなりがちであり、その結果、命の単価も安く、早熟な社会となる。飲酒は15歳くらいで肉体が出来上がれば勧められるし、殺菌作用から長持ちもするため、地方によっては飲用水の代わりに飲まれる場合もあった。


 アーヤの故郷でも大人達は他に楽しみもないのか、農閑期だの狩猟期だのといった折に触れては、集会場代わりの神殿に集まっては酒を呑んでいた。そういった席に子供が手伝いに行けば、ちょいとご相伴などがあったもので、アーヤは街娘のコニーなどより余程、酒に慣れている。


 麦酒エール葡萄酒ワインと言った上等なものではない。パンを水に浸して酵母を加えて発酵させた酒精の低い飲料や、蜂蜜を似たような製法で発酵させた強い酒を水で薄めたものとか、素朴で、とりあえず酔えりゃ上等、という代物だ。


 だからアーヤは街に来てみて、品質管理されたれっきとした酒にいたく感動した。

 昨夜も報告書を王都の本局に送った頃には、すっかりと日も暮れており、賃貸住宅アパートの周りにある食堂で一杯つけて夕食にした。いや、飲料水代わりである、乙女的に考えて。


 注文したのは牛の筋肉とモツのシチュー……というか朝から大鍋に炭火でコトコトで、すっかりと煮詰まった煮込みに、堅焼きパンと、リンゴ酒の炭酸水割り。

 すっかりと味の濃くなった煮込みは絶品で、深皿の角の残りまで堅パンで拭って食べた。そらから果実の香りの微発砲で口の中を洗い流すと、疲労もあって実に良い気分になった。


 それで今、朝と言うにはちょっと遅い時間に、アーヤは下町を駆けている。


 酔いは寝過ごすくらいに快眠を与えてくれた。

 寝癖もロクに直さず、雑踏を走って冒険者ギルドへ。既に前の通りは仕事を始めた乗り合い馬車や、荷馬車でごった返している。


 幸い遅刻しようが咎める者もいない、一人親方な地方局だ。朝イチの割の良い依頼の受託ラッシュを終えた冒険者ギルドに飛び込んで、まだ仕事を吟味している余裕のある中堅冒険者の合間を縫って二階へ。

 と思っていたら、受け付け業務で忙しい筈のコニーからお呼びが掛かった。


「あっ、ああ!ちょうど良いとこにッ!」


 ちょっと焦った声色で、支局でせめて寝癖だけでも直そうとしていたアーヤには、何ともタイミングが悪い。

 操り人形のように首だけ器用にそっちへ向けると、にわかに頬に朱の挿したコニーと、カウンター越しに立つ男性。それと珍しい受付嬢の様子に、好奇心を刺激されて遠巻きに見ている暇な冒険者たち。


「あちらの彼女が、お探しのカーソンですよ」


 コニーは日頃ならぞんざいな口ぶりで冒険者どもを仕分けているところ、やけに丁寧な言葉で対応していた。

 何事かと驚きつつ目を凝らすと、アーヤは成る程と納得する。


『コニーもなかなか乙女のようで』


 人の悪い顔になる程度には、カウンターの男性はいわゆるチョット良い男だった。

 姿勢の良い長身は何かで体を鍛えているようだが、ズボンにベストの平素な服装なので、役人や学者のようにも見えた。

 年の頃は20代の半ばから後半。短く切りそろえた灰色の髪に、綺麗に剃った髭は清潔感があった。肌は日に焼けているが、それが風貌を引き締めてもいる。


 粗野な冒険者の中に突然混じっているので、コニーもそのギャップにやられているのかも知れない。

 なにしろ、


「『改めまして』、アーヤ・カーソンです」


「シェイマス・タガートと申します」


 低く、落ち着いた男性の声に、アーヤは営業でない方の笑顔を向ける。


「すっかり名前を伺うのが遅れてしまいましたね、鉱石屋さん」


「さすがに記者さんだ、バレたか」


「昨日、あれだけ話しましたから。声で解りますよ」


 二人の落ち着いた遣り取りに、逆に落ち着かないのはコニーだ。


「はぁっ!?鉱石屋ぁ?!何であの山賊から、紳士が出てきちゃってるの!?」


 あ、やっぱり、みんな山賊って思うんだ。アーヤはそこばかり妙に合点がいった。

野次馬達にもギョッとした者が見受けられるので、シェイマスと名乗った鉱石屋は、冒険者ギルドでの自分の立ち位置が判って苦笑する。


「山師どころか山賊だったか。それで、カーソンさん、昨日の話の続きだけど」


「立ち話も何ですから、王国週報のピットブルク支局でどうでしょう?ここの二階の、もと物置ですけど」


「……それで用があったら、ギルドに問い合わせてほしいと言ったのか」


 思わぬ近距離に、今度はシェイマスがギョッとした。


 ~ ~ ~ ~


 作業用のデスクに、背もたれの無い丸いす。これが王国週報ピットブルク支局の応接用具である。迷宮に突撃する前のアーヤが、装備をバラバラと広げた机の事でもある。

 一階のカウンターの内側にある炭火から湯を拝借し、ポットに安い茶葉を入れ――左手は未だに包帯巻きで軟膏が塗られているが、問題なく動いてくれている――白い無地のカップを出したら、もてなしの準備は完了だ。


 以前にコニーに呆れられたが、何しろ山育ちのアーヤに茶とは何ぞやと問うても、乾燥キノコだの植物の根だのと言った、怪しげな代用茶が出てくるだけ。更にミルクや砂糖と言われても不思議な顔をされるだけだ。


 シェイマスがストロングスタイルな茶に言葉を失っているうちに、アーヤは自分のデスクの端にある水晶板に目を通す。

 ”間の網”に接続された、連絡用の魔法道具だ。手の平ほどの大きさで、その上に置いた情報を転写・送信する。紙だったら紙面を、アーヤの魔法の小杖≪ステッキ≫が記録したものなら、その記録内容を遣り取りできた。魔術師たちなら”間の網”を介して、遠距離でも会話が出来る。


 そこには早くも先晩の報告に目を通した王都の編集長から、返事が来ていた。

 水晶の板に白く輝く文字が浮かび、「報告には目を通した。お疲れ様。面白い事になりそうだから、引き続き今の線で追っ掛けて下さい」とあった。


 精錬前のミスリル鉱石には魔力がない事。それを翠玉の塔の調査団は『過剰な魔力』という理由で、カナル村の病の原因にしている事。それを追跡調査するという事だ。


 それにしても王都の編集長とは直接会ったことがないが、報告への反応がいつも早い。まさか本局で暮らしているのだろうか。


「さて、お待たせしました」


 気持ちを切り替え、シェイマスの向かいの丸椅子に腰を下ろす。


「ここに来られたという事は、昨日の嫌疑は晴れたという事ですね?」


「まだ疑われてはいるがね」


 シェイマスは安い茶葉で銅色になった、香りが少ない紅茶で口を湿らせる。


「身元引受人にアリバイを証言してもらったんでね、仮の自由の身だよ」


 ヤヴィエ警邏神官長が騒いでいた、想定外な権力者の事だろう。あれはあれで神官長の性格上、根に持って躍起になる気がしないでもない。


 まぁ、今は何より、情報収集だ。アーヤは以前に翠玉の塔の調査団を取材をした際にとっておいたメモをデスクから取り出す。粗悪なわら半紙を手のひらに収まる程度のサイズに切り揃え、ばらけない様に紐で括った手製のメモ帳に目を通しながら、


「……その嫌疑に関わる事ですけど。以前にカナル村の調査団に取材した時の記録を見直したら、マーティン・マイルズ氏、取材中に口論を始めてしまった人なんです」


 鉱石屋ことシェイマスが二日前の晩に酒場で意気投合し、翌朝に水路で遺体として発見された男だ。彼はカナル村で蔓延した『蓄積性の魔力中毒による呼吸器系疾患』の原因を、水源で発見したミスリル鉱石とする事に異を唱え、アーヤの目の前で調査団の首魁であった『教授』の派閥と口論になった。


 当時のアーヤは専門用語にチンプンカンプンな上で、そこで始まった派閥争いじみた光景に絶句するしかなかった訳だが、思わぬ所でつながった。


「揉め事の種は充分にあったと思うんですが、どうでしょう?その辺り、マイルズ氏は何か言っていませんでしたか?」


 アーヤは慎重に切り出す。死者の事である。タダでさえ、他人の粗探しを好んでする仕事、と思われがちだ。

 問われたシェイマスは気分を害した風でも無く、その晩の事を思い返しながら語り始めた。


「カーソンさんと別れた後だったな。下町の酒場で一杯引っ掛けながら、あの日に採取した鉱物を広げて、取れ高を確かめていたんだ。そうしたら声を掛けられてね。商人か何かと思われたらしい『ミスリルを取り扱ってるか。教えて欲しいことがある』とね」


 山賊とは思われなかったらしい。アーヤは瞬時思ったが、さもありなんな理由がすぐに聞ける。


「既にけっこう酔っている様子でね。昨日、キミと話したような事を聞かせたら、代わりに愚痴を聞かされたよ。彼が派閥の方針に反して、自然状態でのミスリル鉱石を探している事とか、そのせいで次の調査隊からは外されている事とか。あとは派閥にべったりで仲の悪くなった同期の陰口とか」


「その同期の人の名前、憶えていますか?」


「ん?なんと言ったかな。ヘーゼルとか、平凡とか……」


 なにしろ酒が回って、お姉ちゃんのいる店に入った辺りの事である。事細かに語ると、また冷たい声を掛けられそうだった。

 まぁ男には『自分の世界がある』なんて事、アーヤは察してやれるほどの人生経験はなく、幸いにもメモ書きに類推できる情報があって、そっちに気を取られていた。


「……ベーゼル・ヘイデンですかね」


「あ、それだ」


 アーヤのメモ書きの中の取材記録と一致していた。あの時、取材そっちのけで口論を始めて、彼女を途方に暮れさせた名前だ。

 とはいえ、これで怨恨だ、下手人だと騒ぎ立てても、タダの言いがかりだろう。自分の取材として追っかけるにしても、確証が足りない。


「そういえば、ヤヴィエ神官長が、夜中に言い争いの声を聴いた人がいる、とか言っていませんでしたっけ?話、聞けたらなぁ……鉱石屋さん、場所に見当とかつきません?」


「うぅむ――」


 シェイマスは唸った。それこそ夜半頃、お姉ちゃんのいる店の前で別れた辺りではないだろうか。そこは下町の入り組んだ先にある一角で、いわゆる色町だった。


「曖昧な見当になるぞ?」


「かまいません、自分で聞き込んでみます」


「うぅむぅ……?!」


 はぐらかしたつもりが、予想外に堅実な返しが来てしまった。これは下手なことは言えない。当然ながら若い娘さんが当てずっぽうで、ほいほい歩いて安心な場所ではない。

 と、若者以上おっさん未満が大人の義務感に悩むのを、アーヤは都合よく解釈して合いの手を入れてくる。


「先日、お姉さんがいる店とか言ってましたから、下町と色町の中間くらいですか?」


「おいぃっ?!知っているのか!?」


「仔細は省きますけど……」


 アーヤはそう言いおいて、やけに遠い目をする。


「二年前、山から下りてきて、お世話になる筈だった針子の工房が潰れていたと知った時に、もうああいうお店でお世話になるしかないかなぁ、と思って下調べを……」


「お、おぅ、急に重たい話になってきたな」


「でも、当時のわたしと来たら、山出しの野生児でしたから。肌は日焼けに加えガサガサで、髪もボッサボサの山猿ですよ。大人の酒場を当ってみても『お祈りの言葉』ばっかりで、仕舞には男の子に間違われて誘われる始末……」


「つ、つらい話なら無理にしなくても良いと思うんだ!」


 そう言われるも、止まるどころかグングン目のハイライトが消えてゆくアーヤ。


「それでいよいよ途方に暮れて、下町の高札場で最後のお金で買った揚げ芋を食べていた時でした……」


 そこで彼女の語りにシンクロしたように、昼前の時刻の王国週報”風の声”の放送を告げるファンファーレが聞こえて来た。ようやく過去語りの辛いところを終え、目にハイライトが戻って来る。


「ちょうど、こんな風に”風の声”が始まりまして。目の前に次々と流れる見知らぬ風景。しらない土地の出来事。王都の煌びやかさ。吟遊詩人さん達の語りと歌声……ええ、まぁ、初めて見て、田舎者はすっかりと心を奪われてしまいまして」


 アーヤは気恥ずかし気に微笑んだ。

 それから先を彼女は語らなかったが、ただの山出しが、すぐさま採用とは行かないだろう。それからも悶着があったのだと察せられる。


「……まぁ話が逸れましたが、そんな訳で色町には多少、覚えがあるんです。悪所だナンだと言われますが、相手にもされなかった事には実績があります!」


「ふむ」


 シェイマスはアーヤの爪先から頭のてっぺんまで不躾け気味な視線を向け、それから首を縦に振る。ニュアンスは全く逆であったが。


「うん、以前はそうでも今は立派なお嬢さんなので、一人歩きは断固反対だ」


「即座に否定ですか?!……というか誉められたような、小馬鹿にされたような。ここ、自分語りの後なんですから、理解とか感動とか、そういう場面では?!」


「やかましい。この向こう見ずめ!理解と言うなら、キミがとんだお転婆だという事にだ」


 彼は小さく溜息をついた。彼女の言う通りの理解などなく、諦念じみた納得があった。

 左手の包帯も目に入っていた。彼を探して迷宮に入り、自爆したものだ。更に次の日にも光明神の神殿に追ってきて、そこでまた自爆して収監された。

 シェイマスはもう一度、溜息をついた。


「……これで色町で聞き込みなんて、留置場どころか、次はとんでもない処で再会しそうだよ」


「大丈夫ですよぉ。いざという時のための《発火》の小杖!今度はすぐに見分けられるように、色分けに工夫してますから」


 そう言ってアーヤは、何処からか取り出したあの魔法の小杖ステッキを摘まんで見せた。末端の赤いラインが二本に増えていたが、シェイマスがその工夫の理由を知る訳もなく、


「お黙りなさい!いざという時なんて、すぐに口にするから痛い目に遭うんだ」


「藪蛇!この人、コニーみたいな正論を?!」


「冒険者ギルドの受付嬢だな。ああいう友人は大事にするんだぞ。特にキミみたいな、狙いの定まらない魔法弾みたいなのは」


「だ、だからって、コニーと色町を歩くわけには、いかないんじゃないですかー!?」


「今回は俺が付きそおう」


「……え、良いんですか?」


 アーヤは急に風向きの変わった事にキョトンとした。


「てっきり、渋られてるものかと」


「渋ってますよ。でも俺の嫌疑を晴らすのにも、つながりそうだしね。それに……」


 シェイマスは香りの立たない茶を飲みつつ、言ったものかと逡巡し、結局、口にしていた。


「それに、キミの手の火傷も留置場入りも、俺を探しての事だろう?もっと笠に着て協力を依頼したって、バチは当たらんだろうよ」


「それは、流石に……度重なる自爆なのに、傷物にされたー、なんて……」


 彼女の言葉選びにシェイマスはドキリとさせられる。若いみそらでナンて事をいうのだろうと、若干おっさん臭い事を考えながら、


「なら三日連続の自爆は回避できそうだな」


「あはは、そこは、その……ご指導、ご鞭撻のほどを」


「色町の歩き方なんて教えられるほど、こっちは儲かっちゃいないよ……」


 気の利いた返しよりも、切実な現実に、思わず情けない声が出た。

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