第5話 そして牢獄へ

 光明神の警邏神官詰め所へ勇んで(?)向かったアーヤであったが、


「おどれはッ、背教者アーヤ・カーソンやないけッ!!」


 運動場に足を踏み入れた直後には、西方なまりの凄い剣幕な神官に詰め寄られていた。

 白の長衣に金刺繍の入ったたすきを肩から掛けているスタイルは警邏神官長という管理職のものだ。

 かっちりと7:3に分けた頭髪が乗っているのは、口と顎が発達して突き出た猿を思わせる風貌であり、見る者は文明レベルのギャップに戸惑うだろう。


 ヤヴィエ警邏神官長。猛烈と言うか、一方的な情熱と言いうかで知られる、ピットブルクのあまり評判の良くない方面で名物神官だった。アーヤを見るたび舌打ちするのも彼であり、どういう訳か今日に限って、他の神官や入信者たちとランニングに精を出していた。


「は、背教者って人聞きが悪いじゃないですか……!だいたい、うちの実家は光明神様じゃありませんからっ!!」


 いちおうアーヤも反論はする。対してヤヴィエは今にも鼻に指を突っ込む勢いで、


「ほーん、どうせ地母神みたいな甘った――」


 慌てた回りの神官たちがヤヴィエの口を手で塞ぐ。他宗派批判は色々とセンシティブだ。


「ヤヴィエ神官長!光明神は過度な放言も諫めております!!ああ、それで王国週報さんの記者さんでしたね!今日はいったいッ、何の御用でっ!」


 ヤヴィエを複数人で力づくで止めつつ、若い神官が取ってつけたように問うた。

 アーヤはアーヤで、そういや実家の神殿は何の神様だったっけ、と少し脱線していたが、用件を聞かれて姿勢を正す。


「あ、今日、冒険者ギルドで捕り物があったと聞きまして、詳しい話を伺いたいなぁ、と」


「ふんぬっ!」ヤヴィエが鼻息荒く、周りを振り払った。「俺が捕まえたんじゃ。今朝方、下町の水路にドザエモンが上がってのぅ。翠玉の塔の魔術師の身分証を持っとった。で、辺りで聞き込みをしたんじゃ。

 ほいだら、昨晩、冒険者とつるんで酒場にいたと証言があった。さらに夜中に言い合う声と、水音を聞いた、っちゅう証言もな。それで冒険者ギルド行って、証言の風体に似たやつに、昨晩の話を聞いたら、ドンピシャ!

 さぁ、俺の活躍、王国全土に流してくれて、エエのよ?」


 先ほどまでの剣幕は何処へやら。ヤヴィエはチラチラとアーヤの方を窺って、功績をアピールしてくる。

『……きも』

 にべもなくアーヤは内心の温度を真冬にまで下げつつ、張り付けた営業スマイルで、


「ご活躍を彩るために、ぜひ、犯人の冒険者にも取材をしたいのですが……駄目ですよね?」


 こちらから先に否定気味に尋ねるのも話術である。しかし、あくまで確定前の容疑者を犯人呼ばわりは如何かと思うし、まして取り調べ中に取材なんて、と他の神官たちは難色を示した。が、ヤヴィエだけは気を良くして、首を縦に振る。


「えぇで、えぇで!やっこさん、知らぬ存ぜぬを通しとるが、なぁに、すぐにゲロるわい」


 おだてに弱いらしく、アーヤならずとも周りの神官たちにも「うわぁ」と引かれつつ、ヤヴィエは詰所に戻る。

 しめしめと後を着いていったアーヤであったが、不意に、なぜか見えない壁にぶつかり、怯む羽目になった。


「え?え?……え?!」


 戸惑っているうちには、周りの神官たちが彼女から距離を取って身構える。そしてヤヴィエの首は、まるで操り人形のようにカクカクと、ぎこちなくこちらを向いた。


「あ、あの?」


「おぉいぃっ!背教者ぁ!!なんで【邪心感知】に引っ掛かってるんですかねぇッ!?」


 邪な意思を検知するという、光明神の信徒たちが使用する特別な魔術――各神殿では奇跡と呼ばれているが、魔術との厳密な違いはこれまたセンシティブな話題らしい――で、悪意のある者を阻む、不可視の衝立てをつくる効果がある。ただし、悪意とは光明神にとっての悪なので、適応範囲はやや偏る。


 神官たちの一人がアーヤの腰のナイフが【邪心感知】に反応し、うすぼんやりとした闇のヴェールに包まれているのに気づいた。


「あぁ、記者さんね、それ、迷宮かどこかで拾った奴じゃないかな?闇の神々の加護がついてるよ」


「なんやてぇ!」


 ヤヴィエが過剰に反応する。そう叫びたいのは彼女の方だ。


「おぅおぅ背教者!そんなもん持ってカチコミたぁ、ご機嫌やのぉ」


 一人でヒートアップする神官長を無視し、ナイフに気づいた神官は困った顔で続けた。


「うん、まぁ、詰め所で見つかるのは、流石にまずいね。いちおう職務上、ナイフの来歴を感知する魔術師を手配するから、悪いけど、それまで……」


 神官は地下を指さし。


「え?えーーーーーーーっ?!」


 あれよあれよという間に、アーヤ・カーソンは留置場に入れられる事になってしまった。


~ ~ ~ ~


 留置場は詰所の地下にある、頑丈な石造りの地下構造物だった。その手の物のご多聞に漏れず、狭く、薄暗く、ジメジメしていた。

 窓は無く、頭上の壁面に採光用の小窓が開いている。通路側の壁は鉄格子になっており、お陰で通路の壁に掲げられている≪持続光≫からの明かりも入ってくる。


 設備は板のような簡易寝台が一つと、洗いざらしたシーツ。トイレは許可を得て、見張り付きで個室に行く。そうでなければ不潔極まりない壺が部屋の何処かに置いてある事になり、そんな場所だったらアーヤの精神の拮抗は持たなかったろう。

 付け加えるなら、そこまで不衛生だと詰め所にも悪影響が及ぶので、気は配られている。


 アーヤは簡易寝台ベッドの縁に腰かけ、すぐ目の前に迫る壁に向かって深く、重いため息をついた。


『まさかよもや、成人の儀礼用ナイフがあんな代物だったなんて……というか、何処かで拾った物なのでは、アレ……あぁ、もぅ、どこまで足を引っ張るかな、あのド僻地因習村ぁッ!!』


 彼女にとって、故郷はもう帰る気にならない、ロクな思い出のない場所だった。


『だいたい神殿だってどこの神様か判らない有様だったし、暗黒神だったと言われたって、もう驚かないわ……あ、祭礼で覚えさせられた祈りの言葉、そういう儀式用だったらどうしよう……』


 いろいろと諦めてふて寝しようと思うまでには、この簡易寝台には魅力を感じない。この硬さでは、まるでまな板の上の鯉だ。

 仕方なく故郷への呪詛を繰り返す事しばし、留置場への扉が開き、階段を下る足音が聞こえてくる。


 ナイフの来歴が潔白シロである事で決着がついたのか。期待して顔を上げるが、そういう訳ではなかった。隣の独房の鉄格子が嫌な軋みをたて、誰かが入れられたようだ。そして足音は無常に帰ってゆく。

 アーヤはまた溜息を吐いたが、ふと気がつく。この静けさなら、他には収監者もいなそうだ。だとしたら、ここにいる二人は、


「あの、違ってたらごめんなさい。もしかして、鉱石屋さん、ですか?」


 アーヤは背の壁に寄りかかり、少しでも聞こえるよう鉄格子に向けて声を掛けた。

 戸惑ったような反応がすぐにあった。


「その声は……昨日の……酒場のお姉ちゃん?」


「……ちがいます」


「声が冷たい!?じゃあ迷宮であったお嬢さんか。手は大丈夫だったか?」


「あ、そっちはおかげ様で」


 そんな冷たい声だったろうか。アーヤは昨日迷宮で出会った、低い声の山賊みたいな男を思い出す。

 今、壁の向こうでどんな姿をしてるのかは見えないが、アーヤの無事に声の質が柔らかくなったのだけは判った。


「そいつは良かった……いや、よくなないわッ!?」


 すぐに慌て声になったが。


「なんで、それで留置場に入れられているんだ!?」


「それはまぁ、お互い様と言いますか……」


「……それも、そうだな」


「わたしは鉱石屋さんを探していたのですけどね、思わぬ所で足を引っ張られたと言うか、自爆したというか……」


 ああ、なんでこんな事になっているんだろう。アーヤは自嘲気味に、ここまでの経緯を説明する。

 自分が王国週報の記者であること。以前に取材したカナル村の奇病に関して、その原因とされたミスリルの事を調べていること。そして、ピットブルクの冒険者ギルドには、鉱石屋と渾名される専門家がいると知ったこと。


「それから昨日の今日で、なぜか鉱石屋さんが光明神の警邏神官に連行された、って聞きまして」


「……うん、何かいろいろと、すまない」


「それで確認なんですけど」


「ああ」


「犯人なんですか?」


「ぶっこんでくるね、キミ」


 彼は苦笑しているようだった。それから声音を直し、


「断じて、俺じゃない。初対面の相手をわざわざ殺せるほど、倫理観は壊れてないつもりだ」


「それだと親しい相手なら、”そう”しちゃって問題ないって事になりませんか?」


「身内だからこそ許せない、って場合もあるだろうよ」


「なるほど……!」


 アーヤの脳裏に故郷の風景が過った。あるかも知れない。

 さて、とアーヤは気を引き締める。そろそろ生々しい話で鉱石屋氏の口も湿り気を帯びたろう。録音器が無いのが悔やまれるが、仕事を始めようと決めた。


「ところで、ミスリルについてお話を伺っても?」


「ああ、かまわないよ。後は身元引受人が到着するまで暇だしね」


 彼の取り調べは終わったらしい。それも余裕の雰囲気から、ヤヴィエ神官長の夢見るような展開は無かったらしい。つい、ざまぁ、とは思いつつ。


「では、まずは、鉱石屋さんがそう呼ばれている理由から」


「おっと、そこからか。それは俺が迷宮に潜っても魔物の駆除を碌に行わず、鉱石ばかり探してくるから、いつの間にやら、そんな風に呼ばれてる」


「鉱石……迷宮には鉱脈でもあるのですか?」


「俺が知る限り、無いね。でも迷宮の壁を掘れば、鉄や銅が出てくる。それも純度の高い、鋳塊インゴットのような段階のやつだ。

 山で鉱脈や鉱床を見つけたとしても、そこから出てくるのは石に含まれた状態で、鉄鉱石とか赤鉄鉱とか黄鉄鉱とか呼ばれる。

 それを炉で煮溶かして、必要な金属部分だけを取り出すのが精錬技術だ。そして精錬した鉄に混ぜ物をして強靱にしたのが鋼」


「それは、えぇと、鉱石屋さんは金属屋さんの間違いである、という事ですか?」


「うぅん、今の言い様だと、そうなるね。いや、でも鉱石屋とか地質屋とか山師鉱山技師とか言われてる方が、業界的には正しいか」


 山師投機的商人呼ばわりで良いとは、どんな業界なんだろう。アーヤは首を傾げつつ、先を続ける。


「では鉱石屋さんで通しますね……迷宮からは金属そのものが採取出来る、という事でよろしいですか?」


「そうだね。というか迷宮の魔物から武装を直接奪ってくる冒険者もいるから、鉄や鋼どころか、加工品まで出てくるなぁ。ほんと、何なんだろうね、魔王の仕業ってのは……

 ともかく、そんなのが土の下にあるのなら、野山を駆けずり回って得た僅かな鉱脈の情報を売り払って、『はい、さようなら』と追っ払われる根無し草よりは面白そうだと思ってね。魔物も退治せずに、迷宮を掘るようになったのさ」


 あれ、これはあてが外れた?アーヤは瞬時、失礼な考えを抱いたが、さっきまでの鉄の話などは自分のような素人が知らない話だ。もう少し、鉱石屋という路線で話を進める。


「では、その山師さん的に、ミスリルという希少金属について教えて欲しいんです」


「ああ、そういう話だったね。と言っても、昨日のドワーフの模範解答みたいに、通り一辺倒は調べているんだろう?」


 なにしろ王都の本局の無茶ぶりである。確かにアーヤは知恵の神の神殿に参籠する勢いで、併設する図書館に入り浸った時期があった。


「はい、”まことの銀” ”神の銀” ”白銀しろがね”。様々な異名があって、銅のように形を変え、鋼より強く、銀の様に輝き、金のように曇らない。特にドワーフはミスリルを強く、軽く鍛えらる、とか。たしかドワーフの住む鉱山でしか採掘されないんですよね」


「うん、それだけ知っていれば十分だ」


 いや、それだけじゃ何も解らなかったんですが。思わず言いかけるが気を取りなおし、もう一点、口にしていなかった事を思いだす。今回の追跡取材の原因でもあった。


「あとミスリル製の武具は、すべて魔法が永続化された逸品揃いです。魔法金属ミスリル、っていうのが世間一般の認識ですよね。」


「だよねぇ……」


 鉱石屋は同意すると深く溜め息をついた。それから、あっけらかんと、


「ま、ミスリル鉱石には、なんの魔力も宿ってないんだけどね」


「んんーーーーー!?どこ情報でしょうか、それ?!」


 我ながらもう少し驚き方とか尋ね方とかあったような気もするが、アーヤはともかく問い質す。


「鉄と火の洞(うろ)、ドワーフの国だ。俺はそこで山や鉱物の勉強をしていた」


「まさかの本格派ですかっ!あ、それでドワーフの火傷薬なんて持っていたんですね」


「そう、身内割引の格安で」


「そう言われると、乙女の手に跡も残らないことを感謝しても感謝しきれない筈だったのですが、急速にありがたみが……」


「口が滑ったかな。好感度が下がる音が聞こえそうだ」


 しょうもない遣り取りだが、会話が弾むのをおぼえる。アーヤは淡い笑みを浮かべていた。


「でも鉱石屋さんの言う通り、ミスリルが魔法金属でないなら、”風の声”で既にその文言を使ってしまってますよ」


「いかんよ、情報屋が裏取り無しで垂れ流しちゃ。と言っても、ミスリルを武具に鍛える頃には立派な魔法の品になってるがね」


「なにか煙に巻かれてますかね、わたし?さっき仰ってた精錬の段階で、魔法金属ミスリルになるって事でしょうか?」


「うん、鋭い。ミスリルは並の火じゃ溶けない。ドワーフ達は鍛冶神から授けられた特別な火を使うと言っていたが、人間の俺には一族の秘事だとかで、最後まで隠されていて、見れなかったな」


 秘事と言われると好奇心が疼くが、アーヤはそれよりも先に気付いた事があった。それは歴史の勉強で出てくる、王国と魔王との戦いの話だ。


「あれ?でも魔王に手傷を負わせたという勇者って、王国で鍛えたミスリルの武具で身を固めてましたよね」


「そうだね。じっさい、王国でもミスリルの精錬は行われてる。が、神の火は無いから、魔術師を大勢集めて、人数でもって火の力を補っている。三日三晩、交代しては小さな炉に火を閉じ込め続けて。そうして精錬したミスリルは、すっかりと魔力を帯びている」


「……途方もない話ですね」


「神からの火を代用するんだ、途方もない話にもなるさ」


 人が見る事が許されない神の火に、それに近づかんとする魔術師。浪漫と言うやつか。アーヤは胸が高鳴るのを感じていた。

 激動の時代の一端に触れた興奮に、吐息にも熱がこもる。いや、むしろ、どこか頭の片隅で警鐘が鳴っている。なんだこれは。

 何かが、これまでに聞いて来た内容と矛盾していた。だいたい、なぜこんな話題になっているのか。


「あ」


 アーヤは違和感に気づき、呆けたような声を出した。


「カナル村。翠玉の塔の魔術師たちは、魔力中毒による呼吸器系疾患なんて言ってたのに、魔力なんてない精錬前のミスリル鉱石を原因にしてる……?!」


 続いて翠玉の塔の調査団へ取材をしたときの、彼らの口論が思い起こされる。

 自然状態のミスリルが原因であると推す教授一派と、それに異を唱えた調査団の一人。

 翠玉の塔はミスリルの精錬を知らないのか。


「むしろ、ミスリルの特性なんて知っているはずじゃあ……」


「そうだろうね」鉱石屋がアーヤの独白を肯定した。「先晩、酒場で意気投合したあいつ……マーティン・マイルズと言っていたな。彼もそう言ってたよ。皆、知ってる筈なのに、と」


「あの、その方って……」


 名前を調べれば、アーヤの取材に応じた調査団のメンバーときっと一致するだろう。そしてその後の事を彼女が言い淀み、鉱石屋はため息交じりに応えた。


「今は水路から上がった不審死の水死体だ。頭に殴られたあとがあるとかで、俺の商売道具が疑われているよ。あの神官長め、見るなり『これが凶器か!』なんて言って目の色変えやがって。鶴嘴ピッケル付きの金槌ハンマーなんて地質調査じゃあ、ありふれた道具だぞ」


 どうやらヤヴィエ警邏神官長の中では、鉱石屋氏が酔った勢いで魔術師を金槌で殴打し、水路に落としたというストーリーでも出来ているらしい。

 自分のナイフのように、【来歴探知】を行える魔術師が呼び出され、事細かに調べ上げられているのだろう。そのあおりで自分の拘束時間も長くなるのだろうか。

 今更ながらに先行きの不透明さに不安を覚えたところで、留置場への扉が勢いよく開かれた。


「おらっ、穀潰しども!お解き放ちやぞ!!」


 扉を壊さん勢いで現れたヤヴィエ神官長は、矢継ぎ早にそう告げるのだった。

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