第3話 冒険者のお仕事

 ピットブルクの冒険者ギルドは目抜き通りに面した好立地である。

 石畳の通りとレンガ造りの町並みは、いかにも幻想文学じみて目に美しいが、建て屋の脇の路地から一本、二本と奥へ入って行くと、そちらはもう下町だった。

 

 砂利ごと土を踏みならした通りに、木造の家々。

 少しホコリっぽく、道行く人々には勢いがあるというか、荒みのような空気を漂わせてる者が混じる。

 こちらの通りには武器や防具の店に、探索に使う器材や旅道具を揃えた雑貨屋などが目立つ。冒険者が使うのだろう、実用的な道具を扱う店が多い。活気ならば表通りにも引けをとらないだろう。

 

 アーヤがその中をしばし歩くと、あの石造りの建物の前に出る。

 

 小さな砦のような建造物に、入り口は一つ。落とし扉が太い縄で吊され、その奥にある迷宮で何かあった際には、即座に重い扉が閉ざされる仕組みになっていた。

 建造物の周りには鉄の鎧兜で身体の要所を覆った兵士が警備している。ピットブルクの領主、カーウェルシュ卿の手勢であり、中身には手練れの元冒険者が混じっていた。

 そこへ現れたのは、いちおうの武装をしたうら若い乙女であったもので、兵士達はいささか慌てて声を掛けてきた。


「おぉい、お嬢さん、この先は迷宮だぞ。道間違いかい?」


「道間違いじゃないですねー」


 アーヤは当然の兵士達の反応に苦笑いしつつ、首から提げていた紐を引いて、銅の薄金を取り出した。

 冒険者ギルドに登録した者に与えられる身分の証しで、何かと社会不適合者の集団と見做されがちな民間武装組織の構成員たちへの、最低限の信用は出来ますとのお墨付きにもなっていた。

 アーヤもギルドで最低限の読み書きの試験やセミナーを受講し、その証しを得ている。王国週報以外にも複数の身分証明を持つことは、情報収集には有利だろう……と考えたが、実際に役に立っているかは判然としない。

 証しには銅、鉄、白銀、黄金と等級があり、材質の希少度と冒険者の実力は比例する。つまり、


「銅級冒険者……確かに、道間違いじゃなさそうだ。薬草摘みか?あんまり下層への階段近くは探さん方が良いぞ。下の階から、動くクリーピング・バインが這い上がって来てるらしい」


 過分な忠告は最下級である銅級の、それも魔物駆除に従事しているとは思えない身なりからだろう。実際そうであるし、本業は記者です、と言っても話がややこしくなるだけだ。アーヤは日銭稼ぎの採集冒険者を装う事にする。


「はい、気を付けますね」


 軽く辞儀をして、石壁の入口をくぐる。薄暗い通路を抜けると、視界が開けた。周囲を石壁が囲う、猫の額ほどの空き地だった。その中央には地面と不釣り合いな石造りの階段がある。それが迷宮の入り口だ。

 石壁の上方は開けており青空が見えるが、かつては網が張られて封鎖されていた。そして今しがた通り抜けた隘路でもって、迷宮から這い出て来た魔物を迎え撃つ段取りだ。

 

 戦時には多大な犠牲を払い、この石壁が積み上げられた。そして溢れかえる魔物の流れを局限し、逆に国軍の兵たちがこぞって迷宮へとなだれ込んだものだった。

 戦争が手打ちになり、迷宮も放置されたが、今では毎日、冒険者と言う殺戮者がエントリーするため、浅い層のモンスターは前菜のように狩り尽くされて、1~2階あたりは準安全地帯となっている。

 

 余談だが、魔王の所業が迷宮とするなら、人類側が行った報復は、こちらも正気を疑う苛烈な物であったらしい。お互いが何の責任も取らず、お互いの国で、それらの兵器は未だに猛威を振るい続けている。

 

 さて、無駄に丁寧な螺旋階段を下りてきて、アーヤは自然ではない洞窟に到着した。

 土地を構成する万物の根源たるマナを歪ませて、浪費させて造られた、人工の洞窟だった。

 迷宮内でマナの歪みは魔物を産み出し、土からは薬草を生やして、目的である鉱石屋が探すような鉱物資源すら、地質を無視して発生させる。

 その歪みの大本である、地中深くに撃ち込まれた迷宮の”核”を発見し、破壊するのが、冒険者の仕事の一つだった。


 もっともアーヤには縁が無い話なので、周囲の警戒は行いつつ、彼女の目的である鉱石屋氏を探すのであるが。

 迷宮内はマナの歪みとやらのせいか、所々で壁自体が発光していた。おかげで全くの闇という訳でもないが、人探しをするのなら光源くらいは必要だろう。アーヤは腰の雑嚢ポーチからステッキを一本取り出すと、起動の合言葉を唱えた。


「光よ」


 するとステッキの水晶が光り輝き、松明のように辺りを照らし出した。炎も出ないし嵩張らないので、むしろ懐中電灯くらいの利便性がありそうだが、この世界では【持続光】の魔術を永続化させた、それなりの値が張るだろう魔法道具だ。


 光源をかざすと周囲の状況がよく分かった。迷宮の入口らしく、少し大きなつくりになっている。前方に三つ、枝道への穴が黒々と開いていた。

 アーヤ自信、薬草摘みのアルバイトで何度も歩いている。一階の構造なら覚えているので、まずはしらみつぶしに、行き止まりになっている枝道から探し始めた。そして次第に奥へ、奥へと、迷宮の全ての道を総当たりで見回り、不確実性をつぶしてゆく。

 代わり映えのない岩肌の中を往ったり来たり。歩行距離と疲労だけは増えて、魔物も尋ね人も見つからない。

 徐々に、入った当初の緊張が弛緩してゆく。


「……はぁ、いないものねぇ、鉱石屋さん」


 疲労の熱が混じり始めた呟きに、昼からの強行軍が堪えて来たと自覚する。

 小休止のつもりで、枝道の先にある小部屋の隅に腰を下ろした。水を飲もうと、【持続光】のステッキを手放し、腰のベルトに指をかける。

 その時、何かがするりとアーヤの右手に絡みついた。


「えッ?!」


 驚く暇こそあれ、右腕が壁伝いに引っ張り上げられる。

 とっさに見上げると、アーヤの顔が恐怖と嫌悪に染まる。


「……いっ!」


 洞窟の天井の隅に、群れ固まって蔦が絡み合い、蠢いていた。

 這い寄るクリーピング・バイン。警備の兵士が注意してくれた魔物だ。

 まさか地面でなく、天井にいるとは思いも寄らなかったが。


 すぐに右腕を振りほどこうと力を籠めるが、何本も絡まり合った蔦は意外に頑丈で、引き千切れる気がしない。続けて背中を蔦が下ってゆくのが、悪寒と一緒に理解できた。


「んっ、うぅ……どこ触ってッ!」


 空いている左手で腰の雑嚢ポーチをまさぐり、攻撃用に持ってきたステッキを探す。が、光源がないので、色付けした筈のステッキの判別がつかない。

 アーヤの顔色が変わった。

 このまま蔦の塊に取り込まれれば絞め殺され、蔦の養分にされて、誰かに駆除されるまで遺体も発見されないだろう。しかもその時は、干からびたミイラである。


『そんなの、冗談じゃない!』


 アーヤは不意打ちの死の恐怖に身がすくむのを堪え、思い切った行動に出る。ステッキを握れるだけ握り、左手をクリーピング・バインへ向けて叫んだのだ。


「炎よ、吹け!!」


 握りこんだステッキの中に、その起動ワードが合致する物があれば。

 はたして、アーヤの拳から炎が吹き出る。自分の手を焦がしながら。


「ッ―――――――!??」


 熱とも痛みとも取れない、手のひらを刺すような衝撃に、声にならない叫びが出る。

【発炎】のステッキは一回使えば溜め込んだ魔力を使い切るが、その炎はちょっとした大きさの獣でも怯ませる。何でそれを握りこんで使ったのか。目を凝らせば吟味する時間くらいはあったのでは。いやそれよりナイフを抜けば。


 頭上で蔦の塊が炎にまかれるのを確かめながら、無事だからこそ吹き出る、山ほどの後悔に苛まれ、アーヤはへたり込んだ。

 色々な感情が熱い流れとなり、頬を伝った。

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