第7話 分析

 ベビーシッターとしての仕事は、早朝目覚めて、ゲストルームへとまず向かうことから始まる。

 あの後、軍勢を作るつもりはなく、自分はベビーシッターとして魔法使いの赤ちゃんの面倒を見たいだけだという必死の説明は、無言でその場を去ることで理解を示された。

 アルフ伯と相談の上、私は世話するにあたって、いくつかの制限を設けることとした。

 魔法の体系つけた説明をせず、その魔法使いの赤ちゃんに合わせた世話のメニューを作ること。そして、他の赤ちゃんのメニューを他言しないこと。

 バシュラームにもお伺いの手紙は送ったが、返事はない。

「アルフ伯、これは、手紙を送った事実こそが重要で、黙認の構えということですよね」

「あっている。だが、どうして六歳のお前がそうした政治を知っているのだ」

 アルフ伯はあの時、何度目かのいぶかしむ声を出していた。思い出しながら、私は、火属性の赤ちゃんたちのベッドと寝具に水を含ませていく。

 今、このゲストルームにはゴールドとシルバーを含めて、四人の魔法使いの赤ちゃんがいる。

 水をかけるベッドは二つだ。赤く塗られたベッドに、たっぷりと清潔な水を加えていく。

 頭のなかでは、魔法使いの属性の推察を行う。

 どうやら、魔法使いの属性は五つ以上あるようだった。

 カーネリア様は何人もの赤ちゃんをこの邸宅に連れてきた。私は彼らをこのゲストルームに招き入れ、ひたすらに面倒を見た。

 世話の仕方を確立して、彼らの両親の元に送り返すことを繰り返していたのだ。

 泣き出すとどこからともなく、水が発生するのは、水属性の魔法使いの赤ちゃんだ。水だけでなく、氷や塩水が混じった子もいたが、それぞれ、純水種、氷水種、海水種と分類すると上手くいった。

 彼らは逆に、乾燥を必要としていた。濡れた衣服を身に着けていると寒がって泣き、また自ら濡れていくのだ。何回も着替えをさせることを徹底させることで、彼らの機嫌と、床掃除の頻度は保たれることとなった。

 わかりやすいのは火属性、水属性だけでなく、木属性もだった。彼らの機嫌を取る方法を確立するのには、鬱蒼とした森となるのを繰り返した。

 森になる程度と思った方々は、彼らの両親たちの嘆きを紹介したい。

「どんなに清潔にしようとしても、木々が現れて、虫や獣が集まってくる」

「我が子が泣いているのに、その姿さえ木々で遮られる。僕らは緑が憎い」

 火属性ほど派手ではないが、残り続けるという点では大きな被害だ。

 しかし、厄介なことに、彼らの機嫌を直す方法は、火属性水属性と異なり、特定の行動がないことがわかってしまった。

 強いて言えば、全員、日当たりのいい場所が好きというくらいだ。半分外のようなテラスを作り、私は彼らの対応とした。

 木属性が咲かせる木や花は実に多彩だったが、とりあえず、樹木種、花卉種と分類したところで、残りの属性に対応する必要があった。

 それが今、ゲストルームに残っている、ゴールドとシルバー以外の二人の赤ちゃんだった。

 すやすやと眠る一人はジョルジュという名前の、ゴールドと同じ薄い金髪の生後十一ヶ月の赤ちゃんだ。片腕に綺麗な蔦飾りのようなあざがある。

 私は彼は、暫定的に、空属性なのではないかと睨んでいた。そら属性ではなく、くう属性だ。その他属性としたかったが、空属性としか言えない性質を、彼は持っていた。

 度々彼は、周囲の物や自分自身を虚空に消してしまうのだ。

 消える瞬間を目撃したメイドは、片腕にあるあざから消えたと震えながら証言した。消えた後、数分もしないうちに再び現れるおかげで、パニックにはなっていないが、わかりやすい脅威に、邸宅の人間は震えあがった。

 この赤ん坊は、いつか、自分や自分の大切なものも虚空に消してしまうのではないか?

 そう、考えたらしい。噂が広がり、一時期依頼された赤ちゃんであふれかえっていたゲストルームも、今は閑散としている。引き離して育てるべきではないかという意見が出るのも頷けることだった。

 私は悩みながらも、ジョルジュの寝汗を拭く。彼は他の属性と違い、機嫌によって虚空へ消し去ることはしない。きっと、自分の魔法をただ、気分で使ってしまうだけなのかもしれない。

 周囲の人間は、いつか事故が起こるという。しかし、それがいつかは誰にもわからない。

 だったら、それまで彼を孤独に出来るものか。

 私は今日も、そっと彼に毛布を掛けた。

 もう一人は、私とシルバーとも違う、薄い茶色をしたエクトルだ。エクトルはわかりやすく、地属性の魔法使いの赤ちゃんだった。

 地属性の赤ちゃんは皆、自分を隠す穴を作ることが得意だった。その度合いはそれぞれで、柔らかな土なら穴を開けられる程度の者も、花崗岩ならどんなに固くとも穴を開けられる者もいた。どの赤ちゃんも、土に関わりがあるので地属性。それぞれが穴を開けやすい物で種別できるはずだった。

 問題は彼は、地属性のなかでもとびっきりで、地属性万能種と言えるほど、どんなものがあろうと、どこまでも地面に潜って行ってしまう性質を持っていることだった。

 機嫌が悪くなると、どこまでも穴を開けてしまう。どこにいるか、わかりやすくはあるものの、抱えていたら突然足元に穴が開く恐怖は想像に耐えがたい。

 空属性のジョルジュと地属性のエクレアの二人は、魔法使いの双子だった。アルフ伯の遠い親戚筋らしく、カーネリア様ではなく、困りきった彼からの依頼で、私は彼らのベビーシッターをしている。

 きっと彼らの両親はもう、このゲストルームにはやってこないのだろう。手紙ひとつない片割れのゆりかごをゆすってやると、エクトルはきゃっきゃと笑った。

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